第三分節:毛沢東、逮捕さる!(壱)

   なんともやれやれ。

「いかがなさいますか、同盟国の要請とは言え今満洲には手持ちの兵力がそこまで存在しません」

「とはいえ、まるっきり無視も拙い。なんとかして兵力を捻出して援兵に充てる必要がある」

「……ひとまず、現有の兵力でどうにか威嚇系の支援をしてみよう。それで敵さんが攻めてくればよし、動かなかったら圧力を加え続けよう」

「……妥当ですな。支那との停戦交渉がまだ進まない現状、そこまで大規模には動けませんから」

 関東軍総司令部に突如として飛び込んできた急報の正体、それは全ての修飾語を取っ払って言えば、「協定の名目を果たし、対ソ戦に参戦せよ」というものであった。本来、陸軍の主敵はソビエト連邦であるが故、本懐といえるのだが、彼達にはそれを容易に動かせない理由が存在していた。……様々な最新装備、大は重戦車から小は防寒着に至るまでを回して貰っていても、兵隊の絶対数が足りなかった。何せ、広大な日ソ国境地帯に存在する兵力、僅かに数個師団。防衛を行う場合、それなりに役立つ数であったが、攻勢に出るにはどう考えても足りない。現在、支那との停戦交渉が行われている現状、迂闊に支那方面の兵力を動かすこともためらわれる(何せ、国境線の兵隊の数はそれだけで外交的圧力になる)こともあって、彼達は折角の攻勢の機会を存分に生かすことが出来ずに、またしても「第二次関特演」と称したお茶を濁すことでごまかす必要性に駆られていた。……少なくとも、この時までは。

「急報! 急報!」

「おう、どうした。茶でも飲んで落ち着け」

「ははっ!! ……毛沢東を捕らえることに成功した模様!これで国共合作は崩れます!

 あるいは、汪兆銘氏の政府を正統政府であると掲げることも可能になるかも知れません!」

「……なんだと?」

 ……毛沢東の首級が南京城に晒されたのは、終戦後の紀元節であると言われている。

「しめた! 誰が捕縛したか知らんが、これで支那の兵力を転用できる!」

「慎重にな。脱走されると水泡に帰すし、何より蒋介石がまだ残っている」

「ああ、とはいえ上物の酒を開けるとしよう。乾杯!」

『乾杯!』

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