第十三節:第一次布哇沖海戦(十三)

 第一次布哇沖海戦は、まだ激しく続いていた。とはいえ、午前十時を境に帝国軍と合衆国軍の優劣はひっくり返りはじめていた。何せ、この一時間弱の間に合衆国軍は戦艦の半数を失った上に、帝国海軍にそれこそ被害を殆ど与えられていないのである。まともな司令官ならば、撤退を考える頃合いであり、彼も撤退を考えていた。だが、個艦性能にせよ速力にせよ、上回っているのは帝国海軍である。或いは、であるがゆえに合衆国軍は総力戦を仕掛けたのかもしれなかったが、少なくとも本海戦では敗北は確定であった。

 そんな折、デトロイトが帝国海軍へ二隻目の喪失艦艇を強要させ始めていた。その代わりに、自身も盛大に被害を計上させてしまうのだが、デトロイトの魔の手に掛かったのは敷波、そして初風であった。デトロイトの主砲弾を受けた初風は艦首をもろに持って行かれ、デトロイトの魚雷を受けた敷波は珍しく発動したその信管によって速力を大きく喪失、乗組員の多数が死傷した。結果的に、二隻ともになんとか轟沈こそ免れたもののほうぼうのていで布哇に待避することとなり、多くの戦死者を計上させてしまった。そして、とうとう帝国海軍に二隻目の被害者が出てしまう。その艦艇の名は……。

「いかん! 総員対衝撃用意!」

「ははっ、総員対衝撃用意!」

 東雲の最期は、今なお軍歌で語られる通り悲惨なものであった。何せ、彼女に浴びせられた砲弾の中には、戦艦の砲弾が混じっており、戦艦の砲弾こそ貫通して特に被害は出なかったものの、偶然にもその穴目掛けて魚雷が飛び込んできたからたまらない。いかに合衆国軍の魚雷が欠陥だらけの代物とはいえ、それは信管が作動しにくいとかの問題であって、中の火薬まで欠陥があるというわけではない。さらに、その飛び込んだ魚雷のコンマ秒後にデトロイトの放った最後の砲弾が飛び込んできており、飛び込んだ魚雷をへし折りその炸薬に着火、壮絶な轟音と共に爆発した。

 だが、東雲は轟沈したものの幸運なことに、艦長があらかじめ対衝撃用意――すなわち被害を受けることを想定した避難命令――を行ったことにより悲惨な最期を迎えた艦艇にしては驚異の生存率――死者、わずかに2割弱――を以て戦勝後の救難活動もあって布哇に200名弱が帰還した。火薬庫と最も遠いところでその「事故」が発生したことも、幸運には関係していた。

 そして、三隻もの駆逐艦を撃沈破したデトロイトも、当然のように帝国海軍の手によって撃沈する。その殊勲艦の名は綾波と記録されている。

「……東雲の仇は討てたようだな」

「とはいえ、あの艦艇の戦果、惜しいですな」

「あの艦艇を沈めた分隊は誰だ、後で推挙しておこう」

「ははっ、確か第三砲塔の分隊長は……」

 そして、合衆国軍は五隻目の戦艦喪失を受け、遂に撤退を開始した。その名はオクラホマであった。オクラホマの最期は、致命傷による一撃ではなく巡洋艦や駆逐艦などの攻撃が多数発生させた損傷による致死であった。さらに、残存した戦艦、その数三隻、もまた、当然ながら無傷ではなかった……。

 午前十時四十五分、アリゾナに存在している合衆国軍太平洋艦隊戦艦部隊司令官は撤退戦を行う際に、以下のように副司令と会話したと伝えられている。

「……撤退だな」

「ええ、とはいえ誰を殿軍司令いけにえにいたしますか」

「……今損傷が一番酷いのはどこだ」

「……テネシーですな」

「……では、速力が最も落ちているのは」

「……ペンシルベニアですな」

「……では、ペンシルベニアにするとしよう。テネシーには可能な限りの速力を出し、本艦の後を追うように伝えよ。ペンシルベニアも、可能な限り交戦すると共に、できる限りのことをしたら総員退艦するように伝えよ」

「……了解……!!」

 そして、合衆国軍太平洋艦隊は撤退した。だが、その撤退戦を行うための追撃を行えないわけが、帝国海軍にも存在していた。その、理由とは……。

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