第五節:第一次布哇沖海戦(伍)

「……妙だな」

「隊長?」

 合衆国海軍の偵察爆撃隊隊長、マクラスキーは妙な疑念を持っていた。とはいえ、奇襲が成功しているうちに退散した方が良いのは明らかである。意見具申は母艦に帰ってからで良い、そう判断しきびすを返すことにした。

「まあ、いい。あとで司令官には俺から報告しておく。そんなことよりドゥーリットル部隊の方は大丈夫か」

「は、見たところ撃墜されている部隊はありません、我々は奇襲に成功した模様です!」

「そうか! ……なら、さっさと退散するか。こんな戦で死なないようにな!」

「ははっ、そうですね!」



「……敵の航空隊は去ったようですね」

「ああ、ここからが本番だ。一航艦に伝え、<敵の航空隊の後方より案内して貰え>とな!」

「ははっ!!」

 ……合衆国軍太平洋艦隊の航空隊が「奇襲」に成功した理由、それは……。


「司令官、司令長官より電文が入りました。……どうやら想定通りの戦況の模様です、直ちに出撃を!」

「ああ、わかった」

 一航艦司令部、そこに座っているのは後に世界で最も栄誉ある軍人という扱いを受ける人物と言えた。無理からぬことだ、彼は世界で最も高い戦果を上げるのである。たとえ、それが彼にとって不向きな戦場だったとしても。

「敵の空母艦隊、確か東北東だったな」

「はい、淵田ならうまいことやってくれるはずです」

「期待、しているよ」

「ははっ!!」


「……送り狼、って言うのかね、こういうのも。

 ま、送る相手が美女じゃなくて敵軍ってのは、我慢しろ」

「ははは……」

 既に上空にいる一航艦、すなわち世界で最も強い航空隊員は敵航空隊から目視できない位置を巧妙に陣取り、敵空母部隊目指して進軍していた。先陣を切るのは任務の関係上、通常の編成ではなくわざわざ隊員の中でも最も目の良い者が務めていた。なにせ、この作戦は恐らく一度しか使えない手である、慎重に運用する必要があった……。

「……無線機は珍しく好調のようだな。おい」

「大丈夫です、敵はまだ電波障害方法について、何も考えていないようです」

「そうか。……さて、そろそろだな」

 淵田は、熟練者特有の勘働きから、そろそろ敵空母部隊の位置が近いことを確信した。彼は搭乗する攻撃機の位置をするすると下げるや、今のうちに戦闘機部隊には高度を上げるように指示した。敵の航空隊を撃墜する、位置エネルギーを稼ぐためである。

無論、爆撃隊にもある程度の高度を維持するように努めてもらっている。攻撃隊の守りが薄くなるのが懸念事項だが、そこは熟練度の高い戦闘機隊員がカバーすることで保証とすることとした。

 帝国軍の搭乗員は、数が量産するには難しい仕組みの代わりに、熟練度を高めやすい訓練構造をしている。それも変える必要があるか、そう淵田はふと思ったが、今はそろそろ戦闘に入るわけで、雑念を捨てた。

「……隊長、敵艦隊全く警戒していない模様です」

「そうか。……全雷撃隊、突撃せよ!」

 ……そして、第一次布哇沖海戦の第2ターン、すなわち一航艦の攻撃が始まった。

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