第十五節:第一次ベンガル湾海戦(十五)

 イギリス海軍東洋艦隊潰滅。この事実は大きかった。今まで、連合艦隊は数々の奇蹟を体現してきたが、バルチック艦隊殲滅戦こと日本海海戦以上にこの海戦の結果は快挙であった。まあ無論、異論はあるだろうが、大本営がこの格好の宣伝材料を見逃すことはあり得なかった。

 何せ、味方の損害は巡洋艦が一隻、損傷しただけであり、敵被害に関しては数えるのも面倒なほどの量を叩き潰し、さらに件の戦場カメラマンによって鮮明な、本当に鮮明なR型戦艦爆沈の瞬間が捉えられたのである。

 日本海海戦ないしは日露戦争を特大の字で掲載するのならば(そして、それは間違いでは無かった)、イギリス海軍東洋艦隊潰滅もまた、太字で記載すべきものであった。

 だが、思い出しておいて欲しい。「ベンガル湾海戦」である。すなわち、本海戦にはリターン・マッチとでもいうべき第二次ベンガル湾海戦が存在するのである。

 ……イギリス海軍は、アッヅ環礁の防衛にはついに成功した。ゆえに彼らは、臥薪嘗胆の精神で東洋艦隊を復興し、リターン・マッチに挑むだろう。今度は、挑戦者攻撃側はイギリスなのだ。

 とはいえ、今は祝杯を挙げるべきだろう。そして、インド国民軍はこの大々的な宣伝――そしてそれは、リアリィ・プロパガンダであった――を確かめ、インド国民に速やかに伝達した。今でも「天竺共和国」が建国記念日にこの日を選んだのは伊達でも酔狂でも無いのだ。

 そして、大和艦橋は歓喜に湧いていた。無理もあるまい、日本海海戦では兵器は借り物であったが、東洋艦隊殲滅戦は全て自前であったからだ。そして、連合艦隊は、否、帝国海軍はイギリス海軍を手本にしてきた傾向が存在する。東洋艦隊という出先機関とはいえその手本を越えるほどの戦果を彼達は上げたわけだ、歓喜に湧かないはずが無かった。

 そして、参謀が司令長官に群がり始めていた。だが……。

「やりましたな、司令長官」

「だから醍醐君が言っただろう、勝てる戦だと」

 欣喜雀躍する参謀達に対して、若干引いた目でそれを眺める長谷川。無論、醍醐の潜水艦を陽動に使った上での夜間空襲策が的中したからこそここまで一方的な戦果が出たわけだが、長谷川は醍醐に花を持たせつつも、浮かれることを控えるようにといった態度をしていた。無論、それは醍醐も同じような態度をしていたと言うこともあったのだが。

「とはいえ、問題はここからですな、我々はまだ敵軍の秘密基地を見つけておりません」

 そして、醍醐は引き続きアッヅ環礁基地の秘匿を探る策を練っていた。既に、東洋艦隊は撃破しているわけであり、それは容易いように見えた。とはいえ、それは地上海上の彼達には見えない目である。さらに言えば……。

「……あるのかね、本当に」

 長谷川は醍醐に訊ねた、無論、彼もそれは想定していたのだが、戦勝の士気高揚に水を差しすぎるのも、あまり宜しからざることと言えた。無論、浮かれて兜を降ろしてしまうのは論外だが、戦勝後や戦闘前はそれなりに士気を上げておかねば次に響く。

「無いと想定して動くのは容易うございますが、危険です。それに……」

「それに?」

「東洋艦隊出没の報を聞いて思ったことがあります。奴儕は、特異な方向から攻め寄せました。その直線上に、無いとは言い切れますまい」

 醍醐は、東洋艦隊出現の報を聞いた当時に真っ先に抱いた疑問は出現した方角であった。モンスーンを避けて取れる航路はインド洋にはそこまで多くない。台風大国である程度の予測があったはずの日本でも、友鶴事件や第四艦隊事件が存在したのだ、凪いでいるであろうヨーロッパの海で設計された艦艇ならばモンスーンなどへの対策のために泊地を作っていないはずがない。

 そう考えた彼は、後に発見したアッヅ環礁基地を発見した際にすかさず攻撃命令を下令した。東インド会社解散の契機となった、いわゆる「第二次ベンガル湾海戦」の序盤戦である。

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