第一節:第一次ベンガル湾海戦(壱)

 1942年1月上旬、三が日も明けてタイ米で作った餅も食い終わり食事もハレの食事からケの戦闘配食に戻った頃のことである。第二次ベンガル湾海戦において全容を知られることとなったモルディブのアッヅ基地より離水したカタリナ飛行艇が天下の連合艦隊を発見したのは現地時間で日暮れ前といった時間帯であった。そして、カタリナに搭載したレーダーにはやけに艦隊上空の直掩機が多いように見えた。事実、鵬翔をはじめ五隻の軽空母に搭載していた機体はその四割以上が零戦部隊であり、後の詳報によれば偵察用の艦攻部隊以外はなんと艦爆すら存在せず、攻撃手段は戦闘詳報が示すとおり陸攻に頼っているという状態であった。無論、開発されたばかりの一式陸攻は防御面以外では非常に優秀な攻撃機であり、適切な護衛機さえ存在すれば特に運用に支障は無いものであった。

 そして、カタリナの偵察結果を聞いたサマヴィル中将は薄暮攻撃の危険と敵戦闘機の数を理由に、絶好の機と後世に仮想戦記で書かれるこの時間を空費させる決断をしてしまった。……まあ尤も、この時にイギリスの正規空母四隻の総攻撃を行ったとしても、機体数の多寡も考慮した場合良くて攻撃部隊の全滅(≒半数の消耗)、最悪の場合攻撃予測位置からの逆撃を行われる可能性があったので(事実、アッヅ基地が判明した理由がこれである)その決断はそこまで悪いものでは、なかった。

 一方で、連合艦隊側としても航空攻撃を行い難い理由が存在していた。そして、それは別に攻撃力の不足というわけではなく、敵艦隊の位置がわからなかったからでもない。では、なぜ攻撃を行い難かったのか。前回記述した通り、「大和」は「疑似餌」であることが、その要諦であった……。

 そして、司令長官である長谷川清は遂に采配を振り下ろした。

「当初の予定通り、夜間空襲を行う。味方の潜水艦の支援の下、敵艦隊の位置は判明している。問題は……」

「大丈夫でしょう、当初の予定通り事が運べば、まず間違いなく成功致します」

 答えるは参謀長、醍醐忠重。彼は脳裏の片隅で、もしここまでの精鋭をなげうつような真似をすればどうなるか、背筋を凍らせると共に安堵した。

「だと、いいがな。それでは、航空隊に離陸ないしは発艦準備を伝えよ!」

「ははっ!! 発進準備を伝えて参ります!」

 ……北ビルマやカルカッタ、そしてインド東海岸の一部を押さえていたことから可能であった、夜間空襲作戦のためにわざわざ連合艦隊旗艦である大和を「疑似餌」に使うという大胆極まりない作戦は、無論のこと練度を極度に上げていた(ある意味、真珠湾攻撃作戦の最大の戦果は(中止をしたとはいえ、あるいはだからこそ)これであったのかもしれない)からこそ可能な作戦であり、結果的に未帰還機が無かったとは言え野中以下数々の隊長は戦友との別れを覚悟していた。

 そして、この当時ベンガル湾に存在した戦力は連合艦隊とロイヤルネイビーだけでは、なかった……。

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