第53話 白雪姫とお出かけ 3
ショッピングモールへと向かった俺と凛花。今日一日は気まずい空気が流れ続けると思われたが、意外にも普段通り話すことが出来た。もしかしたらあのキャスケット帽の話のおかげなのかもしれない。あの話が無かったら今もずっと気まずい空気が流れてたと考えると乾いた笑みがこぼれそうになる。
良かった触れておいて。あと凛花がちょっとポンコツで良かった。勉強はできるのに変なところで抜けている凛花にひっそりと感謝しておく。
ただ、気まずい空気が流れないのは良いのだが新たに少しだけ問題が生まれてしまう。俺はちらりと隣を歩く少女へと視線を向ける。
なんか君、距離近くない?
何故か今日の凛花はいつもよりも距離が近いのである。なんなら服の裾をちょこんと摘ままれそうな勢いで近い。いやまぁなんとなく理由は分かるんだけどね?
人間が受け取る情報のほとんどは視覚からである。その割合はなんと8割を超えるとかなんとか。そんな中、凛花は周りにばれないように帽子を深く被り、出来るだけ顔を見られないようにしている。普段得ているはずの情報が突如途絶えると人間は不安になってしまうのは当然と言える。
そしてその不安を紛らわすために今凛花は出来るだけ俺に近づいているのだろう。もしかしたら他にも離れて歩けば誰かとぶつかってしまう可能性が高いと考えているのかもしれない。
そう考えれば凛花の距離が近いのも仕方がないと言える。言えるのだが……
めちゃくちゃ居心地が悪いんですけど!!!
いつもより数歩分近い距離感のせいで物理的にも精神的にも肩身が狭い。今すぐにでも大股一歩分の距離を取りたいが、そんなことをしてしまえば俺が凛花のことを嫌っていると思われる。今後の付き合い的にも良くないし、何より俺の良心がズタボロになるのでこの現状を維持する他ない。
頼む……頼むからもうちょっとだけ離れてくれぇ!!
全身を走るむず痒さを少しでも緩和するべく、俺は並んでいるお店へと視線を向けて、そのお店の印象を脳内につらつらと並べていく。
あぁ、あのお店とかすごい大人な感じがして良いですね。あ、あっちのお店ではバッグをメインに取り扱ってるんですね。うんうん、たくさんお店があるなぁ(小並感)。
「あ、拓人!ここ見てもいい?」
「はいどうぞ」
凛花が指さしたのは子供向けのアクセサリーが売られているお店。店内はピンク色があちこちに散りばめられ、とても可愛い雰囲気を醸し出している。
「梨乃ちゃんへのお土産?」
「うん。ヘアピンか何か買ってあげようって思ってたの」
さすが妹第一主義のお姉ちゃん、妹へのプレゼントを欠かさない姉の鏡である。
「うーん……どっちが梨乃に似合うかなぁ……」
真剣な表情で品定めをする凛花。俺はそんな凛花から少し距離を取り、その姿を眺める。正直この時間は非常にありがたい。
パーソナルスペースって言葉知ってます?人間距離が近すぎるとちょっとなぁって感じるもんなんですよ。凛花さん、あなた俺のパーソナルスペースに足を踏み入れるどころか、靴脱いでくつろぎ始めてるんですよ。逆にあんな距離近くて凛花は不快に感じなかったのかすごい気になるんですけど。
訪れた安息の時間に俺はいつの間にか入っていた肩の力を抜く。どうしてあんなに距離が近かったのに何事もなかったかのように振舞えるのだろう。その秘訣を是非とも教えて欲しい。
「ねぇ拓人これとこれならどっちが梨乃に似合うと思う?」
小さく唸り声をあげている凛花を見ながらそんなことを考えていると凛花からこっち来てと手招きされる。
「うーん……どっちも似合うと思う」
「そうなの、どっちも似合いそうなの」
「どっちかにして」という言葉が返ってくるかと思ったらまさかの肯定。そう思ってるならなんで俺に聞いてきたんですかね。
「それどっちも買えばいいんじゃないかなって」
「うん、私もなんかそんな気がしてた。ごめん拓人、ちょっと買ってくるね」
「……はい、いってらっしゃい」
いや本当に俺に聞く必要なかったじゃん。
レジへと向かう凛花の背中を見ながら俺は困惑の声を上げた。
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