第8話 幼馴染と黒い煙

「え?別に拓人がいたから声掛けただけだよ?」


「じゃあもういいか、そんじゃまたな……あの?その手is何?」


 制服の袖を掴まれる。摘まむという可愛げがあるものではなく逃さないという強い意志を感じられるほど強く掴まれていた。


「ちょっと話そうよ~、どうせまー君のこと待ってるんでしょ?」


「何故わかった」


「私とまー君の仲ですから!」


「はぁ……わかったから手離してくれ」


「うむよろしい」


「何様だよ」


「幼馴染様でしょ?」


「そうだったわ」

 

 嶋村若菜は小学校からの幼馴染だ。彼女を一言で表すなら天真爛漫、これに尽きる。とても明るい性格で活動的。その元気は一体どこから来ているんだと目を疑ってしまうほど基本的にテンションが高い。中学から少しずつ落ち着きを会得し始めているが小学校の頃はとても手が付けられず、振り回されたのはよき思い出である。


「いやーもうちょっとしたら体育祭だね!私超楽しみ!」


「もうちょっとって言っても2週間はあるけどな」


「私絶対何かしらで1位とりたい!」


「元気だなぁ…」


「おじいちゃんみたいなこと言わないの。拓人も高校生でしょ?もっと元気に行こうよ」


 確かに俺は元気がないかもしれないが、あなたは元気すぎるんですよ。俺が年取ってるとしたら若菜は年取ってないどころか若返ってるんだよなぁ。


「私あれ楽しみなんだよね!借り物競争!知ってる?借り物競争で好きな人に告白して無事爆散するのがこの高校の伝統なんだって!」


「え、何その公開処刑」

 

 しかも無事爆散ってなに?無事の意味ちょっと辞書で調べてきた方がいいんじゃない?


「ほら漫画とかでよくあるじゃん!私も現実で見たことないから楽しみなんだよね~」


「共感性羞恥やばそうだなそれ」


「わかる。でも先輩によると後日もう一回ちゃんと告白してその二人はめでたくお付き合いできましたぁっていうのが多いらしいよ。まぁ本当かどうかは知らないけどね」 


 うちの高校にはそういう伝統があるらしい。無事にお付き合いできれば万々歳だけどそうじゃなかったら本当に恥ずかしい思いをして終わりという残酷なものだが。歴史のある学校は謎にこういう伝統というか文化が残っている気がする。見てる側は面白いからぜひぜひそういうのは残していってほしい。俺は絶対にやらないけど。


 後本当にちなんだ話だが若菜は茶道部に入っている。入学したての時に茶道部の先輩から猛烈なアタックを受けたらしい。見た目だけ見れば小豆色の長髪に紫色の瞳と、とても和の雰囲気を醸し出しているから納得はできるし和服が似合いそうだなとは思う。ただこいつの性格を知っている身としては非常に違和感があるのだが。


 静かな場所で、洗練された動作でお茶をたてて、楽しむという詫びさびの文化。それとは真逆の位置にいる若菜がこうして今も茶道部の活動を続けられているのは少々驚きである。人間って成長するもんなんだなぁと感慨深い気持ちになりました(小並感)。


「拓人やりなよ~。というか誰か気になる子とか出来た?これを機に告白してみようよ!大丈夫だって!体育祭で降られても後でもう一回告白すればいいだけだから!唐揚げも二度揚げするでしょ?それと同じだよ!」


「例えもうちょっと何とかならんかった?」


 侘びとさびはどこかへ行ってしまったらしい。いつもの若菜でちょっと安心しました。人間って案外変わらないもんだなぁ。


「というか告白も何も気になる人すらいないからやんねぇよ。俺は告白して散っていく人間を見る側に回らせてもらうわ」


 おどけた感じで言う俺を、若菜は様子を窺うように、先ほどまでの明るい表情からは想像しにくい少しだけ暗く、真剣な眼差しをこちらへと向ける。


「ねぇ拓人、私ね、もう気にする必要はないんじゃないかなって思うの。高校に入って丁度いい機会だと思うし、それに…前から言ってるけど拓人は悪くないよ。自分のことを許してあげてもいいと思う……」


「……」


 こちらを気遣い、心配する物憂げな表情。2年前、あの時と同じ表情。蘇る記憶はとても鮮明なのに、目の前の若菜が懐かしく感じられた。


 若菜の言葉は、眼差しはとても優しいものだ。慎重に、そして丁寧に。まるでシャボン玉を割らないように触れるみたいに俺のことを考えてくれている。


 こんな風に自分のことを考えてくれる人がいるという事実に嬉しくなる。だがそれと同時に触れないよう、考えないようにしていた過去の記憶が脳裏をよぎり、吐き気を催すざわめきが胸の中を走り回る。


 封印していた玉手箱から、ほんの少しだけどす黒い煙が漏れ出る。その煙はまるで生きているかのように形を変え、俺の周りにまとわりつき始める。


『お前なんかが幸せになっていいはずがない』


 冷たく、どろりとした感触が頬を撫でる。内側に宿る心の火から熱を奪い取り、体から発せられる熱を吸い取るかのようにその黒い煙は俺の首や腕、体のあちこちに絡みつく。


『お前のような冷たい人間が人を愛し、幸せにすることなど不可能だ』


 耳元で囁かれる言葉。こちらを優しく、正しい道へと導かんとする悪魔か天使、どちらかの言葉。 


 わかってる。自分のことはわかってる……だから今は少し大人しくしてくれないか?


 俺の願いが通じたのか体に纏わりついていた黒い煙はその場で霧散する。煙が残した冷たさは大量の不快感を俺に与えた。だがどこか浮かれていた自分を戒めてくれたことにほんの少しだけありがたさを感じた。


「……拓人?」


「大丈夫だって、若菜。そんな心配そうな顔しないでよ」


「…本当?」


「ほんとほんと。でも今はそういうのに興味がないだけだから」


 心配そうな、そして少し悲しそうな表情でこちらを見つめる若菜に笑って問題ないと伝える。ただ若菜はまだ心配を拭い切れていないのか表情は固い。


「若菜には感謝してるよ、ありがとな。だからほらそんな顔せんでも大丈夫だって」


「……そっか、うん。そうだよね!あ、でももし彼女ほしいなってなったら私が紹介してあげるよ!!」


「いやいいよ、若菜の知り合い全員テンション高そうだし」


 俺の言葉を聞いて納得したのか、若菜のテンションが平常運転に戻る。


「あ、でも確か拓人は白雪姫と仲がいいんだっけ?じゃあ紹介する必要もないか」


「ただ委員会が同じだけで、仲がいいわけではない。……そういえば白雪さんと同じクラスだったか」


「そうだよ~。まぁ私はそんなに白雪姫と仲がいいわけじゃないけどね。それで?どのくらいまで進んだ?誰にも言わないから教えてよ!」


「知り合い以上友達未満だよ。俺と白雪さんの仲を勝手に発展させようとするのやめてくれ」


「えぇ~、せっかくのチャンスなのに…もったいないなぁ」


 実際は友達のレベルはあるのだが、まぁ若菜に言うと十中八九恋バナに昇華させようとしてくるから黙っておこう。それに凛花も俺と仲がいいの知られたくないだろうし。


「そんじゃ俺はそろそろ行くかな。お前の飼い主がそろそろ戻ってる時間だろうし」


「私は犬じゃないんですけど~。……でもまぁまー君にだったら飼われてもいいかもしれない…!」


「冗談で言ったのに本気にしようとしないで?」


 二人の仲が良さそうで何よりだけどそういう話は俺のいないところでしてほしい。


「それじゃあね拓人、まー君によろしくね~」


「あいあい。じゃあな若菜」 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る