第5話 白雪姫と撮影会

「よし!拓人どう?」 


 スマホを掲げて自撮りし、満足げな表情を浮かべながら凛花はこちらにスマホを渡してくる。


「どう?どう?」


「まだ見てないからちょっと待って」


 よほど自信があるのかそれとも早く褒められたいだけなのか、あるいはその両方か。うん、これは多分両方だね。わかったからそんなどや顔しなくてもいいから。


「どれどれ……っあー……」


「他にも何枚か撮ったからそっちも見てね!あ、変なことはしないでよ?」


「しないよ」


 信頼されているのかよくわからないがとりあえず言われたとおりに他の写真も見てみよう。


「あー……うん」


「どう?上手に撮れてる?」

 

 俺もあまり写真を撮るのが上手いわけではない。だがそんな俺から見てもわかる、凛花写真撮るの下手だわ。最初の数枚はぶれており、そこからはぶれが修正されているものの斜めになっていたり、見切れていたり、バランスが悪かったりしていた。


 写真から目を上げると先ほど同様に、むしろちょっと身を乗り出して俺の言葉を待っている凛花がいた。そんな凛花が芸をやって褒められ待ちしている犬に見えて仕方がなかった。


「その、ごめんだけど下手だわ」 


「なっ……ど、どこら辺が下手だって言うのよ!」


「すごい斜めになってるし、変に見切れてるし、それになんというかバランスが悪かったりとかかな」


「むぅ……じゃあ拓人が撮ってよ!私より上手いんでしょ!」


 言ってから後悔したけどこれ、適当に褒めた方が良かったかもなぁ……。凛花めちゃくちゃ拗ねてるよこれ。ほっぺ膨らましてそっぽ向くとかわかりやすすぎない?


「わかったよ、そんじゃ俺の言う通りのポーズしてくれ。じゃまずは──」


 そこから俺は凛花に指示を出し、写真を撮っていく。機嫌が悪くなったため最初はどうかなと思っていたが、いざ始まると大人しく被写体になってくれたため、すんなりと写真撮影を進めることが出来た。


「ほれ、チェックしてみて」


 スマホを渡し、確認してもらう。すると小さく驚きの声を上げたかと思えば、スマホと睨めっこしたまま急に唸り始める。


「むー……確かに私のよりは上手いかも」


 唸っていた理由それかい。急に唸りだすから俺の写真下手すぎたのかとちょっと不安になったわ。


「だろ?絶対こっちの方が可愛く撮れてるって」


「っかわっ……!ふへへ……はっ!ま、まぁ?確かに拓人の方が私よりちょっとだけ上手いみたいね」


 隠しきれてないですよ白雪さん。最初の方ちょっと漏れてますよ。


 テンションの上がり下がりがすごいなぁという感想を抱きつつ、上から目線の凛花にちょっとだけジトっとした視線を送る。


「そりゃどうも」


「それじゃ、はい」


「……はい?」


 返したはずのスマホが戻される。その画面は少し前と同じく写真アプリが開かれていた。


「あの、これはどういう?」


「ほら、イラスタにあげるならもっと他の写真も必要かなって思って」


「えぇ……試しでやるんならさっきので十分じゃない?」


「むぅ……別にいいじゃんもうちょっと撮るくらい。拓人のけち!けちけちけち!」


 凛花は子供のように駄々をこね始める。めんどくさい……しかもこれ断ったら断ったで機嫌めっちゃ悪くなるやつだよ、次の当番の日にも引きずるタイプのやつ。


「はぁ……わかったよ」


「!…ありがと拓人!あ、私さっきよりも色んな感じの写真撮りたいの!」


「色んなってどんな感じよ」 


「ほら本当のモデルさんみたいにただ座ってちょっとしたポーズするだけじゃなくてもっとこういろんなシチュエーションで撮ってみたい!」 


「ああ……まぁいいんじゃない?」


 凛花は美少女だからただカメラに向かってピースをするよりもなんというか「生活の一部分を切り取りました!」みたいな感じの方が良さそうではある。


「それで?どういう感じにするかのイメージはついてるのか?」


「え、ううん。だから拓人に考えてもらおうかなって。さっきもここをこうして!みたいに指示くれたし」


「おい、自分で提案したならある程度イメージ持っててくれよ。何の計画してないのにただただ企画の提案するのって良くないと思うんだけど」


「ごめんね、でも思いつかなかったんだもん」


「……まぁいいや、適当にこっちで指示出すから」


「わかった!ありがとうございます拓人監督!」


「はいはい、そんじゃ早速監督の指示に従ってもらおうかな」


 色々と凛花に指示を出しながら写真を撮っていく。さっきよりも細かい指示を出してみたが要領がいいのかすぐに指示通りに動いてくれたため順調に撮影は進んでいく。写真を撮っていてやっぱり凛花は美少女なのだなと改めて実感した。白雪姫と呼ばれているだけはある。


「どうどう?今どんな感じ?」


「ほれ」


 楽しそうに写真をチェックしに来た凛花にスマホを渡す。プロほどではないがアマチュアなりに上手く撮った方だと思う。割と会心の出来である。


「うーん……」


 凛花はスマホをスワイプさせながら唸り始める。写真を見ている凛花の表情は固い。今回比較対象である凛花の撮った写真はないはずなのに唸っている、ということは……


「あんまり良くないか?」


 前言撤回、俺写真撮るの下手だったわ。調子に乗ってすみませんでした。


「あ、ううん。すごい上手だと思うよ」


 前言撤回の撤回。俺写真撮るの割りと上手かったわ。でもじゃあなんで凛花は今こうして納得してないのだろう。


「何か駄目なとこがあるなら言ってくれ。できるだけ修正するから」


「えっと、拓人が悪いってわけじゃないんだけどね?その……なんというか写真に写っている私がすごい白雪姫みたいだなぁって思って」


「……急なナルシストやめてくれません?」


「あっ、いやっ!違くて!その……いつもクラスにいるときの私みたいだなって話だからね!?」


「ああ……いきなり私白雪姫みたいで可愛いなぁとか言い始めたと思ったけどそういうことね」


「私そんなこと言わないし!」


 急に自画自賛し始めたかと思ったが違ったらしい。とは言っても白雪姫みたいかぁ……。言われてみれば確かに猫かぶってる時の凛花だなとは思う。本を読んでいる姿であったり、ファイルを持って作業している姿、本の整理整頓をしている姿などとても真面目な凛花が写真の中に収められていた。


「こうやって写真見てると凛花すごい頭よさそうに見えるな」


「実際頭良いです~。そんな本当は頭が悪いみたいに言うのやめてください~。私学年1位です~」


「そういえばそうだったわ」


「ねぇそれどういうこと!」


 普段の凛花があれなためつい忘れそうになるが本当は頭が良いのだった。つい最近テストがあって凛花の頭の良さを実感したはずなのだが……うーむこれは俺が悪いのかそれとも凛花の言動が悪いのか……。


「まぁ落ち着けって。それで?白雪姫モードの写真じゃ嫌だと?」


 頭悪い扱いされてご不満な様子の凛花をなだめながら写真について質問していく。


「私は落ち着いてるよ」


「わかったわかった」


「むぅ……でも拓人の言ってる感じかな。もっといつもの私がいい」


 いつもの、とは俺と喋っているときの凛花ということだろう。お伽話から出てきた白雪姫ではなく、普通の女の子としての白雪凛花を撮ってほしいということでおそらく合っていると思う。


「いつもの感じかぁ……とりあえず怒ってるところでも撮るか?」


「それよりも先に私のイメージに対して話し合った方がいいかもね」


「あ、いやほんとすんませんなんでもないです。じゃ、じゃあほら……笑ってるところとかはどうだ?」


「……まぁいいや、それと笑ってるところはちょっと普通過ぎるかなって思うの」


「あぁ……」


 どうやら許されたらしい。そっと胸をなでおろしながら、どんな感じで撮れば普段の凛花を写真に収められるか頭をひねる。


 普段の凛花かねぇ……わがままを言ったり、拗ねたり、不貞腐れたりしている姿が次々と思い浮かんでくる。でもこれ言うと怒られるかへそ曲げるかのどっちかになりそうだから言わんとこ。


 それ以外だとなんだろう……。うーん、でもやっぱ笑ったりしてるところがぱっと思い浮かぶけどなぁ。でもそれだと普通過ぎるのか……難しいぞこれ。


「うーん……なかなか思いつかないなぁ」


 凛花も自分なりに色々と考えているようだが俺と同じで思いつかないらしい。


「なぁ凛花、これイラスタにあげるようの写真だったよな?だったら普段の凛花の写真もいいけど白雪姫としての写真でもいいんじゃないか?」


 考えてもなかなか良い案が思いつかなかった俺は別の提案をする。元々イラスタにお試しであげる写真を撮るのが目的だったのだから、普段の凛花ではなくて白雪姫としての凛花の写真でも良いのではないかと思ったのだ。


「それにもし仮に普段の凛花の写真をあげたとしたら撮影者誰だ!とかで問題が起こりそうだし。そうなったら真っ先に疑われそうで怖い」


 白雪姫としての写真ならちょっとお手伝いしましたで誤魔化すことが出来るし、そこまで波風は立たないと思うが、普段の凛花の一面を撮った写真をあげたとしたらめんどくさいことに発展する可能性がとても高い。正直言ってそれだけは避けたい。


「ふふ、確かに犯人扱いされそう」


「犯人て……」


「じゃあ今回は白雪姫としての写真だけで満足するとしようかな。それに──」


 凛花は人差し指を口にあてて、ほんの少しだけ嬉しそうに、そしてこちらをからかっているかのような蠱惑的な笑みを浮かべる。


「こうやって話してるの私たちの秘密だもんね」


 俺は凛花のいたずらな笑みに視線が吸い込まれ、体が止まってしまう。おそらく今、今この瞬間がシャッターチャンスだろう。今動けば最高の一枚が撮れることは間違いない。だがあの白雪姫が自分にだけ見せる笑顔を、この最高の一枚を独り占めしたいなと思ってしまった。







 後日……。


「で?結局イラスタは始めたのか?」


「その……撮った写真で仕事さぼってるのばれちゃうから結局始めなかった……てへ」


「俺の時間返せ」

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