月が繋いだその日まで
雪乃彗
第1話 出会いと始まり
あれは、雨の日だった。元々、素行は良かったわけではない。それでも、父方譲りのベージュブラウンの髪色が気に入らないようだ。巻き込まれていくうちに、
「あの人、また暴れたんだって。」
「俺らも近くにいたら、巻き込まれるんじゃ…。」
そんな根も葉もない噂が広がり、今では声をかけられることのほうが稀だ。
ただ静かに学生生活を送りたかった。それだけだったのに、俺の理想とはかけ離れた方向へと知らず知らずに進んでいってしまった。
でも、そんな時、見ず知らずの子が声をかけてきてくれたんだ。震えながら、俺を心配してくれる彼女は、勇気を出して声をかけたのだろう。でも、その時の彼女のことを俺は綺麗だと思った。
「くそっ、思いっきり襲ってきやがって。こっちは一人だっていうのに、数揃えてくるとかふざけてる。」
頬は赤く腫れ、口元には血が滲む。歯が当たって切れたのか口の中も鉄の味がする。制服は泥まみれになってしまっていた。
雨が降り始め、制服が張り付き、重くなっていく。動く体力も少なくなっていた俺にとって、立ち上がって歩く気力も奪って言った。
「あぁ、何やってるんだろうな。」
もうすべてがどうでもいい。俺の望んだ学生生活を過ごすことは、もうできないのか。
灰色に染まった空を眺めながら、そんな考えを巡らしていた。諦めれば、すべてが楽になる。そう思った。
「だ、大丈夫ですか?」
突然聞こえたのは、知らない女の声。声のする方向に顔を向けると、そこには同じ学校の制服を着た生徒が立っていた。
「これくらい、大丈夫だ。俺に声かけてくるなんてお前、怖いもの知らずの馬鹿か。」
「そんなこと。」
「放っておいていいから、さっさと行けよ。お前まで目を付けられるぞ。」
これだけ言えば、すぐにこいつもいなくなるだろ。今の格好を見れば、近づいてくることもないだろうからな。
彼女はポケットからハンカチを取り出し、血の滲んだ口元にゆっくりと添えた。
「っ…。」
「ご、ごめんなさい。痛かったですか?」
当てられたハンカチに少しずつ血が吸収され、赤く染まる。震えながら差し出されたその手は優しく、温かかった。
人肌が心地よいと思ったのは、いつぶりだろうか。いや、人に触れられること自体、どのくらい前のことだったのだろう。
「…ハンカチ。」
「えっ?」
「ハンカチ、汚しちまって悪いな。」
「いいえ、気にしないでください。ただ私が放っておけなかっただけだから。」
「ふっ、随分とお人好しなんだな。」
本当にお人好しだ。関わらないで放っておこうと思う人間が多いなか、それを“放っておけない”で手を差し伸べてくる。そんな人間がいたなんて。
「このまま座ってたら風邪、引きますよ?」
「お前もそうだろ。傘もささずにずっといるんだ。」
「そう、ですね。一緒に風邪引きますね。」
彼女はそう言いながらも、どこか面白そうに笑った。何か面白いことを言ったかとも思ったが、無垢な笑いが気持ちを落ち着かせる。
ふらつきながらもゆっくりと立ち上がった。身体のいたるところが痛い。軽い打撲を受けたんだ。痛みを感じないほど、俺の身体は頑丈じゃない。
「ふぅ…。ありがとうな、心配してくれて。」
そういうと、彼女は首を横に振りながら、
「見て見ぬふりをするほうが後悔すると思ったから。私が好きでやったことです。」
「本当にお人好しだな。」
「ふふ、よく言われます。」
彼女のほうを向き、改めて手を差し伸べてくれた彼女を見た。同じ学校の制服を着、身長は俺よりも頭一つ分ほど低い。
「改めて、ありがとう。えっと…。」
「結月、林結月です。」
「結月か。俺は、青柳レイ。レイって呼んでくれ。」
「レイさんですね。よろしくお願いします。」
「よろしく。」
俺は結月との出会いを忘れない。放っておけない。その一言が今まで一人だと思っていた俺を変えたのだ。味方なんていない。自分は一人なんだ。その冷め切った心を温めてくれる相手にであった瞬間だった。この不思議な繋がりが、縁が続くことになることを彼らはまだ知らない。
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