踊る阿呆は螺旋の救世者

藤原ぴーまん

序章 ONE LIFE

#1 阿波踊り

 361日の静寂と4日間の狂乱。

 そう揶揄されるのは、徳島県発祥の盆踊り・【阿波踊り】の様相だ。


 四国東方、徳島県。総人口約78万人。

 名産品は酢橘すだち、鳴門金時、ももいちご、などなど。


 近年は、県ぐるみで開催している『マチ★アソビ』をはじめとしたアニメ産業が盛んで、年3回の開催月にはコスプレイヤーや痛車が堂々と街中を闊歩する。


 立地としては、海も山も川も揃い踏みの典型的なクソ田舎。

 他県にあるような一般的な高さのビルは皆無。県の面積の大半を雄大な自然が占めているため、空を見上げると、県庁所在地徳島市内ですら驚愕するほどの美しい夕焼けや星空を眺めることができる。


 そんな徳島県が誇る最大のビッグイベントこそ、日本三大盆踊りのひとつ・【阿波踊り】である。

 江戸開府より400年以上の歴史があり、一説には徳島城が完成した際、当時の藩主である蜂須賀家政が「城の完成祝いとして、好きに踊れ」とお触れを出したことがキッカケといわれている。

 踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ損々。

 要はそういった気概のお祭りだ。


 今日はお盆最終日。阿波おどり最終公演。

 普段閑古鳥鳴く徳島市内が100万を越える観光客により、ごった返しとなっている。


 そんなひと夏の祭典を、儚げに眺める一人の少女。市内在住の中学2年生・成瀬鳴海なるせ なるみだ。


 赤髪のミディアムボブ。濡れそぼった瞳。小動物を思わせる華奢な体躯。

 発露するエネルギーが全体的に弱々しく、それがかえって蠱惑的な魅力へと転化している。

 

 黄色いサマーポンチョ。黒のノースリーブにショートパンツ、ヒールサンダルという出で立ち。

 しなやかでもっちりとした丸みのある生脚は、瑞々しくて健康的。


 だが何よりも人目を引くのは、彼女の上背中から覗く

 トライバル模様の天使の羽根が生えたハートマークだ。


 成瀬鳴海なるせなるみは、阿波踊りのメイン会場・両国本通りではなく、『新町ボードウォーク』に訪れていた。

 徳島市の中心を流れる新町川に施工された木造の遊歩道には様々な露店が立ち並び、袂にある野外ステージでは阿波踊りがも当然のように公演されている。

 そんな遊歩道に設置されたベンチに、彼女はちょこんと腰掛けていた。


「ほれ」

 彼女の鼻先に、ベージュの紙袋が差し出される。


 差出人は真神正義まがみせいぎ

 無造作の黒髪天然パーマと気難しそうな仏頂面が印象的な男の子。鳴海なるみとは、同級生で同じ中学おなちゅう

 無地の黒シャツに膝下まで捲くったグレーのスウェットパンツ。履物は黒のスポーツサンダル。

 せっかく女の子とふたりっきりのデートだというのに、寝巻のようなあまりにもあんまりな格好。

 良い子は絶対に真似をしちゃあ駄目だゾ!


なんなん、これ?」

 訝しそうに紙袋を眺めながら、鳴海なるみはそれを受け取る。

 紙袋はホクホクと温かく、中を覗き込むと焼き立てらしい大判焼きが二つ入っていた。

「『あたりや』の大判焼き。さっき友達ツレの母ちゃんとバッタリ会って、もらった」

 なるほど。どうりでトイレが長いと思ったら。

 鳴海なるみは大判焼きをひとつ取り出すと、しばらく口をつけずに観察する。


 『あたりや』は、徳島駅前にある老舗の大判焼き専門店である。

 創業70年以上。紙にくるまれた出来立ての大判焼きは、熱々で甘く香ばしい。


 それにしても。

(このクソ暑い中、焼き立ての大判焼きか……… )

 日が暮れているとはいえ、本日の最高気温はまたしても35度超え。

 昨今の異常気象しかり。

 煩わしいほどの人混みの中、それも水辺の近く、周囲はうだるような熱気で蒸しており、衣類が肌にこべりつくくらいには鬱陶しい暑さだ。

 もう少しセイギにはエスコートというものを学習して欲しい。

 そう辟易しながら、大判焼きをゆっくりと口元へ運んでゆく。


 もしゃり。

 パリパリの薄い皮。

 もちもちの柔らかい生地。

 みっちりと隅々まで詰め込まれた自家製の餡子は濃厚ながら程よい甘さ。

 家庭的でありながら上品な味わいが口腔に溶け込んでいく。


「………んまい」

「せやろ?」

 自分が作ったわけでもないのに、なぜかセイギはドヤ顔。

 そのまま鳴海なるみの隣に座り、彼女の膝元に置かれた紙袋を掴むと、もう一個の大判焼きを取り出す。

 不要になった紙袋をクシャクシャと丸めてポケットにしまい、大判焼きを頬張る。

 もしゃり。表情は変わらないものの、美味しいという感動が雰囲気ボディランゲージとして内面から溢れだす。

 なんだかとっても幸せそう。


(わかりやすいヤツ……… )

 傍観しながら鳴海なるみはふと眉尻を下げる。

 強面コワモテだから、皆よく勘違いしているが、セイギは感情表現が苦手なだけで、感情自体は豊かなのだ。

 何事に対しても、ただただ不器用。

 そういうところは可愛いと思う。


 そんな視線にセイギも気付き、

「なんだよ」と彼女に問い掛ける。


 鳴海なるみはフルフルと首を横に振る。そして、なんだか楽しそうに「別に」と答えた。

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