明日見彩理は明日を見ない?

そそそそららららら

一章

序文、独白

謎。


 神秘。怪奇。超自然。不明瞭。ミステリー。トリックでありマジックでありサイキックでスピリットでファンタジー。


 理解しづらい、できない、様々なものを総括して呼ぶ言葉。直感的に理解できず、直接的に触れられない。そういったものを、人は謎と呼ぶ。


────大抵の場合。

謎は謎のまま解明されることはない。

 なぜならそういった謎に触れようとすることは、すなわち自らも謎の領域に踏み込まんとすることであり、それはつまり、自ら謎に、理解されない存在に向かい陥ちることを意味する。


 それを拒む者は多く、故に謎は解明されない。

 或いは謎は、謎だからこそ謎であり続けるのだろう。知ってしまえばなんてことのない、普遍的で、一般的で、容易いものなのかもしれない。しかしその道程にある苦境や、混迷や、隔絶を、人は嫌うからこそ、多くの謎は、謎のままなのだ。


 事実、僕ーー空拭そらぬぐい あめの経験してきた、神秘的で、怪奇的で、超自然的で不明瞭なミステリーの様々も、結局その真相に辿り着くことのないまま、ただなされるがままにやり過ごされてきたというのが現実だ。


廃工場の鼓動を持った泥濘が、過去その土地に飛来した宇宙人が残した超技術のバイオテクノロジーであった可能性を否定しきれず、手のひらに炎を浮かべ重力を無視したような挙動で襲い来る都市伝説の殺人鬼が、第六感的超能力に目覚めた新人類であった進化論を反証しきれず、山奥の古い洋館で起きた連続殺人が、大資産家の遺した埋蔵金の在処をめぐった陰謀の産物であった政治劇を推理しきれない。


 或いは道端に落ちた軍手の落とし主は分からないし、空を飛ぶ鳥の行き先は掴めないし、いつも学校を休んでいる誰かが、普段何をしているかなんて知る由もない。


 あらゆる謎における、真実を解き明かすことによって解決されたかもしれない様々な肉体的、精神的な苦しみを見捨て、謎を謎とだけ割り切り逃げ回ってきたのが、この僕の経験であり、人生であったと言えるだろう。


 ただ、一つ断っておきたいのは、僕は「だから誰かは謎を解明する事を諦めるべきではない」なんてことを言いたいわけではない、ということだ。むしろ、これは経験則だが、謎というものには関われば関わるだけ不幸になり、知れば知るほど死期が近づくし、そもそも(一つを除いて)あらゆるを諦めてきた僕のような存在が誰かに向かってそんな高説を説くようなことは、人が恥という概念を綺麗さっぱり捨て去ってしまわない限り不可能とすら言える。つまり総合的に僕は、謎を諦めるということに対して、限りなく肯定的な人間である、ということだ。


 ただ。

 一つだけ。


 どうしてこんな前置きをして、謎……なんていう限りなく概念的で、形式的なものに関して、こうも長々と語らって、自分にとって謎とは諦めるべきものだった、と断りを入れてまで、一つだけ、なんてさもその先の続きを期待させたいかのような助走/序奏をつけるに至ったのか、ということに関して、僕には独白したいことがある。これは僕の独白であり、告白であり、告解である。つまり、後悔なのである。


 僕は。(一つを除いて)、全ての物事を諦めて生きてきた。その結果なのだ。それ以外全ての物事を諦めてきた僕が、絶対に諦めたくなかった、諦めてこなかった最後のただ一つを諦める結果に至ったのは、その因果だ。僕は、僕が僕の全人生を費やして救いたかった、ただ一人の少女を、救うことができなかった。


 僕は、救うことができなかった。僕の幼馴染にして、同居人にして、境遇を同じくするものである、世界で一番大切な人。


 未知に満ちた少女。怪異に介されて、謎に擬えられた少女。宇宙の向こう側にある理想郷を盲信し、毎夜星々に対して交信を続ける少女。明日見あすみ 彩理さいりを救うことができなかったのは、僕が彼女の精神的な、或いは肉体的な謎を解き明かして、解決する事を諦めたからだ。

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