SG4 宇宙防衛隊 火星部隊 トロヤ・イーストの戦い

星空 駆

隕石嵐

緊急出動

第1話 プロローグ  

 きつい坂を登りきると、ペダルがふわっと軽くなった。

両脇に椰子が植えられた緩やな下りのサイクリングロードが海岸まで伸びる。

徐々に加速する自転車、心地よい風 。遠くから波の音も聞こえてきた。

汗ばんだTシャツが体を気持ちよく冷やし、思わず声が出てしまう 。

「ヒャッホー!!」


 両足をペダルから離し、ハの字に広げてノンブレーキで加速を楽しむ。

白波が立つ海の向こうに、生まれたての入道雲が抜けるような青空に……

その途端、青空が四角くパックリ切り取られる。

マリーの顔がにゅっと現れた。


「ケンイチ、緊急召集よ! 早くトレーニングマシンを出て」

「えぇ~なんだよ。俺たち非番だろ、今が一番気持ちいい所なのに……」

白い球状のVRトレーニングマシン内で、自転車に座ったまま渋る

ケンイチの気持ちを断ち切るようにプログラムの終了音が鳴った。


 マリーがハッチを開いたので、プログラムが強制停止されたのだ。

マシン内の美しい映像が消え、心地よい風も止まる。

トレーニングマシンはゆっくりとその傾きを水平に戻しながらシューっと

音を立てて、タラップの高さまで球体全体の位置を下げた。


  ***


 ここは世界政府直轄の宇宙防衛隊スペース・ガード(SG)の火星部隊

指令本部基地。太陽系第四惑星の『4』を付けてSG4と呼ばれている。

SGは防衛隊と言っても軍隊ではない。

戦う相手は人間ではなく飛来する『隕石』である。


 ***


 遥か昔、宇宙紛争が数十億人の命を奪った。その後、世界政府が樹立され

地球再生プログラムによって計画的な宇宙移住が本格化する。

それとほぼ同時期、天の川銀河の彼方より飛来した『小天体雲』と呼ばれる

ようになった、おびただしい数の小天体群が太陽系と衝突を開始した。


それから三百年以上経った今も、人類は隕石嵐に怯えながら生活をしている。 


 頑丈に作られた居住設備にまで深刻な被害を及ぼす、危険度の高い

大きな隕石を、マーズ・ファルコンという宇宙防衛機で迎撃するのが

SG4航空部隊の役目である。

 ケンイチ・カネムラは、そのSG4航空部隊第一中隊の中隊長。

そしてマリー・クローデルは第一中隊に二人いる副隊長のうちの一人だ。


  ***


 ケンイチがVRトレーニングマシンから出ると、脱ぎ捨てた

パイロットスーツの上で、通信端末がけたたましくコール音を出していた。

「それ、いつも身につけてなさいよ」

マリーが文句を言いつつタオルを投げ渡す。


「非番の日にこんな端末をつけてちゃぁ、リラックスできないじゃないか」

タオルをキャッチし、顔を拭きながらケンイチがふて腐れ声で答えた。

「非番なのになぜ緊急招集がかかるんだ? 何かの間違いじゃないのか?」


「私もホット・ヨガ教室に参加しようと思って、丁度ここに来たばかりよ。

 何が起きたのかわからないんだけど……」

マリーは振り返って天井のマイクに向かって基地コンピュータに指示した。

「アマンダ。緊急招集の情報を出して」

「緊急招集の情報を表示します」


 基地コンピュータの返答とともに、トレーニングルームの空間に

三次元ホログラムの火星地図が大きく表示された。隕石嵐の警戒区域を

示す赤枠の範囲は、火星のほぼ半球に近いエリアを示している。

ホログラム映像は尋常ではない数の隕石が迫っていることを物語っていた。


「うそでしょ! 突然こんなに広いエリアに隕石嵐の警報ってあり得ないわ。

 アマンダ。広域警戒探査機からの警報は何か有ったの?」

「ここ数日間、広域警戒探査機の警報は有りません」

「そんな! こんなに大規模な隕石嵐なのに? なぜ?」

「その情報は有りません」基地コンピューターは無表情に答えた。


 正確な情報が無ければコンピューターはこのようにしか答えない。

過去の大規模な宇宙紛争は、人工知能による誤判断が発端で起こったので、

世界政府は人工知能による推論を厳しく制限している。

これ以上アマンダに聞いても無駄だと、マリーにも分かっていた。


 ケンイチは汗で濡れたTシャツを素早く脱ぎ、元ラガーマンの鍛え抜かれた

筋肉隆々の体を、タオルでごしごしと拭きながら、

基地コンピュータが確実に答えられる質問をした。

「アマンダ。その隕石嵐の到達までの時間は?」

「第一波到達まで四十八分三十秒です」

「えっ四十八分だって? 一時間切ってるのか? まずいな」


「やけに早いわね。急がないとダメだわ。これだけの広いエリアを

 守るのは当直の中隊だけでは無理よ。先に行くわよ。

 あなたも早くパイロットスーツを着て……」

ホログラム情報を見ていたマリーが振り返ると、すでにケンイチが

トレーニングパンツをずり下げ真っ赤なトランクスだけになろうとしていた。


「バカ何見せんの!」

マリーは慌てて目を背け、マシン横のタラップをかけ降り、出入口の横に

かけられたヘルメットを取りながら急いで部屋を出ていった。


—— お前が早く着替えろって言ったんだろぅが ——


 閉められたドアに向かって呟きながら、ケンイチは濡れたTシャツと

トレーニングパンツを部屋の隅のカゴに投げ入れた。

—— あいつ婚約者のピエールさんにも、あんな口調なのかな? —— 


  ***


 マリー・クローデルは優秀な美人パイロットであるだけでなく、

天体運動学の博士号を持つ学者肌の秀才でもある。

しかし彼女は、机にかじりつくような大人しい性格ではない。

宇宙そらを見ながら自由に飛び回りたいという希望を叶えるために

SG航空部隊に入隊した変わり者だ。


 美人で秀才、そして優秀なパイロットと三拍子そろっているので、

当然のようにSG4 の若手隊員達の憧れの的になっている。

最近、第七中隊のピエール・マクロン中隊長と婚約したことは、まだ公には

なってないが、もしも公表したら大騒ぎになるのは間違いなかった。


 マリーが婚約のことを話したのは、まだヘインズ司令官とケンイチ、

そして、第一中隊のもう一人の副隊長であるソジュン・パクだけだった。


 ***


 ケンイチはパイロットスーツを着ながら問いかけた。

「アマンダ。俺の機体の整備状況は?」

「第一中隊長機は、オーバーホール検査が終了し燃料水の充填中です」


—— よし、防衛担当が近くのエリアなら迎撃に間に合うな ——


 ケンイチはパイロットスーツのジッパーを上げてヘルメットを取りながら

急いでマリーの後を追ってトレーニングルームを出た。



 

次回エピソード> 「第2話 パイロット射出装置」へ続く

 



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