遺影
ニシダ(ラランド)
遺影_1
八月二十九日、金曜日。中学生活初めての夏休みは後三日を残すだけになった。防砂林の脇の国道沿いには潮と排ガスでベタつく海風が吹き抜ける。煮出した紅茶色をした夕陽が僕たちの右頰を照らし、同時に顔の上に深い影を作った。ショッピングモールに遊びに行った帰りだった。
頭髪を短く刈り込んだリュウが、その豆電球みたいな頭を後ろにひねって振り返り、小さな暖色の明かりがふわっと
「じゃあユウシはアミの遺影を作る担当な」
僕を挟むように並んでいたコウジとタケルはイェーイと言いながら手を
「始業式の日に間に合わせろよ」
そう言った時には、リュウはもう前を向いて歩いていた。僕の返答を待たずして、合意なく会話は進んでいった。僕は真顔のまま、二人に少し遅れてイェーイとだけ繰り返した。それ以外を口に出すことは許されないように思われた。夕陽は防砂林を焼き尽くすように沈んでいった。
日が暮れた頃、三人と別れて家に帰った。僕の家は八号棟まである団地の五号棟にある。花壇のある
「おかえり、ユウシ」
「ただいま」
夕飯の支度の途中だったのかエプロンを着けたままだった。僕が小学五年生の頃、家庭科の授業で作ったエプロン。迷彩柄に英語の筆記体でプリントが入っている。せっかく作ってくれたからと言って母は大事そうに使い続けている。新品を買えば良いのに。古くて汚いエプロンで作るご飯は
「サエコとタツニイは?」
「サエコはそこで寝てるでしょ」
二つ歳の離れた姉のサエコは、イヤホンで音楽を聴きながらソファーにうつ伏せに寝転び、アイスのプラスチック容器を
「タツヤはバイトだから、もうそろそろじゃない?」
リビングの隅に置かれている立ち枯れた木のようなポールハンガーに自分のリュックを掛ける。ソファーは姉が占領しているし、まだ夕飯の出ていない食卓につくのは無言の圧力をかけるようで
考えているうちに僕は床に仰向けになっていた。しばらくすると、外廊下から
タツニイはリビングから自分の部屋に入っていった。サエコとタツニイには自分の部屋がある。あるといっても部屋は共用で学習机が二つ背中合わせに置いてあるだけだ。寝そべっていた僕は立ち上がり、タツニイを追って部屋に入った。
「タツニイ、スマホ貸して」
「スマホで何すんだよ」
タツニイはポロシャツを脱ぎながら答えた。ぶっきらぼうな返答だけど、こういう
「調べ物したいだけ、すぐ返す」
「YouTube とかあんまり見んなよ」
そう言ってスマホについたコードを引き抜いて僕に手渡した。タツニイはいつもスマホを貸してくれる。小さい画面を僕の前に差し出して面白い動画があるとよく見せてくれた。家族で僕だけがスマホを持っていないのを
「ごめん、ありがとう」そう言って部屋を出た。床に座り直して小さな液晶を人差し指で
『遺影 作り方』で検索すると、遺影用の写真を作ってくれるカメラの会社のホームページや葬儀会社の遺影に関するQ&Aを載せたページが一覧に表示された。アミの写真なんて一枚も持っていないし、そもそもこの大きさの写真をどうやって用意すれば良いのだろうか。次に『遺影 額縁』で検索するとショッピングサイトの画像が横並びに映し出された。写真の入っていない黒い額縁が横に三つと半分並んでいる。死のにおいがしない清潔な額縁だった。どれも二千円くらいだったが、僕にそんな大金の持ち合わせはないし、ショッピングサイトも使えない。
「じゃあ遺影ってどう作れば良いんだろ」そう一人で小さく呟いたけれど、なんで僕がアミに遺影を作るなんて酷い仕打ちをしなければならないのか、まず考えなければならない気がした。けれど考えるのが
スマホに目を移すと充電が切れたのか、縦長の四角い暗闇の奥に表情のない僕の顔が映っていた。
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