15話 どきどき!君のために

藤崎は最近調子がいい。

いじめの主犯格もいなくなり、古賀という友人も出来た。いじめをしていた他のメンバーは谷口が死んだことにショックで藤崎に構う暇もない。絶好調だった。



目の前に古賀がいる。藤崎は笑顔で古賀に近寄ろうとした。しかし、古賀を前にして足が止まる。誰かと話しているようだった。


『谷口さんにも良いところがあったからだよ。死んでいい人間なんてどこにもいない。』




は?




藤崎は口を開く。

よく、分からない言葉が呟かれていた。



古賀の口から、谷口を擁護するような言葉が聞こえた。あり得ない。あり得ない。死んでいい人間はいない? そんなわけない。


谷口は死んで当然の人間だった。なぜなら藤崎をいじめていたのだから。谷口は苦しんだ。谷口以外にも苦しんだ人間はいただろう。その苦しめてきた人間が何故当然のように幸せそうに生きている。死んで当然だ。


「古賀さんも、谷口さんの味方なの? 」


眼鏡の奥、ゆらりと揺れる瞳。息が浅くなる。古賀は何故谷口の味方をするのか。


ハァ…。ハァ…。ハァ…。


「藤崎さん? 」


目の前に古賀がいた。

藤崎ははっと目が覚めた。


「古賀さん…。ごめんなさい。」


「え? 古賀、なんで謝られたの? 」


「ううん。なんでもないの。それより古賀さんは誰と話していたの? 」


「えっとね、のっちぃと話してたんだぁ。」


のっちぃ? 誰かのあだ名だろうか。とにかく、可笑しな思考になりかけていた。古賀さんが谷口の味方なわけがない。人のせいにしてはいけない。藤崎は頭を振って、その場から離れた。

 


夜が明け、藤崎は学校へと向かった。藤崎の机の上には一輪の花が飾られていた。目を疑った。いじめは終わったのではなかったのか。


足が震えた。

手が震えた。

クスクスと笑うクラスメイト達。

絶望した。

息が出来ない。

涙が溢れた。

どうしようもない恐怖に襲われ、その場を後にした。


突然のいじめの再開。怖かった。教室に戻りたくなくて、その場にあったベンチに腰掛けた。

下を向き、自身の上靴を見つめた。そこに影が一つ映った。顔を上げると見知らぬ男子生徒がいた。


「だれ? 」

 

「あっ、やっとこっち見た。」

 

爽やかな笑顔で、男子生徒は笑った。男子生徒は齊藤だった。

 

「私に、何か用? 」

 

「ああ、いや、何か悲しそうな顔してたから声かけたんだ。」

 

藤崎は普段接してこなかった男子生徒にたじたじになる。齊藤はイケメンだ。女子生徒にも人気がある。なぜ藤崎に声を掛けたのか不思議だった。

 

「えっと、藤崎さんだよね? 古賀さんと最近仲のいい。」

 

「えっと、はい。仲…いいのか分からないけど…。」

 

「そっか。あのさ、聞きづらいんだけど、悲しい顔していたのは古賀さん関連のこと? 」

 

「いえ…。」

 

「…。何か、あった? 」

 

「いえ…。」

 

「僕には言いづらいよね。ごめん。」

 

藤崎は緊張して言葉を紡げない。何か早く言葉を返さないと。目が泳ぎながらも必死に言葉を探す。そんな藤崎に齊藤は笑いかけた。顔が赤くなるのを感じた。しかし、齊藤はすぐに顔をしかめた。

 

「あの…? 」

 

「少しだけ、厳しいことを言ってもいいかな? 本当は僕が言うべき事じゃないんだけど…。」

 

何かあるのだろうか。藤崎は恐る恐る首を縦に振った。

 

「藤崎さんには、悪いけど、古賀さんの元から離れた方がいいと思うんだ。」

 

「え? 」

 

「実は、古賀さんのせいでいじめが起ることがあるんだ。」

 

「え? どういう意味? 」

 

「言葉通りだよ。古賀さんがいじめの本当の犯人なんだ。僕も最初は驚いたんだ。まさかそんな筈ないって。でも、古賀さんの取り巻きの丹心川さんから聞いたんだ。


…実際に僕も誘われた。直接いじめをしようなんて言われてないけど、その…、藤崎さんを揶揄ってみないかとか。冗談で告白したら面白いって。でも、それって藤崎さんに失礼だし、何より、残酷なことだと思うんだ。だから、断った。


そして、もう彼女にはこんなことをしてほしくない。辞めてほしいんだ。だから、古賀さんの作戦通りにならないように、したい。ごめん、こんなこと言って。突然でびっくりしたと思う。でも、藤崎さんのためにも、古賀さんから離れた方がいい。」


藤崎は何も言えなかった。否定したかった。だって、古賀は藤崎を確かに救ってくれた張本人なのだ。

 

「古賀さんがそれをする目的は…? 」

 

「たぶん、評価を上げるため。この前職員室で聞いたんだけど、君に体操服を貸してあげたんでしょ? 褒められてたよ。」

 

「で、でも…。」

 

「分かる、古賀さんを庇いたくなる気持ちも。でも、でも! 僕も怖いんだ。この前、谷口さんが亡くなったでしょ? 彼女が亡くなった理由も、古賀さんにあるんじゃないかって思ってて。谷口さんが死ぬ直前、古賀さんの良くない噂が流れてた。それを流したのが、谷口さんだったから、だから古賀さんに何かされたんじゃないかって。皆古賀さんの表の顔しか知らない。だから簡単に騙されてる。でも、実際どうなんだろう。怖いんだ、僕も。だから、藤崎さんも気を付けてほしい。」

 

その後も、齊藤は何か言葉を発していた。しかし、藤崎はそれを聴いている余裕はどこにもなかった。

 

古賀が本当の悪い人。

昨日、谷口を擁護していたのは、本当に悪い人間は谷口じゃないって知ってたから。もしくは、谷口を擁護することで自身を良く見させようとしていた? いや、そんなの信じたくない。信じられない。

 

古賀が目の前で歩いていた。藤崎は自身の震えを抑えながら、古賀に声をかけた。

 

「古賀さん。」

 

「あっ! 藤崎さんだ! なあに? 」

 

いつもの古賀だ。少しだけほっとした。

 

「あ、あの、あのね、谷口さんのことなんだけど…。その…、どう思う? 」

 

「どう? ううんと、可哀想って思うよ? だって、谷口さんにも将来があったのにって。」

 

藤崎は古賀を見つめた。可哀そう? 彼女が? そんなわけない。彼女は可哀そうなんかじゃない。だって、彼女は藤崎をいじめていた。殺されて、当然なのだから。

 

「酷いよ…。古賀さん。」

 

「え? 」

 

「古賀さんは、私の味方だって信じてたのに…。」

 

「藤崎さん? 」

 

「酷い、酷い酷い…。」

 

藤崎に黒いモヤがかかる。古賀は目を見開く。なぜ、藤崎が悪魔に落ちようとしているのか。古賀には理解できない。藤崎はいじめられた。だから人の痛みを分かるはずだ。なのにどうして…。

 

「古賀! しっかりして! 変身だよ。」

 

「うん! 」

 

考えている暇はない。藤崎を助けることが先決だ。

 

「閃け! 天使の踊り。輝け! 天空の舞。 放て! 白い翼。

 魔法少女! 古賀‼ へーんしんっ! 」

 

古賀は魔法少女へと変身した。早速、古賀は魔法を唱える。

 

「マール・アモーレ! 」

 

ステッキから光が放出される。しかし、それが藤崎にあたることはなかった。

 

「やっぱり。いつもよりモヤが多い。」

 

ユメのときと同じ状況だ。だったら…。

 

「ラブ・サンダー‼ 」

 

稲妻が走る。藤崎に一直線に当たる。しかし、その攻撃を受けてもなお、藤崎はそこに立っていた。

 

「藤崎さん、どうして…。」

 

彼女が苦しむ理由が分からない。どうして、こうなったのかも理解しがたい。

 



「無駄無駄! オメエには理解できないだろうよ。」

 

乱暴な言葉。振り返ると、にやにやと笑うブルームの姿があった。のっちぃは焦る。この異常事態に、あの強いブルームが現れるなんてと。

 

「そんな睨みつけんな。今日は何もしねぇからよ。」

 

「どうして? 」

 

「どうしてってそりゃあお前…、面白くねぇからだよ。ああ、ああ、面倒くせ。おりゃあな、自由を求める天下のブルーム様だぜ? あんなチンケなリーベルのお使いなんかしてられっかよ。俺が手ぇ貸すのは、人間を悪魔に陥れるその時だけだ。」

 

「ラブ・サンダー‼ 」

 

古賀の攻撃が突き刺さる。あっさりとそれを避けたブルームは笑っている。

 

「あぶねぇだろ、こっちは何もしてないってのによ。」

 

「何もしてない? 藤崎さんにこんなことをしているのに、なんでそんなことが言えるの! 」

 

「ハッ、何戯けたことを言っているんだ? そいつは自分で落ちたんだよ。ただ呑気に生きてるだけの人間は悪魔に落ちることすらできない。そいつは自ら負の感情に流されてるからそうなるんだよ‼ 」

 

古賀はブルームに腹を蹴られた。血が口から溢れる。速い攻撃に目が追い付かなかった。絶対絶命のピンチだ。

 

「それによ、魔法少女。お前、勘違いしてんだろ。」

 

「な、なにを? 」

 

「そいつ、もう人間辞めてんだよ。悪魔より悪魔らしいぜ。だって、そいつ、人殺してんだからよ。」

 

ギャハハハ‼


汚い笑い声が響く。

古賀は、藤崎を見つめた。どういうこと?

 

「藤崎さん、嘘でしょ? 」

 

「あ、あが、あがあああああああああ! うがああああああ、あ、ああああ? あああああ、あああああ。あああああ、に、に、にくい、き、きき、きらい、きらい、たにぐち、嫌い、ころす、ころした、わたし、わるく、な、な、ない。」

 

谷口、殺した。言葉の中、驚愕の真実。古賀は、あまりの真実に唖然とした。

 

「う、嘘だよ! おかしいよ! 藤崎が殺したなら、証拠が残る筈。僕があとから調べても確かに人間が罪を犯した形跡はなかった! 」

 

立ちすくむ古賀に変わって、のっちぃが声を上げた。しかし、馬鹿にしたようにブルームは笑った。

 

「当たり前だろ? 俺がこの女に協力してやって証拠を隠滅してやったんだからな。」

 

「じゃ、じゃあ、本当に、藤崎が…。」

 

藤崎を見つめる。藤崎は先ほどと違って、笑顔でこちらを見ていた。

 

「私、殺したんだぁ…。でも、古賀さんのため。私、古賀さんのために殺ったんだよ? 私は、悪くない。私は、悪くない。悪くないの? 悪くない。悪くないでしょ。悪くないよ。」

 


 

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