13話 ドキドキ!いじめっ子いじめられっ子
授業も終わり、昼休み。お弁当を食べ終えた古賀はトイレへと向かった。
「あれ? 古賀、そっちトイレじゃないよ? 」
一番近いトイレの反対方向へと向かおうとする古賀をのっちぃは止める。
「いいの、いいの〜! 古賀ね、とってもいいこと考えたの! トイレに行くついでに、体操服に着替えるんだぁ〜。これで昼休み体育館で遊べるし、その後の体育の準備もばっちり! 古賀って頭いい〜。」
「なるほど、だから体育館の方のトイレに行こうとしてるんだね。」
のっちぃはうんうんと頷きつつ、体育の前に平気で体力を使おうとする古賀に『体力お化け』とこっそり思った。のっちぃには体力がなかった。
ひそひそと話し声が聞こえる。おかしい。ここはめったに使われないトイレのはず。古賀とのっちぃは目を合わせる。
近寄って耳を傾ける。
「ほんっと、あんたムカつく。」
「なにその目、うっざ。」
「ほら、ただでさえ汚いんだから、これでも被って綺麗になりな! 」
水が跳ねる音が聞こえた。
「うわっ! あれ、いじめってやつ? 人間って怖いね…。ってあれ? 」
のっちぃがぼそりと古賀に向かって言葉を発した。しかし、言葉を紡ぎ終える前に古賀はトイレの中へと入っていた。
「なにしてるの〜? 」
中にいた女子生徒は聞き慣れぬ声にビクッと体を揺らした。しかし、声の主が古賀と気がつくと分かりやすくニヤニヤ笑った。
「分かるでしょ? お灸添えてんの。古賀さんもどう? 」
リーダー格の谷口は古賀の知り合いだ。今は違うが、去年は同じクラスだった。彼女は目立つ存在で、よくクラスの女子と騒いでいた。しかし、集団の中では気が強くなる方なのか、所謂陰キャに近い生徒には度々嫌がらせをしていた。
「古賀、嫌だなぁ…。こういうの。」
「なに? 私に何か文句あるわけ? 」
「うん、古賀、好きじゃない。」
「…、もういい。」
谷口とその取り巻きはあからさまに気分を害したという雰囲気を纏ったまま、その場から立ち去った。古賀はいじめられていた女子生徒に声をかけた。
「大丈夫? 」
「あの、ありがとう…。」
その女子生徒とは初対面だった。恐らく、谷口と同じクラスの生徒なのだろう。分厚い眼鏡の奥の瞳はゆらゆらと揺れていた。
「ん? 古賀は何もしてないよ。」
「そ、そんなことない! ありがとう。えっと、古賀さん。」
「それ、寒い? 」
びしょ濡れの制服姿。頭から水をかけられて
いる。もう初夏にも突入しているが、そのままでは風邪をひいてしまう可能性がある。
「これ、着ていいよ! 」
手渡したのは古賀が着替えるはずだった体操服。のっちぃはそれに気が付き、古賀を止める。
「古賀、貸していいの? 古賀の体操服なくなっちゃうよ? 体育出れなくなるかも…。」
「いいのいいの! 古賀が貸したいの! 」
「古賀さん…。」
のっちぃが見えない女子生徒は恐る恐るその体操服を手にした。その姿を見て、古賀は満足そうに笑った。
「そういえば、古賀、貴方の名前知らない! 教えて? 」
「あっ、えと、私は藤崎です。」
「藤崎さんかぁ! よろしくね、藤崎さん! 」
「は、はい。」
後日、古賀は職員室に呼ばれた。職員室に呼ばれる理由は思いつかない。何かしたか。古賀は入学当初から教師に目をつけられていたが、今はない。
先生が古賀は無害であると認識したためか、もしくは古賀の調子に〝普通〟を矯正することは難しいと理解したからか。
ともかく、ここ最近の古賀は職員室に呼び出されることは一切なかった。
今回の呼び出し。
なんだなんだとのっちぃと顔を見合わせた。鬼のように怖い教師からの説教か。しかし、その予想は外れ、古賀を呼び出した教師はニコニコと笑っていた。
「古賀! お前、やるじゃないか! 」
「ええ? 古賀、何もしてないよ? 」
頭には大量のはてなマーク。尚も教師は嬉しそうに笑っている。
「なんだ、隠してるのか? びしょ濡れになった生徒に体操服を貸したんだろ? 」
その話には覚えがある。藤崎に確かに貸した。
「すごいじゃないか。俺は古賀は優しい奴だって気づいてたぞ! 」
「古賀は当たり前のことをしただけだよ? 」
「その当たり前ができないやつが世の中にはいるんだ。お前はそのまま、当たり前を出来る人間でいるんだぞ。体育の東屋先生にも事情は話してるから、内申が下がることはないからな。じゃ、戻ってよし。」
内容はそれだけだった。怒られず、むしろ褒められた。のっちぃは古賀に笑いかける。古賀はどこか難しい顔をしていた。
「古賀? 」
のっちぃが心配そうに古賀に声をかける。古賀は優しく笑い、のっちぃの頭を撫でた。
藤崎は古賀を見つけると笑顔で手を振った。ここ最近、古賀とよく話す。古賀は優しい人だ。藤崎の話も嫌がらずに聞いてくれる。とてもいい人。藤崎は違うクラスにも関わらず、ほぼ毎日古賀と共にいるようになった。
しかし、それをよく思わない人間がいる。谷口だ。谷口は古賀が嫌いだ。一度いじめを試みたが、まったく反応が返ってこなかった。むしろ、いじめていることを古賀の友人である丹心川に告げ口されてしまった。先生には目をつけられ、痛い目を見た。
極力古賀には関わりたくない。
谷口はそう考えていた。しかし、ストレスの捌け口である藤崎にちょっかいを出せないのは困る。日々溜まっていくストレスに爆発しそうになった時、教師に呼び止められた。
「谷口、いじめをしているそうだな。」
「い、いじめ…? 」
そんなことやってない。ただ、あの根暗でうざい女をからかって遊んでいただけ。たかだかあんな遊びだけでいじめなんて言わないだろう。そうだ。あれはいじめなんかじゃ…。
「谷口、分かっているな? いじめは停学、最悪は退学だからな。今日中に親御さんにも話すから、謝るんなら先に謝った方がいいぞ。」
冷や汗が出る。この教師に何を言ってもいじめと断言する。
私は何も悪くないのに…。でも、このままでは、私が犯人にされてしまう。冷や汗が出る。どうしよう、どうしたらいい。
そもそも誰が、バラした…。
誰が…。誰が………。
古賀だ。
古賀に決まってる。
あいつのせいで全てがダメになる。去年も古賀のせいで自身の信頼は底についた。あいつのせいだ。全てあいつのせい。…そうだ、あいつのせいにしてしまえばいい。
「私は、何もやってません。古賀さんが…。そう! 古賀さんが私に命令したんです! 」
「そんなわけないだろ。この前もあいつはな、水浸しになった生徒にジャージを貸したんだぞ。」
「この前のは…そう! この前も私に、藤崎さんに水かけとけって命令したんです。それで、自分がいいように見えるようにしたんですよ! 」
教師は眉を寄せ、考える素振りをした。谷口はこれで乗り越えられると笑った。
「私、古賀さんに脅されてて…。怖くて…。先生、私どうしたらいいですか? 」
「た、谷口…。と、取り敢えず、今日はこの辺にしとこう。古賀にも先生から話を聞くから。取り敢えず、命令されたからと言って、いじめはダメだ。分かったな。」
「はい。」
うまくいった。
上手くいった。
谷口は笑いそうになるのを必死に抑えた。
うざい古賀もこれで逆らわなくなるだろう。最悪、あいつが身代わりに学校を辞めるかもしれない。
その場を離れた谷口は大声で笑った。
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