11話 少年の憎しみ
少年達が公園で遊んでいる。砂遊びをしていた茶髪の少年の元にサングラスを掛けた怪しい大人が一人近寄った。
「君、セイボス君って子を知らないかな? 」
「セイボス…? ううんと、あの子だよ。」
茶髪の少年が指を指した。その子は美しい金髪の少年だった。
「ああ、そうか。教えてくれてありがとう。」
その後、その公園から一人の子供が姿を消した。
小さな倉庫。
少年は地面の上で転がされていた。
「これはセイボスじゃねぇぞ! てめぇ、何しくじってんだ。」
誰かが殴られる音が聞こえた。少年は身体を震わせる。何が起こっているのか分からない。ただ、ここが安全な場所ではないことは幼い子供でも理解が出来た。
「チッ、仕方ねぇ。セイボスと遊んでたんだ。少しくらい金持った家だろ。おい、ガキ、名前を言え。」
少年は身体を震わせ、思ったように言葉が出ない。その様子にさらに怒りが増した男が、 少年の身体を蹴り飛ばした。小さな身体は簡単に宙に浮いた。
「ゲホッ、ゲホッ…。」
息が上手く吸えない。浅い呼吸音が響いた。
「名前は? 」
「りーべる…、りーべる。」
「リーベルだな。おい、調べろ。ここまで来たら少しでいい。金を巻き上げんぞ。」
一人の男が走ってその場から去っていった。リーベルは身体を震わせた。ただ、一つ希望はあった。
お父さんとお母さんが助けてくれるかもしれない。きっと、あの人は僕のお父さんとお母さんに知らせに行ってくれたんだ。
微かな希望。しかし確かな希望でもあった。
数日がたっても、身代金が送られてくることはなかった。それどころか、リーベルを探そうとする者も現れない。リーベルを攫った男たちの怒りが増していく。
リーベルは何度も何度も殴られ、蹴られ、傷だらけになっていた。まともな食事すら貰えていない状況で、リーベルの身体は酷使される。死が迫っていることは誰から見ても明白だった。
リーベルは、何故こうなったか分からなかった。悪いことは何もしていない。母の言うことも、父の言うことも聞いていた。セイボスと一緒に遊んで、危ないことがあったら、大声を出してとそう命じられてからというもの、いつもセイボスと一緒にいた。セイボスと仲良くもした。なのに、何故、リーベルは独りこんなところで苦しんでいるのだ。
『苦しいか』
いつからか、そんな声が聞こえた。
「苦しい」
いつもは返さない言葉。だけど、今日は言葉を返してしまった。だって本当に苦しかったから。
『辛いか? 』
「辛い」
『憎いか? 』
「憎い? 分からない」
『なぜ? 』
「僕は、誰を恨めばいいの? 分からない。どうして僕はここに連れてこられたんだろう。分からない。なんで、僕だけこんなに痛いんだろう。」
『それは、お前が両親から見捨てられ、友人の身代わりにされたからだ。』
「…ち、違う! そんな筈ない! 」
『なぜそう思う。』
「母さんも父さんも、僕を愛してくれてるから。セイボス君も大切な友人だから。」
『本当に? 』
「え…? 」
リーベルの頭に映像が駆け巡った。そこには母と父がいた。笑っていた。
「こらこら、そんなに走ったら、コケてしまうよ。」
「お父さん、子供はあのくらい元気なのがいいでしょう。」
「そうだな、ああ、もうそろそろセイボス家の方がいらっしゃるぞ。」
「あら、本当ね。」
時計の針が三を示している。そこで家のチャイムが鳴った。
「やあ、こんにちは。」
「いらっしゃいませ。わざわざこんなところまでご足労頂いて、なんだか申し訳ない。」
父がへこへこと頭を下げている。セイボス家は貴族の家だ。父の事業の支援をしてくれている。だからいつも頭が上がらない。
「いやいや、こちらも君の家には大変世話になったからね。」
「そんな、そんな私どもの愚息がお役に立てるのならいくらでも差し出せますから。まぁ、本当に誘拐の身代わりになるとは思いませんでしたが…。」
「ははっ、あの子には知らない人間から声を掛けられたら、まずは友人に身代わりになって貰うように躾ているからね。まぁ、また同じことが起きるとも限らんから、護衛をさらに強化させるよ。ああ、そうそう、君たちの子供のことだが…。」
「ええ、分かっています。誰にもこのことは言いません。あの子はもう我が子でもありませんし。それに、私たちにはあの子がいますから。」
玩具ではしゃぐ子供の姿がある。確かそこはリーベルがいた場所だった。
「ああ、それと、例の件は…。」
「分かっているとも、支援を増やすことは既に決定している。君の事業もさらに拡大することだろう。」
「ありがとうございます。」
「今後も頼むよ。」
「ええ。宜しくお願いします。」
笑顔で握手する二人。リーベルは愕然とその情景を見つめた。
場所は変わり、今度は小さな公園が映った。そこには、セイボスが周りの子供に囲まれていた。いじめられているわけではない。むしろ仕切っているのは彼だ。
「リーベルがいなくなって良かったね、セイボス君。」
「ほんとだよ、変な男が近寄ってきたから、あいつ身代わりにしてやったんだぜ。父さんが言ってた通り簡単に騙せたよ。でも、ちょうどあいつがいて良かった。流石にお前らだったら戸惑ったもんな。」
「えええ、本当かよ。」
「当たり前だろ。だって、リーベルって無口で何考えてるのかわかんねぇし。気持ち悪いだろ? 」
「確かに! 」
ギャハハと笑う声。リーベルの眼から一粒の涙が零れた。
『これでも、憎くないか? 』
リーベルは頭を横に振る。憎い、憎いに決まっていた。
僕はずっと、ずっと、待っていた。痛いの我慢して、待っていた。きっとお父さんとお母さんが助けてくれると思っていた。きっとセイボス君は心配してくれていると思っていた。誰も、誰も、助けてくれない。誰も、誰も、心配してくれない。我慢したのに、我慢したのに、どうして誰も僕を救ってくれないの? どうして、どうして?
『改めて聞こう。苦しいか』
「苦しい」
『辛いか』
「辛い」
『憎いか』
「憎い」
『殺したいか』
「殺したい! 」
誰かが笑った。そしてリーベルの身体は黒いモヤに覆いつくされた。痛みや苦しみが一身にのしかかる。だが、それも我慢できた。リーベルはもっともっと痛い目にあった。心も身体も痛かった。
それに比べたら、全く、痛みなんてなかった。
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