地雷少女古賀
カモの里
1話 出会い
人には必ず地雷がある。
その地雷に触れてしまえば、人はたちまちその人間を嫌悪する。これはそんな人の地雷に無断で立ち入り、嫌悪された少女が、魔法少女となって世界を救う話だ。__________________________________________
通学路。
代わり映えのない日常。
美しい桃色の花びらもとうに散り、緑へと変わる。もうそろそろ夏が始まる。
そんななんでもない日。水色のセーラー服を着た少女が大きなキーホルダーをいくつもつけたカバンを抱え、忙しそうに走っていく。少女の名は古賀。ツインテールのよく見る普通の女子中学生だ。
「う〜、寝坊しちゃった〜。」
その口には朝ごはんの食パンが咥えられている。そう、彼女はどこにでもいる普通の女子中学生だ。
「あの角を曲がれば、もう少し! 」
古賀はスピードを下げずに走っていく。
ドンッ———
古賀は何かにぶつかった。強い衝撃というわけではない。古賀も古賀が咥えている食パンも無事だ。寧ろ古賀は倒れることすらない。なぜならその一瞬の衝撃は胸元あたりに、卓球ボールが当たったくらいの衝撃だったからだ。
ああ、一言補足するならば、その卓球ボールはプロ選手が織り成す高速球ではなく、高校生が遊び半分で放っているボールの速さで、そのくらいの衝撃である。つまり言うと、そこそこ痛いが別段痕も残らなければ、一瞬で消える衝撃であったということだ。しかしながら、道端で高校生が卓球で遊んでいるわけがない。もしかしたらいるかもしれないが、そうではない。
なぜなら、そのぶつかった何かから
「いたい! 」
と声がしたからだ。
そう卓球のボールくらいの何かからだ。古賀は足を止め、地面に落ちた何かを拾い上げた。それは小さな小さな男の子だった。
「わー! 小人だ! 小人〜。」
目をキラキラさせてその小人を掌にのせる。目をぐるぐると回す小人は、突然ハッと気づくと逃げ出すように古賀の手から逃れようとする。
「離せ〜。僕は食い物じゃないぞー。」
「食べ物? 古賀は小人さんを食べないよ? 」
小人は何かに気付いたように古賀を見つめた。
「に、人間⁉ どうして僕のこと見えるの? 」
「古賀は凄いからだよ。昔からパパにもママにもすごいって言われてきたし。」
「凄いで済まされる話じゃないよ! どうしようルフス様に怒られる。見捨てられる。嫌われる〜」
小人はじたばたと暴れまわる。そんな小人を見ながら古賀は一つ思った。可愛いと。
「ねえねえ、小人さん。あなたは誰なの? 」
「ふぇ? 僕? …まあいいか。僕の名前はのっちぃ。小人なんかじゃなくて、偉大なる妖精だよ! それも希少種で、優秀なんだ! 」
えっへん。
どや顔で決めた小人改め妖精のっちぃ。のっちぃは勝手に、頼んでもないのに、いや少しは気になってたからいいけど、人間界に来た理由を話し出した。
「これは、数カ月前のお話。」
天界 クレマチス
そこには美しい天使がいた。いや実に美しい。美しいなどと言ってられないくらい美しい。そんな天使。その目の前には小さな小さな妖精のっちぃがいた。
「のっちぃ。あなたに今日は頼みたいことがあって呼びました。」
「はい。ルフス様。なんですか。」
「人間界に行ってほしいの。」
「人間界? そんな無理です。あんな薄汚れたところいけないです。」
「お願いです、のっちぃ。人間界の危機なのです。地底に隠れていた悪魔が人間界で暴れ出しています。恐らく、大魔王が目覚めたのでしょう。それをもう一度封印するためにのっちぃの力が必要なのです。」
悪魔。それは世にも恐ろしい生物。人間の不幸を好み、人間を喰らうことで生きる。その悪魔が人間界で暴れまわると、たちまち人々が苦しみ、壊れてしまう。
「私たちには人間を守る義務があります。しかし、私たちが下界に降りてしまえば、人間界に多大なる影響を及ぼしてしまいます。のっちぃならば分かりますね。」
「はい。」
「ならば、悪魔を一掃してくれますね。」
「僕一人でですか! それなら無理です。無理無理。」
「一人でではありませんよ。人間界には特別な力を持つ人間がいます。その人間を探しだし、力を与えるのです。魔法少女の力を。」
「魔法少女…。」
魔法少女は、選ばれし人間のみが持つ聖なる力を源に悪魔と戦う少女たちのこと。彼女達は妖精が持つ能力を糧に変身する。つまり、妖精がいなければ魔法少女は魔法少女にはなり得ないということだ。
「どうして僕なんですか。」
「あまった妖精があなただけ…こほん、あなたには特別な力があるとそう感じているからですよ。あなたは妖精の中でも優秀です。だから、期待していますよ。」
「てな感じで、ルフス様に頼まれてきたんだ。」
再度、えっへんと胸を張る。残念ながら、暇そうだから頼まれたとは考えもしていないようだ。
「じゃあ、古賀が魔法少女になる! 」
「え? 無理無理。だって、魔法少女は選ばれた人にしかなれないし。」
「のっちぃ見えてるのに? 」
確かにそうだ。本来人間が見えるはずのない妖精の姿を、古賀には見えている。実をいうとのっちぃも特別な力とはどんな力か把握できていない。ほんわかきっとこんなんだろうみたいな感じで物事を進めている。だから、古賀が魔法少女になれる可能性は十分あるのだ。しかし、やはりどうなのか。悩みに悩んでいたその時、古賀の掌に乗っていたのっちぃが搔っ攫われた。
びゅっと。
一瞬で。
「うわ—何すんだ〜。」
ぷんすかぷんすか。ぱたぱたと腕を振り回して、首根っこを捕まれたのっちぃは脱出を試みる。古賀はのっちぃを掻っ攫った相手を睨みつける…わけでもなく、捕まったのっちぃの可愛さに目を奪われていた。
「きゃー! 可愛い! 」
「そんなこと言ってないで、早く助けてよ〜。」
「おっほほほー。たかが人間にやられる私と思って? 」
のっちぃを捕まえた女は、淫魔のようないやらしい恰好をしている。そう、彼女は悪魔だ。しかし大して強そうな感じではない。
長い爪で攻撃をするタイプなのだろうが、よくある物語の序盤で出てきて殺られる、敵キャラのような見た目をしているからだ。
しかし、のっちぃがピンチなのは変わりない。涙目になりながら、のっちぃは叫んだ。
「古賀! 力を貸してあげるから! お願い! 僕を助けて」
「分かった! 古賀、魔法少女になる‼ 」
その時、美しい光が解き放たれた。みるみるうちに古賀の衣服が変化していく。水色のセーラー服は淡いピンクのワンピースに変わる。ツインテールの黒い髪は解かれ、ピンク色に変わると、頭の上にお団子状態で二つ並んだ。最後に右手にステッキが握られ、完成。魔法少女古賀へと大変身を遂げた。
「魔法少女、古賀! いっきまーす。」
古賀は魔法ステッキを振り回して、ピンク色の魔法を放出した。ぽわぽわぽわ〜とゆったりとした光が悪魔へと降り注ぐ。
「ひゃ〜〜〜〜。」
悪魔の手が緩んだ隙に、のっちぃは古賀の元へと飛んでいく。悪魔はというと、どこか様子がおかしい。
「古賀、何したの? 」
「分かんない。きれいな心になれ〜って唱えながら出したよ。」
「へ〜、そんなことで悪魔をやっつけられるんだね。」
感心して古賀を見つめるのっちぃ。古賀も胸を張って、えっへんとどや顔でいる。しかし、そんなことを言っている間にも、悪魔はさらに苦しみ出した。
古賀が放った光はやがて青い炎に変わる。纏わりついた炎は悪魔を呑み込み、逃げ惑う悪魔を燃やし続けた。古賀はその様子に少しだけ焦り出す。まさかこんなに苦しむとは思ってもみなかったのだ。悪魔を見てニコニコ笑っているのっちぃに声をかけようとしたとき、
「ぐわああああああああああああああ!」
けたたましい声が響き渡った。
そして、悪魔は燃え尽きてしまった。
「え? 」
「ふは〜。良かった。良かった。悪魔倒せて良かったね。」
燃え尽きた。灰になった悪魔を見つめる。古賀は動揺が隠せない。なんたって目の前で人が燃え尽きたのだから。灰となって消えたのだから。いくら悪魔で、人に害なす存在だったとしても、それが目の前で消えるのは違う。だというのに、のっちぃはそれを見て安堵した。
おかしい。
おかしいだろう。
確かにのっちぃは命の危険が迫っていた。
だが、いきなり燃え尽きた命に、良かったねとしか返さないはおかしいだろう。
「ねぇ、何で、何で、喜んでいるの。」
「だって、悪魔だよ? 灰になって当然だよ? 」
「それでも、殺すことなかった。燃えるなんて聞いてないよ。」
「でも、殺したのは、古賀だよ? 」
こみ上げてくる吐き気を抑え込む。聞いてない。普通光になって消えるんじゃないの? 違うの? 頭の中が困惑していく。
「古賀、大丈夫だよ。悪魔は人間にとって悪い生き物だから。大丈夫だよ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます