第2話 凡人の終わり
ここはどこだ。
周りには何もない、真っ白な世界。
確か長瀬たちに掴まって窓から体を投げ出された。そのまま地面に落ちて死んだ……のか?
じゃあここは死後の世界。
「まあ、そんなところじゃな」
「……っ!?」
声のした方へ振り返ると白い装束のようなものを身に纏って杖を携えた爺さんがそこにはいた。
「正確に言えば、お前さんは死んでいない。落ちる寸前に儂の世界に連れてきたからな」
「あなたの世界?」
「そうじゃ、ここは儂が創り出した世界だ」
世界を創り出すってそんなの。
「神、様ですか?」
恐る恐る尋ねた。
するとその爺さんは機嫌良さそうに大きく頷いて答える。
「左様、儂は神じゃが……、ふむ、お前さんは聞き分けが良さそうで助かるのぉ」
「そ、それで神様が僕に何の用ですか」
何の用もなしに神様が僕と会うなんて考えられない。
……もしかしてただ僕を救ってくれたのかな。
あのまま地面に激突していたら最悪死んでいたかもしれない。神様がこの世界に僕を連れてくることで死を免れることができた。
でも助けたお礼に何か見返りを求められたらどうしよう。
僕なんかが神様にお返しできることなんて何もない。
「ふぉっふぉっふぉ、そんな気負うことはない。儂はお前さんをただ純粋に助けたいと思っただけじゃ」
「心の声が読めるんですか」
「当たり前じゃ、儂は神だからな」
本当にただ助けてもらっただけなんだ。
あ、そろそろ現実に戻されてしまうだろうしお礼を言わないと。
「僕を助けていただいてありがとうございました。この命、大切にして生きていきます」
ぺこりと頭を下げ、僕は立ち上がって現実世界への出口を探す。
しかし右見ても左見ても行く先のない世界。
その場で立ち止まっていると、神様がぽつりと呟く。
「何を言ってるんだ、お前さん。儂が手助けしてやるのはここからじゃ」
「……? えっと、どういうことですか」
手助け、っていうのは神の力で長瀬たちを改心させるとかそんな感じかな。
だとしたら嬉しいけど。
アイツらが悠々自適な生活を送って僕は苦しい毎日、そんなのおかしいじゃないか。
人は平等であるべきだ。
「ふむ、平等か。儂もそう思う。だからこうしてお前さんに力を授けることにした」
「力?」
「儂が彼らに天罰を下すのではない、お前さん自身の力で人生を変えるのだ」
「そんなの無理です」
容姿も最悪で、運動神経は小学生並みで学力もダメダメ、良いところなんて何もない。そんな僕が人生を変えるなんて不可能だ。
やり返そうって言っても、返り討ちに遭うのは目に見えている。
当然、高校をやめる選択もあったし考えた。
でももし再入学した高校で同じように虐められたら、違う社会に逃げたところで何も変わらなかったとしたら僕はそれこそ現実に絶望するだろう。
それなら僕は今を受け入れることで現実を生きていく。
「なるほどな。そうやって逃げているわけか、現実に向き合うことに」
「逃げている。……あーそうかもしれませんね」
自分でもわかっている。
変えようと思ったことはある、でもそんな意識するだけで変われるなら僕はここにいない。
「安心せい。儂がお前を変えにきた。もっと人生を楽しみなさい、それが儂の人類の上に立っている神としての願いだ」
そう言って神様がいつの間にか目の前に移動していた。
そして僕の顔へ手をかざした。
「魔眼をお前さんに授けよう」
「な、なんですか。それ」
「人を遥かに超えた力、神に近づた者の証じゃよ」
その言葉が発せられた瞬間、僕は不思議な感覚に囚われた。
ふわりと身体が浮くような無重力状態、まるでもう一人の自分が神経に入り込むように血管が暴れ、酸素を欲する。
「……がっ、あ、ぐぁ」
頭痛、吐き気、高熱、手足が痺れて感覚が無くなっていく。
目の焦点が揺れて神様が二人いるように見える。
一秒、二秒、時間を追うごとに段々と動悸も収まって体の異常も消えた。
「はぁ、はぁ……」
神様はにやりと微笑んで告げる。
「合格じゃな。これでお前さんは魔眼の持ち主になったわけだ」
何が変わったかわからないけど、神様がそう言うならそうなのだろう。
「僕に使いこなせるか……」
「心配するな。お前さんなら問題ない」
人を超えた力、それが本当なら僕はとんでもない物を手に入れてしまったことになる。
……でもこれが本当だとして、タダでくれるわけがない。
「察しがいいのう。その通り、タダでは全ての能力を渡することはできん。今は一部の能力しか使えず、これから言う条件を達成する必要がある」
人を超えた力と等価なものなんて、命くらいしかない。
それでも釣り合うかどうか。
「あの、ずっと言ってますけど僕にできることなんて何も」
「話を最後まで聞け。儂はお前さんの過去なぞ興味がない。これから一年以内に十人の女の子とキスをする。これで全ての力を渡そう」
「十人!? そ、そんなの無理です。僕はクラスの女子から嫌われていてバレンタインだって母親だけで」
絶対に無理だ。
こんな自分の顔でそんなの自信がない。
「そう言うと思って多少、お前さんをメイクアップしておいた」
「メイクアップ? なんですかそれ」
尋ねると、神様はにやりと笑って頷く。
「顔を女の子の食いつきよくイケメンにして、運動神経や学力、身長やらも諸々バランスよく向上させておいた。これで文句はないじゃろう」
「イケメンってそんなバカなこと……」
そう言うと、神様が手鏡を渡してきた。
するとその鏡に映っているのは紛う事なきイケメンの姿。でもどこか僕の面影も残っている。
神様はどや顔を浮かべて腕を組んだ。
「だから一年以内に十人を食い散らかすなんて、へそで茶を沸かすほどに簡単なことじゃろ」
イケメンだからって内面が変わるわけじゃない。
僕は恋愛経験なんてないし、き、きききキスだなんて無理だ。
「無理って言っても、もう魔眼は与えたしやらなきゃ死ぬよ。お前さん」
「死ぬってなんですか! 僕が十人とキスしないと死ぬんですか」
僕は別に魔眼が欲しいなんて望んでないのに。
そんなの詐欺じゃないか。
「まあそーんな感じじゃな。でも今のお前さんなら大丈夫じゃよ。心配なさんな」
「そんなぁ、無理だ。僕なんか女の子に相手にされずに死んで終わりだ」
「それじゃ頑張りたまえ」
「えっ、ちょ、ちょっと待って! まだ聞きたいことが」
そう必死に神様に声をかけるも届かない。
目の前がフラッシュし、僕が瞼を閉じるとこの世界から追い出された。
◇
「あのっ! 大丈夫ですか!?」
目を開けると、そこは見慣れた中庭で僕は何か硬くてでも柔らかいものの上で寝ていた。
「うっ、……ここは」
「気付いたんですね、よかったぁー」
体を起こして状況を整理する。
知らない女の子に膝枕してもらった状態で気絶していた。
えっ、どういう状況。
「あたし、二年一組の
「二年四組、
そう言うと、彼女は笑顔のままフリーズして固まった。
そして彼女は表情を変えずに小首を傾げて呟いた。
「へ?」
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