僕らの青春夏色日記
藤原 清蓮
第1話 特別な日常
〈あっきー こと
僕には三人、特別仲の良い友達がいる。
僕達は中学からの仲良し。小学校はそれぞれバラバラで、中学で学区内が重なり、一年の時に同じクラスになって知り合った。
僕達の中学校は出席番号が誕生日順だった。僕の前の席に座っていたエダやんに、何気なく聞いた誕生日が僕の一日違いで。そしたら後ろの席のユーキが僕の生まれた次の日で。それを聞いていた学級委員長のヨッちゃんがエダやんの一日前が誕生日だった。
四人とも十月生まれで、生まれた日付が一日ずつ違いだと知ってから、一気に仲良くなった。
僕らは高校も同じで、一年の頃から三年間、運良く同じクラスで、いつも男四人で連んでた。
高校最後の夏休み。
今まで夏休みなんて、ほぼ毎日会って「女っ気無いなぁ」と言いつつ、いつも一緒に遊んでた。
でも、今年の夏だけは、いつもの夏休みとは、ちょっと違った。
大学進学組のヨッちゃんとユーキは、夏期講習に参加すると言って毎日忙しそうで、専門学校進学組の僕とエダやんは、入学試験はなく書類選考だけだからと勉強せずにアルバイトをみっちり入れ込んでいた。
八月になって、そろそろみんなと遊びたいなと思った僕は、バイトの休憩中に花火大会の開催日程を調べた。すると、直近で隣町の河川敷で花火大会がある事がわかった。
同じバイトをしているエダやんが、ちょうど休憩室に入って来たので、僕はまずエダやんに話をした。
「あのさぁ、高校最後の夏休みの思い出にさ、みんなで花火大会行かない?」
「花火大会? どこよ?」
「隣町の河川敷で、今週土曜日にあるんだって」
「今週土曜日……あれ、なんかあった気がするぞ……」
エダやんは、そう呟きスマホで予定を調べ出した。
「ああ、ごめん。その日は家族とばぁちゃんち行く日だ」
「そっか……じゃあ、無理か。急だし、仕方ないよな」
「わりぃな」
「んや、大丈夫」
「ヨッちゃんとユーキは?」
「まだ聞いてない。今からメールしてみる」
「そか」
僕はメッセンジャーアプリのグループメッセージで二人に送って、休憩室を出た。
バイト終わり、ヨッちゃんとユーキからメッセージが来ていていた。二人とも、その日は塾の「集中コース」とやらで19時まで勉強して、そっから電車で帰ると20時は確実に過ぎるから無理だと来ていた。
「二人も忙しいみたいだな」とエダやんが言う。
「うん。まぁ、仕方ないかぁ。二人とも受験生だもんな」
僕が他人事の様に言うと「一応、俺たちも受験生っちゃ、受験生だかんな? 入試テストないだけで」とエダやんが笑う。
「まぁ、花火大会、他にもあるし。後で調べて日程合わせてみよう」
「うん。そうだね。今回は急だったし。じゃあ、帰るかな。またね、エダやん」
「おう、また明日」
そっか。そうだよな。みんな、やっぱ忙しいよな。
17時を回っているのに、まだ明るい空の下、僕は自転車を走らせた。なんとなく、寄り道したくなって。遠回りして丘の上公園へ向かった。
丘の上公園には、展望台がある。もちろん無料だ。
僕は展望台に登って、自分の暮らす街を見下ろした。
落ち込んだり、自分の中で消化できない事があったりすると、僕はいつもここへ来た。小さく見える家々。ミニチュア模型みたいに動く車。あのミニチュアの街に、普段、僕も生きている。ちっぽけな自分。ミニチュアの街に生きる僕の悩みなんか、さらに小さい。ミジンコ並みに小さいもんだ。
そう思うと、何だか悩んでいた事が、何てこと無く思えて来て、元気が出る。
今日は、別に悩んでもないし、落ち込んでもいないけど。でも、街を見下ろしたかった。
今はまだ実感が無い。けど。
春になれば、みんなバラバラになるんだ。
エダやんと僕は同じ専門学校へ行く(予定)だけど、ヨッちゃんとユーキは、都会の大学を受験するから。合格したら、みんなバラバラだ。
花火大会を一緒に見られないくらい、これからの長い人生を考えると、たいした事ない。でも、この時期、この時間は、もう二度と帰って来ない。
いま、この瞬間だって。既に過去になっていくんだ。
そう思うと、やっぱり何だか寂しくて。何か一つでも良いから、この高校三年の夏の思い出が欲しくなる。
思い出なんて、積み重ねたら古い物から消えていくけど。僕はきっと、三人と過ごした時間は、ずっと忘れない気がした。
それだけ、三人と居た時間が僕には楽しかったから。
でも、この先のそれぞれの人生を、僕一人のわがままで邪魔したくない。だから、夏の思い出がどうこうなんて、言うのは止めにした。
花火大会、当日。20時過ぎ。
あと10分程で花火が打ち上がるその時間。僕は一人、丘の上公園の展望台へ来ていた。
コンビニで買ったジュースやお菓子を一人で広げる。
花火が始まるのは、20時30分からだ。
この展望台からなら、小さいけど花火が見える。でも、小さくしか見えないからか、人は来ない。僕一人。独占出来るのだ。
ここから花火が見えると知ったのは、小六の時。姉達と喧嘩して家出をしたのだ。その時、ここで花火を見た。
懐かしいなぁ。帰ったら、両親が激おこで大変だったけど。
思い出して苦笑いしつつ、炭酸ジュースをプシュッと開ける。
「これでお酒飲めたら、きっと最高だよなぁ」
「酒飲める歳になったら、またみんなで来たらいいだろ?」
え?
僕は、聞き慣れた声に驚き振り向いた。
ユーキが笑顔で「よっ!」と手を上げる。
「そそ、今は炭酸で我慢、我慢♪」とエダやん。
「駅前に屋台出てたから、焼きそばと唐揚げ買って来た。みんなで食べよう」とヨッちゃんが言う。
僕は呆けた顔で、三人を見上げた。
「ヨッちゃん、ユーキ、エダやん……。どうして……」
僕は立ち上がって、三人に向き合う。三人は顔を見合わせ、笑いながら僕に近寄り、エダやんが僕の肩に腕を回し組んできて、ユーキが頭をわしゃわしゃ撫でたり、ヨッちゃんが僕のほっぺたを軽く抓ったり……。
「エダやんがさ、あっきーがめちゃくちゃ寂しそうだったって」
ユーキがそう言うと、エダやんが「そそ!」と返事した。
「尻尾とケモ耳があったら、絶対、ペタンって下がってる! てか、下がってんの、俺には見えてたから!!」
「でも、みんな、塾は? お婆ちゃん家は?」
僕が戸惑いながら三人の顔を順に見る。
「塾は19時ピッタリに出て、ユーキのおばさんに車で送ってもらったんだ。電車だと、絶対間に合わないから」
「俺は、朝のうちに家族とばぁちゃんち行って、俺だけ先に帰ってきた! 駅でユーキ達と待ち合わせて、一緒に来たんだ」
「エダやん、家の人は?」
「泊まって帰るから、今夜の俺は自由人!」
エダやんが戯けて言うのを見て、僕達は笑い声を上げた。
嬉しい……。みんなと花火見れるんだ……。
そう思ったら、目頭が熱くなってきて。
「みんな……ありがとう」
それを言うだけで、精一杯。
くるりと三人に背中を向けた。
それと同時に、花火がドンと上がる。
「おお! 始まった!」
「そんな小さくないじゃん! いい感じだな!」
ヨッちゃんとユーキが嬉しそうに言う。
再び花火が上がった音がした。だけど、それは見えなくて……。
「おお!! こっち見てみろよ! 向町でも花火大会やってんだ! 同時に二箇所のが見れるって、めっちゃ贅沢じゃね?!」
エダやんの指差す方角へ目を向けると、隣町の花火より少し遠いけど、しっかり真ん丸の花火が見える。
「ここ、穴場じゃないか?」
「あっきー、いいとこ知ってたな!」
「えらい、えらい!」
三人に頭を揉みくちゃに撫でられながら、僕は笑いながら、こっそり涙を拭った。
きっと、すごく特別な思い出になる。それが、嬉しくて。
四人で、それぞれ買って来たジュースやお菓子、ヨッちゃんとユーキが買って来てくれた、焼きそばと唐揚げを分けて食べた。
なんて事ない、具の少ない素朴な焼きそばも、ちょい油ギトギトな唐揚げも、いつも食べるモノより何倍も美味しく感じた。
ジュースもお菓子も、いつもより美味しくて、楽しかった。
花火がそろそろ終わる頃。
かなり遠くに、小さく花火が見えた。
「あれ、魔法の国の花火じゃね?」
隣町と向町の花火がクライマックスを迎え、一気に夜空に花開く真ん中に、魔法の国の花火が小さく見える。
「どれ見たら良いか、わかんねぇ!」とエダやんが笑う。
「すごいな! こんな事あるんだな!」
「最高の夏の思い出だ! なっ! あっきー!」
ユーキが嬉しそうに僕に笑いかける。
僕も嬉しくて「最高だー!」と声を上げて笑った。
花火が終わり、帰り支度をしていると、ふと思い出した。
「そういえば、みんな。何で僕がここに居るって、わかったの?」
僕の疑問に、三人は顔を見合わせ笑う。
「あっきーのお姉さんに聞いたんだよ」とヨッちゃん。
「お姉ちゃん?」
僕には、歳の離れた姉が二人いる。1番上の姉とは10歳差、2番目の姉とは5歳差。どちらの姉だろうと思っていると……。
「サツキさんに電話して聞いたんだよ」とユーキが言うと、「サツキお姉さん、めっちゃ美人だった!」とエダやんが声を張る。
「確かに美人だったな。秋山家の血を感じた」とヨッちゃんが頷く。
秋山家の血って何だよっ!
「え!? てか、なんでさっちゃんの電話番号、ユーキが知ってんの? え? あれ? 電話じゃないの? なんで顔分かるの!」
「ほら、高二の時に少しやってたバイト先で一緒だったって、前に言ったろ?」
「ユーキがビデオ通話にしてたから、横から見てた!」
「そ、そうなんだ……」
そう言えば、そんな事もあったな。一か月だけ、誰だったかに頼まれてユーキが代打で働いてた。あの時か……。
「とにかく、だ! あっきー! 花火大会、誘ってくれて、ありがとうな」
エダやんが、いひひと笑いながら言うと、二人も頷いた。
僕は……。また目頭が熱くなって。
「なんだよ。それ。目から鼻水出ちゃうじゃんかっ」
「目から鼻水って出んのか?」
「出るわけないだろ、何ボケてんのヨッちゃん」
ユーキが呆れてヨッちゃんにツッコむと、エダやんが僕の頭をわしゃわしゃと両手で撫で回した。
「あっきーは泣き虫だからなぁ。ほれほれ、良い子だから泣き止むんだよぉ」
「な、泣いてないっ!」
「はいはい、そういう事にしとこうねぇ」
「さぁ、帰ろうか」
「そうだな。帰ろう、あっきー」
「……うん!」
この会話が、いつか思い出に埋もれて忘れてしまったとしても、ここで四人で見た花火は、きっと何歳になっても忘れない。
ささやかで、何気なく過ぎていく日常の一部だけど。
僕には、特別な日常の思い出だ。
⋆˙˳𓂃𓂃𓊝𓂃𓂃˙˳⋆
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