第33話『開始数分前だけど』

「わっ」

「どうした」


 鈴城が急に驚き声を出すものだから、俺もつられて体を少しだけ跳ねさせて驚いてしまった。


「急にごめんね。メッセージが届いて」

「そっか。もう開始10分前だから、やりとりは手短にな。後、終わったら通知オフにしておくんだぞ」

「了解であります」


 まるで俺を上官みたいに敬礼をした後、鈴城は返信作業へと移る。


 俺にはそんなことが起きないから、注意事項として伝えるのを完全に忘れていたな。


「えっ!」

「次はどうした」

「えっとね、ちょっと前に話したゲームの友達もここに居るみたいなの」

「そういえばその人も探索者って言ってたな」

「こんなタイミングで言うことじゃないってのはわかってるんだけど……その子も一緒にパーティを組んじゃダメかな……?」

「ご存じの通り、このタイミングでそれを言い出すってかなりヤバいし、その子は鈴城並みに戦える保証はないんだよな」

「うん……でも、その子は今回のクエストに1人で参加するしかないんだって。その子もほとんど初心者でどこのパーティにも入れなかったみたい。――ダメ、かな……?」


 開始まで残り8分、か。

 断ればその子は1人になってしまうわけだが……もし大人数が入り口付近に溜まって狩りを始めれば、ソロはその先に進まなければならない。

 そうなった場合、その子は危険に晒される。


 ――ミヤビさんの顔が脳裏に過ってしまう。


「……わかった。開始まで時間がないから、急いでその人と合流して申請を済ませよう」

「暁くんありがとう!」

「今ならカウンターの前に人は居ないだろうから、集合場所はそこにしよう」


 鈴城は首を縦に振ってすぐにメッセージを入力し始めた。


 その後すぐ、俺達は急いでカウンターに向かったのだが……そこには見たことのある少女が立っていた。


「あ、あの。人違いだったらごめんなさい。ミヤビ……?」


 はい? 今、なんて?


「うわあ~っ! 本当に来てくれたんだ! ってことは、シロナミなんだよねっ!」

「そうだよ!」

「お~っ!」


 鈴城と、ミヤビと呼ばれる少女はハグをする。

 しかしその少女は抱きついたまま、俺と視線が合う。


「え」

「あ」


 2人揃って同じ反応をしたのは理由がある。


 なぜなら、俺はその少女と直接話したことがあって、互いに顔を見知っているからだ。

 ストンと落ちている栗色の長髪に、全身で感情を表現している感じを俺は知っている。

 なんせ数日前に、この少女をダンジョンで助けているのだから。


「ん? どうしたの?」


 ハグを終えた鈴城は首を傾げている。


「実はこの人を知ってて」

「え!?」

「説明は後からだ。申請をしよう」

「う、うん。そうだね」


 すぐに申請を終えた俺達は、入り口方向に並ぶ探索者を見渡せるような広場で向かい合う。


「開始まで残り3分しかない。自己紹介はダンジョンの中でやろう」

「そうだね」

「う、うん」


 手っ取り早くアシスタントAIに最初唱える内容と開幕速攻でダッシュをすることを伝えた。

 開始まで残り2分か。


「若干だけ焦りたい気分だが、この調子なら時刻的に開始になっても団子状態で数分は入れそうにないな」

「うぅ……ごめんなさい。私が急なことを言ったせいで」

「いやいや! 私が急にメッセージを送ったせいだからシロナミのせいじゃないよ」

「ミヤビ……ありがとう」


 さっきから呼び合っている名前について気になって仕方がない。

 予想するにゲーム名なんだろうが、実際のところはどうなんだ。


「俺は旭加沢あさひかざわあかつき。名前の方が呼びやすいだろうから暁でいい」

「私は鈴城すずしろ奏美かなみ。ミヤビなら、最初から奏美って呼んでほしいな」

「えっ――わ、私は夏空なつぞら雅輝あき。同じくシロナミになら最初から雅輝って呼んでほしいな」


 妙に俺へ向ける視線の意味はちゃんと理解している。

 最初に顔を合わせて話をした時は、情報を渡さない方が良いとか言っておきながらこういう時は良いのかって話だろ?

 だが申請をする時にフルネーム自体は記入欄で見てしまったのだから、今更だ。


 てか……なるほど。

 鈴城奏美で『城』と『奏美』、『しろ』と『なみ』でシロナミか。

 そんでもって、『雅輝』の前を取ってミヤビ、って感じなんだな。


 本名から捻った感じで名前を考えたのは凄いと思うが、インターネットの世界でそれは本名がバレた時に怖いぞ。

 と、勝手に独りで説教をかましてみる。


 そして、開始時刻である――12時30分になった。


「まあ、そうなるよな」

「あちゃー」

「こうなるんだ」


 初心者であろう人達は若干下がり、熟練者達は我先にと走り出す。

 下がった人達は団子状態になってしまい、誰が先に行くんだと譲り合っている。


「どうせ、あの中にも初心者じゃない控えめな人達も混ざっているだろうから、俺達は……壁に張り付きながら入り口まで向かおう」

「え、あそこに切り込んでいくの……?」

「うわあ、いくら壁沿いに行くからってはぐれちゃわない?」

「たしかにな……なら」


 短時間で導き出した答えは、手を繋ぐこと。

 ともなれば、俺は鈴城に手を差し出す。


「え、へぇ」

「考えている時間はない」

「う、うううううん。よ、よろしくお願いします!」

「鈴城、夏空の手を頼むぞ」

「ひゃいっ」


 なんだかよくわらかないが、あの変な鈴城が戻ってきた。


「さて、まずはここを突破するぞ」


 2人の返事を待たず、壁に体を押し付けながら人をかき分けて進み始めた。

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