第五章

第31話『公休申請』

「――はよう――きくん」

「おはよう鈴城。調子でも悪いのか?」


 あまりにも声が小さすぎて、俺は鈴城に耳へ手を当てて近づく。


「ひゃっ! ち、近いよ……」

「なんだ、声出るじゃん」


 ダンジョンで一緒に戦っていた時は普通だったのに、あれか、寝不足だからってことか。

 それとも俺から異臭でもするのか?

 ちゃんと朝風呂に入ったし歯も磨いている。

 さらには朝食を食べてきていないんだから、そんなはずはない。

 そんなはずは……ないよな……?


 もしかしたら体臭の方か? と、右腕・左腕・服なんかをついクンクンと嗅いでしまう。


「どうしたの?」

「い、いやなんでもない」

「それにしても、本当にほとんど何も言わなくても申請ができちゃったね。というか、用意されていたっていう方が正しいのかな」


 本当に、それは俺もビックリだったよ。

 まあ俺の場合、今回みたいに1週間分の申請が必要ってことで金曜日の授業が終わった後に学校へ来たわけなんだが……なんだかよくわからないが、土日でクエストの終了通知がきて終わってしまったんだが。


 そんな俺達は、出発までの時間に余裕があるということで学食に居る。


「暁くんって、やっぱり節約しようってことで朝ご飯を食べていないの……?」

「おい鈴城、そのネタはいい加減に辞めるんだ。一部そうではあるが、1分でも1秒でも長く寝ていたいから食べていないんだ。後片付けがめんどくさいってのもあるし」

「成長期なんだから、できるだけ朝ごはんは食べた方がいいんだよ?」

「ああ、そうだな」


 俺はジト目と冷たい目線を組み合わせて塩っ気のある対応をする。


 鈴城に言われた通り、俺は今朝を食べていない。

 だから学食という、在籍している生徒は1割負担だけでいいお財布に優しい定食を頼んだ。

 運動部以外の生徒は、まずこの定食を完食する頃にはお腹が膨れ上がっている。


 だというのに……。


 今、俺の目の前に広がっている光景は昨晩とほぼ同じ。

 月見うどんに鮭定食という、どう考えても2人前の量……。


 さっきの会話から察するに、俺に軽い説教をするぐらいだから、あなたは朝食を摂ってきたんですよね?


「いただきます」


 表情が、「美味しそ~う」と語っている。


「これを食べ終わったら、ダンジョンセンターに向かう。そして、パーティ申請を行ってからが本番だ」

「ほういうこと?」

「ソロならソロで良し、なんだが、パーティを組む場合はモンスターの討伐数を指定されるそうだ。曖昧なのは、前回カウンターで申請をしている時に嘆いている人の声が横から聞こえてきたからなんだが」

「ほぉほぉう」

「なにが本番かっていうと、クエストが開始されると基本的に入り口付近は初心者パーティが陣取ってしまう。まあ……どちらかというと、ダンジョンになれている人達は初心者達に場所を譲っているって言った方が正しいんだがな」

「じゃあ私達も入り口付近で戦うってこと?」

「……鈴城が居るから、できればそうしたいところではある。だが……鈴城は最初からいい感じに戦えていたからいいが、場所を譲られる初心者っていうのは本当に文字通りの初心者なんだ。たぶん鈴城も目の当たりにしたら納得すると思うぞ」

「ふむぅ」


 これは冗談じゃない。

 かなり厳しいことを言ってしまうが、どうして探索者になったのかを疑ってしまうほどには戦いぶりを見ると心配になってしまう。

 探索者の資格試験で実技もあるから、ああいう人は本来なら豪額できなさそうなものなんだが。


 それほどまでに探索者の総数を増やしたいということなんだろうか。


「そこで、だ。鈴城の腕を見込んで、先に進もうと思う」

「――わかった。暁くんを信じるよ」

「一応、常に安全を最優先にして戦うつもりだ」


 レベル差があるから、自分のことより鈴城のことを第一に考えなければならない。


「後はあれだな。これを好機と捉えて、ガンガンレベルアップを狙っていこうって話でもある」

「なるほど。確かに、今回のクエストは要するにお国が融通を利かせてくれているってことでもあるもんね。時間ももらえるってことだから、やらなきゃ損だね」

「そういうことだ。せっかくのお膳立てを有効活用してやろうぜ」


 ここまで話をしたが、冷めないうちに味噌汁をすする。


 それにしても、さっき会ったばかりの時は挙動がおかしいなって思ったけど、こうして話し始めるとちゃんと話せるんだな。

 ご飯が目の前にあると饒舌になるのか?

 いやでも、ダンジョンの中に居る時は普通に喋ってたよな。

 といういことは、なにか集中できることがあれば普通に会話ができるってことか?

 いやでも、昨日の夜中に通話をした時は普通に話をしていたよな。


 うーむ、わからん。

 ――てか、ダメだな。

 ついゲーマー気質が出てしまって、相手を考察してしまった。

 さすがの俺でも、今のを口に出していたら失礼だって言うことぐらいはわかるさ。


「あれ? 2人はいつからそんな仲良しになったの?」

「ん?」


 なんだか聞き慣れた声に振り向くと、そこには有坂が制服姿に手提げ鞄を左肩に背負って立っていた。


「まさかの、学食デートってわけ? こんな朝っぱらから見せびらかしてくれるじゃない」

「ち、違うの! これは……」

「サプライズパーティの打ち合わせでもしていたってわけ?」

「おい有坂、落ち着けよ。らしくないぞ」

「なによ、私らしいって。私だけ除け者にされていい気分なわけがないじゃない」


 マジでなんだよ、どうしてそんなにキレ散らかしているんだ。


「ちなみに鈴城。有坂に、自分が探索者になったことを伝えたのか?」

「う、ううん。まだだよ」

「え……」

「じゃあ、クエストのことも言ってないってことだな。と、いうわけだ」

「ごめんね。本当は今日中に言おうかと思ってたんだけど、いろいろと忙しいっていうか心の余裕がなくって」

「つまり、だ。以前も言ったが、探索者にしか伝達されない緊急連絡が入ってダンジョンに向かわなくちゃならなくなった。んで、俺も数日前に知ったばかりだが、鈴城がなんだかわからない勢いで探索者になっちまってたから、こうしていろいろとレクチャーしてたってわけだ」

「……ごめん、奏美」


 有坂は、前回のクエスト発令があった時に俺が説明していたからか、すぐに納得した様子で頭を下げた。


「わ、私こそごめんね奈由ちゃん」


 鈴城も立ち上がって、互いに頭を下げている状態が生まれる。


 数秒後、互いに顔を上げ――有坂はその動作中で視界に入ったであろう、机の上に広がる光景へツッコミを入れてきた。


「ねえ暁。さすがに朝から頼み過ぎなんじゃない? 奏美のところまで占領しているじゃない」

「あー」

「なによ、意地汚いって言われるのが嫌なら、まずは女子の前でそんな大食いをするのをやめなさいよ」

「あのね奈由ちゃん――」

「いいのよ奏美。どうせ暁が平謝りをしながら、強制的に置いたんでしょ。こういう時はちゃんとスパッと言わないと」

「あのな、有坂。お前はもう少しだけ、俺みたいに冷静な状況判断を心掛けた方がいいぞ」

「この状況で言い逃れをする気? いい度胸じゃない」


 おうおうおう、有坂さんやい。

 そのビックマウスは"絶対"数秒後、後悔することになるぞ。


「おい鈴城、自分の口からこの怒りんぼさんに説明してさしあげなさい」

「う、うん」


 俺の言い分が気になったのか、有坂は鈴城に目線を合わせる。


「あのね、暁くんは目の前にある定食だけで、こっちに置いてあるやつは全部私が自分で頼んだやつなの」

「……はい?」


 わかる、わかるぞ有坂。

 俺も最初はそんなリアクションだったから、よーくわかるぞ。


「まあそういうことだ」

「紛らわしくってごめんね」

「……なにがなにやら。頭が痛いわ」

「んなことより、有坂はこんな時間にどうしたんだよ。今日ってこっちの授業があったっけ?」

「いや、いつも通りよ。ちょっとだけ提出しなくちゃいけない書類があって、それで来たの」

「なるほどな。とりあえず、そういうことだからちょっとだけ授業に参加できなくなるってことだ」

「……大丈夫なんでしょうね」

「そりゃあ、大丈夫だろ。前回だって大丈夫だったんだし」

「違うわよ。別にあんたのことなんて心配してないっての。どうせ、その頭でわけのわからないことをあーだのこーだの考えて、しぶとく生き残ってくることぐらいわかるわよ。そうじゃなくて、奏美をちゃんと護ってあげられるかって聞いてるの」

「あー、それなら心配いらないと思うぞ。なんせ、鈴城はビックリするぐらい理解力と応用力があって超動けるから。いわゆる、才能ありってやつだ」

「ならいいんだけど……」

「大丈夫だよ奈由ちゃん。暁くんがずっと一緒に居てくれるから」

「……」


 おい、その沈黙はなんだよ。

 俺って、そんなに頼りないのか?


「とりあえずそういうわけだ。てか、俺達は余裕だけど有坂は時間大丈夫なのか?」

「あっ、マズい! じゃあね、怪我しないでよ」

「おう」

「うんっ」


 有坂は大急ぎでこの場から去って行った。


「ねえ暁くん」

「ん?」

「私、奈由ちゃんを泣かせたくないから、頑張るね」

「おう、その意気だ」

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