第30話『ダンジョンクエスト緊急発令』
昨日は、私の知らないところであんなことがあって、正直今でも少しだけ信じられない。
草田さんから観させてもらった映像を自分で確認したんだから、それを信じないでなにを信じるって話ではあるんだけど……。
「でもなぁ……」
と、私は椅子に全体重を預けてダラ~ッとしながら自分の部屋の天井に視線を移す。
信じられないって言っても、ダンジョンで男の人を助けたこと、ショッピングモール事件のこと、その両方にしっかりと身に覚えがある。
だったらさっさと受け入れろ、という話なんだけど……大人数じゃなかったにしても、記者会見という場で、しかもインターネットで生放送もされていたっていうのは……うーん。
実際に起きていたにしても、どこか他人事と思ってしまう。
「くよくよ悩んでいてもダメだよね」
姿勢を戻して、スマホのロックを解除。
美姫に教えてもらった、いろんなジャンルの配信者や動画投稿者の一覧が記載されているメモを読み返す。
中には、『ゲーム実況動画投稿者&ゲーム配信者』『料理動画投稿者&料理配信者』『雑談配信者』などなど。
「3つのジャンルだけでも、これだけいるんだ」
まず、ゲーム関連だけでも美姫からは10人ぐらい提案されている。
全く観たことがないってわけじゃないけど、自分の無知さ加減を痛感してしまう。
でもここで落ち込んではいられない。
それがわかっているからこそ、こうして勉強の一環として観ようとしているんだ。
「検索検索――」
まずはおススメされている、自分でもたまに使用する動画投稿サイトでチャンネル名で検索をしてみる。
「わあ、この人だけでもこんなに動画を投稿しているんだ」
タイトルにあるゲームはわからないけど、とりあえず動画を再生してみる。
今回のは10分と少しだけど、他のやつは30分とかのものがあった。
「――ふふっ」
動画を再生し始めてすぐ、丁寧な挨拶からのプレイに入ったと思ったら、人が変わったみたいなテンションで喋り始めた。
これはやっているゲームやなにが起きているのかもあんまりわからないけど、この人のテンションが高すぎて、大袈裟なリアクションはつい笑ってしまう。
失礼かもしれないけど、なにも考えなくても楽しめそうな感じ。
「――あれ、もう終わっちゃった」
終わりの挨拶までハイテンションなゲーム実況動画は、時間を忘れてしまうほどのめり込んでしまっていた。
「これは凄い。動画で使われているゲームを知っていたら、もっと面白いってことだよね。凄い」
初めて味わう感覚に、ワクワクが止まらない。
ついでにコメント欄を覗いてみる。
すると、『今日も元気そうで何より』『今日も楽しいご飯タイムになった』『ゲームは全くわからないけど、動画を観ることが生きがい』といったコメントが並んでいた。
私が他を知らなさすぎるというのもあるかもだけど、このコメントの意味は少しだけわかる。
こういう活動をしている人は、本当に凄い。
私はなにも知らずに足掻いていたんだなって思うと同時に、こういったかたちで視聴してくれる人へ元気を送ることができるんだ。
だったら私も、もっと頑張らないと。
次の動画を視聴しようとした時。
「うううわっ」
災害時、それを知らせるために流れる不協和音と共にメールの通知が送られてきた。
慌てすぎてスマホを宙に投げてしまい、「おっとっと」としっかりとキャッチ。
何事かと思って再度覗き込むと、画面の中央に【緊急通知】の文字が。
「これは……」
この通知を私は知っている。
いや、私と同じ立場にある人には例外なく全員。
内容を確認するために通知されたメッセージを展開。
タイトル『ダンジョンクエスト緊急発令』。
難しい文面が並んでいるけど、要約するとそこまで難しくない。
要は、探索者の資格を持っている人が、ダンジョン内でモンスターを討伐し続けるというもの。
正当な理由がない限り、これを拒むことはできない。
これは探索者になる際、契約書の一番最初に記載されている項目。
例外なく私も拒否権がない。
だからこそ、すぐにいろいろと始めないと。
「――草田さん、急に電話をしちゃってごめんなさい」
『あら、なにかあった?』
「……私が探索者になった際にお伝えしたことは憶えていますか?」
『まあある程度は。なにか不都合でも起きちゃった?』
「つい先ほど探索者組合の方から緊急連絡が入りました」
『え、なにそれ』
素の反応を示しているところから、忘れていましたね。
たぶん、これが一番大事なことなんですけど……。
「要約すると、数日間はダンジョンに入りっぱなしになります」
『そ、そうなのね。一応、拒否権っていうのはあったりしないの?』
「はい。正当な理由があれば断ることもできますが」
『なるほど。こういう場合の正当な理由っていうのは、冠婚葬祭とかそういうのだったりだから、確かに無理そうね』
「そうなんです。なので、いろいろとご迷惑をおかけします」
『いいのよ。こればっかりは仕方がないから。じゃあ全部が終わったら、また連絡をちょうだい』
「わかりました。その時はまたよろしくお願いします」
『はいはーい。私が言えた立場じゃないけど、くれぐれも無理はし過ぎないように』
「できるだけそうします。では、失礼します」
これでやらないといけないことは1つ終わった。
私の場合、後は学校への届け出だけ。
公休っていう扱いになるから、それを申請する必要があるけど……初めてだから、先生とかに聞いたら教えてくれるよね。
今は夜だから、明日。
実行日は明日のお昼過ぎからだから、たぶん大丈夫。
美姫には、今から連絡を入れよっと。
凄く心配されるだろうけど、ちゃんとやることはやらないと、ね。
「ふぅー……」
とか、いろいろと考え終わってみると、緊張してきた。
私にとっては初めてのことだし、なにより探索者の知り合いなんて誰も居ない。
ダンジョンだって、まだまだ奥の方にも行ったこともないし、先に進めばモンスターだって強くなるはず。
つい、いろいろと考えちゃう。
不安が一気に押し寄せてくる。
できることなら、知らぬ存ぜぬで逃げ出したいけど、自分から背負った責任から逃げるわけにはいかない。
ハッキリと憶えている。
強制参加なこのクエストは、ダンジョンという場所が活発化してしまわないように執り行う必要性があるもの。
つまり、探索者がこのクエストを蔑ろにすれば、いつかは地上にモンスターが溢れ返ってしまう可能性がある。
誰かのために、と頑張るって決めている私がここで逃げ出せるはずがない。
今この時こそ、私が私であるために頑張るんだ。
でもクエスト前の最後に少しだけ、美姫との他愛もない時間を過ごさせてください。
そう神様にお願いして、美姫に電話をかけた。
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