第25話『お試し配信をしてみましょう』
「れっつらごーっ! ……と、言いたいところなんだけど……マズいわね」
「で、ですね」
私達は今、ダンジョンの入り口となっている無人入り口前にて頭を抱えていた。
「取扱説明書なるものが送られてきたのはいいものの、よくわからないわね」
「私も生まれてこの方、スマホぐらいしかまともに電子機器とかを触ってきていません」
「もう一度最初から読んでみましょう」
「はい……」
2人して機械音痴というわけではないけど、こういう文明の力を集合させた物に触れる機会が少なかった、ということだ。
そして加えるなら、世界初の最新鋭技術とか世界に1つしかないとかの要素が慎重さに拍車をかける。
「まずこの商品はダンジョン内であれば、充電をする必要はありません。ダンジョン内には濃密な魔力が漂っているため、それをエネルギーとして自動で取り込んで駆動します」
「まず初めから別次元の話ですね。魔力って蓄積できないっていう欠点があるから、エネルギーとしては有効活用できず、その代わりに魔鏡石を使っているという感じでしたよね?」
「たしかそうだったようなそうじゃなかったような気がするわ。ごめんね、私はこういう系は本当に知らないの」
「気にしないでください。今のところ、私も曖昧ですから」
中間テストの範囲だったから勉強したはずなんだけど……自信がないなんて、ちょっとマズいなぁ……。
「起動や停止は、指紋登録後にどの指でもいいから2回連続タップ、もしくは生体認証後に口頭で『起動』や『停止』などのコマンドを発言する。らしいわ、後はスマホで配信サイトの連携もできるみたい」
「このネックレス、もしかして予想以上に高性能な代物というわけですね……」
「美夜ちゃん、間違ってもモンスターに千切られるようなことはできるだけ避けてね」
「き、気を付けます」
ふと、思う。
これって、金額にしたらいくらぐらいになるんだろう……と。
「あ、でもそれについても書いてあるわよ。紐の部分も魔鏡石をふんだんに使用されているため、武器による攻撃でも容易に切断することはできない。んだって。ヤバ」
「じゃあとりあえず一安心というわけですね……? ハハッ」
このネックレス、絶対に値段を聞いたら白目になっちゃうやつだ……。
「とりあえず、全部を頭に入れることは無理そうだから、配信アカウントと連携だけやって実践といきましょう」
草田さんはスマホを取り出して、私の手からぶら下がるネックレスを映す。
そこから手早い操作を始める草田さんを確認して、私は改めて重さを確認したり陽の光に照らしてみたりする。
さっきの取扱説明書にあった通り、魔鏡石が全体的に使われていることが理解できた。
魔鏡石は薄紫色の宝石みたいになっていて、だけど光にかざしても反射したり拡散したりせずに淡く光るだけ。
どういう理屈でそうなっているかわからないけど、そんな感じだから人によっては不気味という人もいる。
「あ」
「なにかありましたか?」
「これってさ、配信中は自分がどう映ってるとかっていう確認ができないんじゃ?」
「え?」
「だって、そのネックレスは最新鋭の技術が盛り込まれていて配信ができるけど、スマホは電波が繋がらないじゃない?」
「たしかに」
「そこから浮かび上がってくる懸念点は、配信中に一時的に映さないとかって時にどうなっているか確認できないってこと。そんでもって、配信の醍醐味ともいえるコメント確認とかそういうのも見ることができない」
「あっちゃ~。言われてみればそうですね。これってそういうのを確認できる技術とかって盛り込まれていたりしないんですか?」
草田さんはスマホを確認し始める。
「私だけだと間に合わないから、美夜ちゃんにも送るわね」
すぐにスマホの通知音が鳴った。
送られてきたファイルを開いて、そこにあるテキストを開く。
すると、草田さんがスマホに顔を近づけて若干焦っている理由がわかった。
テキストにはとんでもないほどの文字数があって、スクロールしながら右に出てくるバーを確認すると全然進んでいない。
それがわかってしまい、私も顔が引きつってしまう。
「物凄い分量ですね……」
驚くしかない状況だけど、私も必死に文字の山に目を通す。
中には『配信中のコンプライアンスを考慮した出血などに合わせた自動モザイク機能』というものや、『BAN対策として人物センサーを搭載されており、他社からの妨害を未然に阻止できる』とかいろいろと記載されている。
たしかに、ここら辺を全部覚えるっていうのはかなり大変そう。
「よし、いろいろ考えていてもわからないから、もうやってみましょう」
「そうですね。私も、たぶんこのままいろいろと覚えようと思っても無理そうです」
「配信にはもしかしたら誰か来ちゃうかもしれないけど、こればかりは仕方がないわ。配信タイトルを【配信テスト】映像が乱れます。ごめんなさい。【配信初心者】――ってしておいたから」
「ありがとうございます。では、今から大体5分後くらいから始めてみます」
「あ、指紋認証は歩きながらできるみたい。ぎゅっと握った後に左右の指で触るだけで登録できるみたい。音声認証も、『音声認証開始』って言えば開始されてなにか適当なことを言えば終わるって書いてある」
「わかりました。途中でやってみます。配信開始は指で二回連続叩く、終了も同じく……っと」
間違えないように自分へ言い聞かせ、扉を開ける。
「じゃあ今日もあんまり無理はしないでね」
「わかりました。いってきますっ」
さて、ダンジョンの内部。
途中で認証系は終わらせた。
本当に登録されたのか心配だったけど、認証終了したタイミングでどちらも光の点滅で知らせてくれたから多分大丈夫。
緑のランプは、大体はオッケーの合図だし。
なんだかんだ最初はどこかで見たような、剣を抜刀する真似事だった武器の召喚も板についてきたと思う。
たったの数日だけど久しぶりだから、剣を素振りしたり、ステップを踏んで少し動いてみる。
「はっ、はぁっ。ふんっ――うん、大丈夫そう」
よし、じゃあ配信を始めてみよう。
たしかこの本体部分を2回連続でちょんちょんって叩いて――。
「お、始まったわね」
草田はスマホという小さな画面であるが、管理者ダッシュボードにて配信開始を確認。
そのページになる小さな画面を通して美夜が体験している、別世界の光景を通し見る。
「ほほ~ここがダンジョンの中身なのね。明かりが常にある洞窟そのものって感じか」
画面の上部端から降り注がる謎の淡い光に関心を寄せる。
太陽の光より強くも眩しくもないが、しっかりと辺りを見渡せるほど。
一般的な蛍光灯が白光りだとすれば、ダンジョンの天井から注がれる光は青光り。
そんな中、画面に映し出されているのは一本の剣と、その先にいる1体のモンスター。
4足歩行で、世間一般的に言うならば狼そのもの。
灰を被ったような毛並みに、ちょっとだけ獰猛な牙を備えているフィーウルフ。
『いつも通り、注意深く思慮深く――』
「お、喋ったぁ」
なぜか感動してしまい、つい言葉に出してしまった草田は慌てて空いている左手で口を覆う。
しかしすぐにそれは杞憂だったことに気づく。
なぜなら自身は車の中で配信を視聴しているかつその声は美夜には届いていない、と。
「美夜ちゃんファイトーっ!」
過保護かもしれないが、自信が担当している、いつもは健気にひた向きな姿で頑張っている少女が戦おうとしているのだ、応援しないという選択肢はない。
それに普段は年相応に笑い話している美夜からは、とても戦っている姿は想像できないのだから。
『はぁーっ!』
「いっけーっ!」
『やあ!』
「うひょー! すっご!」
美夜はあえて攻撃を誘発させ、それを横へステップを踏んで回避。
体の位置が入れ替わるようにして、すれ違いざまに横腹へ剣を突き刺した。
結果、フィーウルフはたったの一撃で消滅。
「こうしてみると、探索者の戦闘って凄いわね。しかも、あの清楚系美少女の美夜ちゃんがあんな華麗に立ち回って蜂のように刺す。ギャップ凄すぎ」
草田は思っていた以上の絵に、つい分析してしまい興奮を隠せない。
次。
「うわ、次は2体って大丈夫なのこれ」
草田の心配はなんのその。
美夜は今度は自分からフィーウルフ達に跳び込んで斬り込む。
『グワア!』
『ガア!』
『たぁっ!』
「ひゃー!」
蜂のように刺すどころか、剣を握っていない左手でフィーウルフへストレートパンチを繰り出しているのを観てしまい、草田はつい目を背けてしまう。
が。
『はあぁああああああっ!』
『ガッ――』
『はぁっ!』
「うっわ嘘!? そんなのありなの!?」
拳だけではなく、頭突きまで披露。
使えるものは全て使う、アイドルなんて誰も想像ができないほどの勇猛果敢な戦闘スタイルは、草田の感情を揺さぶるには数秒で十分だった。
『ふぅ。今日はお試し配信だし、これぐらいで切り上げておいた方がいいよね』
腕で汗を拭う姿は、アイドルでありながら自身の容姿を飾らず、ありのままの自分をさらけ出し等身大そのもの。
「あ、コメントとかを確認しなくっちゃ」
配信自体は閉じられてしまったが、管理者が見ることができるコメント履歴を確認する。
すると。
《え、なにこれなんかの企画?》
《すげー、よくできた映像だ。ここまでリアルだと、最近の技術ってすげえんだなって》
《わーお! なんか知らないけど戦ってるやん! かっけー!》
《あれ、この声って女の人? え? 女の人がこんなに戦ってるん?》
《黒い髪の毛が時々映るから、女装男子じゃなければ女の人やん。マジか》
コメントが合計10件。
配信時間は計5分程度。
総視聴者数は3人。
草田は口角を上げる。
「ふふっ、偶然にもこの配信を観られた君達は超ラッキーだったね。――そして、やっぱり私の読みは間違っていなかった。これならいけるわよ美夜ちゃん」
そして自身も振り返る。
「私でさえ、コメントをリアルタイムで確認しないといけないのに、画面から目を離せなかった。反省しないといけないけど、でも――うん。いけるわ」
草田はスマホの画面を閉じて、これからの期待を胸に、美夜へ渡すタオルと飲み物を用意し始めた。
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