第20話『配信者達はできることをやる』
「え、じゃあ
「うん……しかも、犯人達に囲まれて武器で脅されてた」
「うわぁ……それは災難だったね。怪我はしてない? 気持ち的には大丈夫?」
「私は全然大丈夫。酷いことをされたわけじゃないし、トラウマ級でもない」
「なら良かった。いやぁ~世の中、なにが起こるかわからないよね。私も注意しないと」
友人は声だけでも表情がわかるほど抑揚をつけて話している。
佳枝はいつもだったら気づかなかったが、その普通に接してくれることのありがたさに心が救われた。
安堵すると共に、思い出す。
「そういえば、特装隊の人達が突入して事件が解決したんだっけ」
「うん。大半はそう」
「ん?」
「えっとね、私達と他にも2人がその犯人に連れて行かれそうになった時、1人の少女が立ち上がってくれたの」
「なにそれ、超危ないじゃん」
「そう、相手は人を殺せる武器を持っているのに、その子は友達だと思うんだけどその子のために行動を起こしたの。聞いた話、探索者だったらしいんだけど……私より全然若い、たぶん高校生ぐらいじゃないかな」
「なにその子、あまりにもかっこよすぎるじゃん」
興奮気味になる友人とは逆に、佳枝は少女の容姿を冷静に思い出す。
「そのおかげで時間が稼げて、特装隊の人達が間に合ったの。あっ!」
「なになにどうしたの」
「あの時、私も抵抗しようと配信を始めたって嘘を吐いたの」
「えぇ!? あんななんでそんな無茶なことをしたのよ」
「だって、その子が友達を護ろうとしてたんだとしても、結果的に私達も助けようとしてくれたのよ。なにかできるのに、なにもしないってのは違うじゃない」
「それはそうだけど……」
佳枝は急いでスマホを取り出してファイルを開く。
「あった! 今送るから。ショッキングなものが映ってるけど、大丈夫だよね」
「ま、まあある程度なら。って、配信していると嘘は吐いたけど、録画はしてたってことね。抜かりないね、クリエイターって職業は」
「いいよの細かいことは。――私、その子にお礼をちゃんとしたい。手伝ってくれる?」
「今観てるけど……うわっ、うっひょ~、わー――なるほどねぇ。たしかに、こんな状況で1人で立ち向かおうとするって相当な勇気がいるよね。ここまで命を張ってもらったのに、恩をしないってのは確かに恥知らずってところはあるかも。一般人ならまだしも、佳枝みたいな人だったら」
「でしょ」
友人は美夜の背後が映る画面の眺めて悩む。
「ん~、ということはこの子を特定する必要があるわけね。でも、この子ってたぶん一般人だろうから、顔を出したままネットにアップして探すのはマズい。制服を着ていたら学校だけはわかりそうだけど、可愛らしいお洋服を着ている。さてさてどうしたものか」
「そこなんだよね。あ、でもお友達は制服を着ていた……んだけど、ちょうど映ってないんだよね」
2人は「うーん、うーん」と右に左に頭を振って悩みに悩んだ。
「あれ待って」
「なに、名案でも浮かんだ?」
「私、もしかしたらこの子をどこかで観たことがあるかも」
「えぇ!? どこで!?」
「ちょっと焦らせないで。えーっと……えー……んー――あっ! 思い出した! 駅でティッシュ配りをしていた」
「えぇ……そんなアルバイトの子、どこにでも居るじゃん。どうせ、その子だったとしても単発バイトだし、仕事先に聞いても個人情報だからって門前払いされるだけだよ」
「ちょっと待ってて」
マイクをミュートをし忘れた友人はガタン、ゴトンッ――ガサガサガサと音を立てる。
そして、勢いよく椅子に座る音。
「あったよぉ。そうそう。私、休日出勤で疲れ切っている時に駅でティッシュ配りをしているこの子と出会ったの。んで、その子は自分の宣伝でティッシュ配りをしていたのよ。他に手伝っている人も見当たらず、たった1人で沢山のティッシュを配っていたわよ」
「自分の宣伝ってどういうこと? その子、なにかの活動をしているとか? 私みたいに」
「それが聞いて驚きなさい。アイドルよ」
「え、それマジ?」
「マジ。その後、電車に乗って時間を持て余していたからティッシュに載っていたコードを読み込んだのよ。そしたら、事務所のプロフィールに飛ばされて、しっかりと居たわよ。名前は……ごめん思い出せない」
「わーお。でもそれってすっごいことだよね。映像、観たでしょ?」
「そうね。いくら友人のためだからといって、勇猛果敢どころの立ち振る舞いじゃなかったわ。探索者だからってそんな簡単な理由で片付けてはいけない。――そうだ、もう一度読み込んでプロフィールに……あれ」
「どうしたの?」
抑揚のある声から一変、静寂が伝わってきて佳枝は心配になる。
「なくなってるんだけど」
「え? もしかして私達を護ってくれた一件で、事務所を首になっちゃったのかな」
「どうだろう。確かにアイドルがどんな状況であれ、あんなかたちで人の目に触れられたらどう思われるかわからないからね。事務所としては見過ごすことができなかったのかもしれないわね」
「……そんな……あの子は、自分のことより人のために動いただけなのに……」
「じゃあさ、思い切ったことをしてみない?」
「え……?」
涙が浮かび上がってきた佳枝であったが、友人の唐突な申し出に顔を上げる。
「あなた、動画投稿者でしょ。だったら、モザイクぐらいかけられるわよね?」
「う、うん」
「なら、この動画にモザイクをかけて声も消して、動画投稿しなさいよ」
「え、でもそれじゃあ、もしもその子が特定されちゃったらマズいんじゃない?」
「それはそうだけど……じゃあ、なにか策はあるの?」
「そういわれるとないけど……でも、確かにそうだよね。文字だけ、私の言葉だけでも動画投稿したりSNSで探してみることはできる」
「そうそう、そんな感じ。それにしても、清楚系美少女アイドルかぁ……絶対に探し出すの大変になりそうね」
友人の言葉を聞きながら、佳枝は動画を撮る準備を整える。
「私、今すぐにやる」
「お、火を点けてしまったか。なら、私もあの駅周辺を通る度に探してみるよ」
「ありがとう。じゃあ、今日はここら辺で解散」
「はいはーい、またねー」
ヘッドホンを外し、佳枝は動画を撮影し始めた。
『私は、ニュースにもなっているショッピングモールに実際に居ました。そして、その時に助けてもらった恩人を探しています。簡潔に述べると、勇猛果敢に戦う清楚系美少女アイドルです!』
◇◇◇
「マネージャー、この通りです」
こじゃれたカフェの一角にて。
「や、やめてくださいよ
「お願いします。これだけは譲れないんです」
「わかりました、わかりましたからまずは頭を上げてください」
やっと欲しい回答を得た楽は頭を上げ、もう一度席に座る。
「僕だってわかりますよ。もしも逆の立場だったら同じ事を考えていたと思います。ですが、相手は大企業の開発部門部長ですよ?」
「わかっています。でも、年下の女の子に命を救われて……あの子はあんな傷ついていたっていうのに、恩返しも出来ないなんて人間として恥ずかしいです」
「だから、僕だってその気持ちは十分にわかりますよ。ちゃんと渡されたデータで全部観ましたから。でも……僕程度がお願いしてどうにかなりそうなことじゃないんですよ」
「だったら俺が直接いきます」
楽はズボンを握り締めて、力強い目で訴える。
「一旦落ち着いてください。楽さんのことだから、『こういう時に知名度っていうのを武器に振りかざすんですよ。でなきゃ、知名度なんてなんの役にも立たない』って言い始めるつもりですよね?」
「さすがは俺のマネージャー。わかってますね」
「あなたはそういう熱い一面を持っているお人ですから。だから、僕だってずっとあなたを支えたいって思っているんです」
「急に泣けることを言ってくれるじゃないですか」
マネージャーは眼鏡を持ち上げ、ネクタイを締め直す。
その間、楽は言葉通りに涙が浮かび上がってきてしまったため、左腕で拭う。
「少し、冷静に考えてみましょう」
「お、いつものやつですね。始めましょう」
「たぶんですが、相手方もデータを観ていますからこちらの要求は通りやすいでしょう。でも、そのデータを手に入れてどうするか、です。前回も言いましたが、あれを配信上に流すことは絶対にできません。あの子のプライバシーに関わりますから」
「ですね。じゃあダンジョンの入り口に張り付くっていうのはどうですか? 俺、資格持ってますし」
「それは最終手段にしましょう。だって、ダンジョンの入り口ってあそこだけじゃないですよね?」
「そ、そうですね……なら、SNSで発信するのはどうですか? 動画のスクショ……はダメそうだけど、文字だけならとか」
マネージャーは腕を組む。
「一先ずはそれ以外の方法はなさそうですね。もしかしたらその子の手がかりを掴めるかもしれません。例えばの話、そんな人助けをする子ですから、他にも彼女を探している人が居たりするかもしれませんよ。動画とか写真を持ってたり」
「ははっ、そこまで上手く話が進めばいいんですけどね。でも、仕えるものは全部使わないと。配信で雑談の時に話をしてみてもいいですか?」
「あ~確かにそれはありですね。というか、楽さんの場合はそれが一番効果的かもしれません」
「ですよね。では、今晩の配信から。SNSは今のうちにっと」
楽は手早くスマホに文字を打ち込み、投稿。
『みんなっ! 俺は命の恩人に報いたい。よかったらみんなの協力をお願いしたいんだ。詳しくは今夜の配信で話すから、時間を作ってきてくれよな! 今夜20時から!』
「投稿、終わりました」
「お疲れ様です。では、行きましょう」
2人は席を立つ。
「僕の方も、もしもの時のために一度だけあちらの企業にコンタクトを取っておきます」
「さっすが、よろしくお願いします」
会計を済ませ、それぞれの方向へと足を進めた。
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