第19話『生活感が溢れる新しい事務所』
「ここは……?」
あんなことがあった後日、私は草田さんに案内されてとある場所に連れてこられた。
「ここは、私と柿原と目里が隠れ家というか共同スペースとして借りている場所よ」
「へぇ~、皆さんってプライベートでも仲良しさんだったのですね」
「んー仲良しかって言われるとそうであったりそうでなかったりするけど。とりあえずソファーにでも座って」
草田さんに手招きされるがままソファーに向かおうとしたけど、その足で窓の方向へ進んで勢いよくカーテンをシャーっと開けた。
「あいやっ、眩しっ」
「眩っじゃないですよ草田さん」
クルリッと回って草田さんに鋭い目線を送る。
私はこの部屋に入ってからずっと疑問に思っていた。
だって、部屋に入るなり部屋中の電気をつけ始めるんだもん。
太陽が出ている昼間だっていうのに。
そして、カーテンを開けた拍子に舞い上がった埃が視界に沢山入る。
「うわぁ!」
もうほど反射的に草田さんから目線を外して、窓の鍵を探して解錠。
すぐに窓を全開にして空気の入れ替えを計った。
「草田さん、今すぐ全ての窓を開けてください! ついでに換気扇も回して!」
「きゃぁ~」
「まったくもう」
草田さんはこうなることを予想していたのか、焦りの色をみせず、どこか楽しんでいる様子で部屋中を駆け回り始めた。
「それにしても……」
ここはビシッと「もっと清潔な環境を意識してください」、とかを言わなきゃいけないんだろうけど……いつか見た汚部屋ではないから歯切れが悪い。
だって部屋中を一瞥しても不思議に思ってしまうほど、ゴミが散らばっているとか、洗濯していないお洋服が積み重なっているわけじゃないから。
そこら辺はちゃんとしているのに、どうしてカーテンを閉めっぱなしで……。
「あ」
足元に視線を移すと、埃が溜まっているのを発見。
そして一度、埃が目に入ると、机の端、物が置いていない場所……と、ありとあらゆるところの埃が目についてしまう。
「草田さん、この部屋をお掃除する人っているんですか?」
「い、いないわよ」
「ですよね。ということはもしかしてですけど、ここで飲み食いとかはしてないとかですか?」
「そうね。美夜ちゃんってもしかして探偵の素質もあるのでは!」
「ふざけないでください。というか今更ですけど、皆さんってちゃんとご飯とか食べてますか?」
「ぎくっ」
「やっぱり」
それはもうわかりやすく胸を抑えるだけじゃなく、言葉として出てますよ。
「雑巾とかってあったりします? もしくは使い古した布とか」
「ないわ」
「そこだけ自信満々に即答しないでください」
「あ、でも箒と塵取り、ゴミ袋ならあるわよ」
「わかりました。では私がある程度やりますので、その間に雑巾・洗剤系・お風呂掃除用具などを調べながら手に入れてきてください。――電子レンジや冷蔵庫って使ったりしてます?」
「冷蔵庫は飲み物系だけ。電子レンジは使いまくってるわよ」
「……じゃあ、油汚れクリーナーや激落ちくんとかもお願いします。大体は100均で揃うので、そこまで大変じゃないと思います」
「おぉ~! てっきり今日一日中走り回らないといけないって思ってた」
職業柄なのか、私が目をつぶって候補を出している間にメモ帳を取り出して記入し終えている。
その行動力や几帳面さを、どうしてこのお部屋に費やしてあげられなかったんですか……。
「それじゃあ行ってきま~す」
なんだか楽しそうな草田さんはバタバタと出て行った。
「さて、まずは掃き掃除から始めますかっ」
「ふぅ~。美夜ちゃんのおかげですっごく綺麗になった~」
「忙しいのはわかりますけど、せめて空気の入れ替えぐらいはしてください」
物が少なくて掃除している時間はそこまで掛からなかった。
掃除を終えた私達はローテーブルを囲んで座っている。
「別に文句があるわけじゃないんですけど、もしかして、私に掃除を手伝ってもらうためにここへ呼んだんですか?」
「あー、忘れてた忘れてた」
草田さんは「いっけね」と言いた気にウインクしながら舌を出した。
「なんというか、事務所を辞めてから私達の居場所っていうのがなくなっちゃったじゃない?」
「はい……」
「ごめん落ち込まないで。そういう意味で言ったんじゃないの。正式にってわけじゃないんだけど、ここを新たな事務所にしようって美夜ちゃんを連れてきたの」
「え、事務所ですか?」
「うん。といっても、みんなで話し合ったり、衣装やメイクの調整や練習をしたりとかなんだけど。ちなみに、詳しくは説明していないけど大家さんにも許可はとってあるわよ」
「な、なるほど?」
「レッスン用のスタジオや歌の練習ができる場所なんかは、私の知り合いに話を通してあるから問題ないわ」
「さすが草田さん、バリバリのキャリアウーマンですね」
「それでなんだけど、この機に提案があって……」
ここまで驚くことしか聞かされていないけど、草田さんは姿勢を整えて真剣な眼差しになった。
それにつられて、私もつい正座になってしまう。
「配信を、頑張ってみない……?」
「え」
「細かい話をすると、今までの美夜ちゃんって他の子と比べてとんでもないほどのハードスケジュールだったの。学校――勉強・テスト・行事、家事――掃除・洗濯・食事、活動――自主トレ・レッスン・本番。そして探索者」
「……」
こうして言語化されると、この状況で全てにおいて結果を出すんだ、と意気込んでいたのはあまりにも無謀だった。
他の誰かに「だから結果が出せないんだよ」と言われても、何一つ言い返せはしない。
「いやいや、説教しようとして言ってるんじゃないの。正直、美夜ちゃんは本当にいろいろとちゃんと頑張ってるよ。学校に行くのも大切だし、家事だってやらなくちゃいけないことだけどその歳でやっている子なんていない。探索者だって、やりたいなら続けた方がいいんだよ。アイドルだって同じ」
「でも、全部やれていても結果が出せなきゃ意味なんて……」
「そ・こ・で、いろいろと考えてみたの。家事とか学校のことはわからないけど、まずはアイドル業の方をどうにかできないのかなって」
「どういうことですか?」
「いやさ、事務所・レッスンスタジオ・ボーカルスタジオ・配信場所や本番会場、それぞれに移動時間があったじゃない?」
たしかに、私の家から事務所まで約1時間30分、事務所から各スタジオまで約30分、それぞれの本番場所までその日によっては最短30分最長1時間。
それぞれの活動が終わって、毎日ではないにしても活動報告書を記入しなければならない時は往復していた。
草田さんが送迎してくれるような時は、車で眠ることができたりしたけど、バスや電車で移動する時は、そんなこともできなかったのを今でも鮮明に覚えている。
「ということは、これら移動時間を一気に省けたらもっと時間ができるのでは、と」
「なるほど」
「この事務所から各スタジオまでは徒歩で約10分、美夜ちゃんの家からここまで電車と徒歩でも片道45分、私が車で送迎すれば片道35分。とんでもないほどの時短になるわけ」
「たしかに、すっごく時短できちゃってますね」
「でしょ?」
草田さんは得意気に胸をポンッと叩いた。
「それで、配信って話に戻るね。残念ながら、今の私と美夜ちゃん、柿原や目里の力を使ったとしてもステージを貸し切ることはできない。たぶん、路上ライブとか公園ライブとかも厳しい。もしかしたら、慈善活動みたいな感じの一環でなにかできるとかはあるかもだけど……でも、それも望み薄。――だとしたら、機材と場所だけ用意できれば活動できる配信はどうかなって」
「なるほど、たしかにそうですね。たぶん私でも機材を揃えられるぐらいのお金は持ってます」
「だよねー、美夜ちゃんなら貯金とかしていると思った。だけど、ちょっと難しいのが定期的に声を出せて踊っても大丈夫な場所なんだよねぇ。もしもダンジョンで配信なんてできたら全部解決できそうだけど」
「いやいや、いろいろと無理ですって」
「だよねぇ」
私でも聞いたことのある話題を思い出す。
配信者の人達が、怖いもの知らずにダンジョンで配信をしようとしたところ、探索者としての資格が必要だから入ることができなかった。
でも、有志の人が配信機材をバックに抱え込んでダンジョンに入ったのはいいものの……肝心なインターネットなどの電波が全く繋がらなかったらしい。
だけど、それだと探索者の生死に関わることが起きた際、なにも対処できないからということで【魔鏡石】で加工された通信機器――というには、ボタンを押したら受信機の方が反応する程度の物が造られた。
でも悲しいことに、ダンジョンの1、2階層ぐらいまでの距離しか届かない。
そして、草田さんは探索者の資格を持っていないから、私に危機が迫ったことを知ってから救助隊に申請を送る感じになっている。
「ん~『勇猛果敢にダンジョンで戦う清楚系美少女』、っていう感じに売り出したら間違いなく人気が出ると思うんだけどなぁ」
「なんですかその、とんでもないギャップ。もしもできたとして、売れるんですか?」
「だって美夜ちゃんも今、思ったでしょ? そんな人は居ないって。ならいけるわよ」
その自信はどこから湧いて出てくるんですか。
でも確かに草田さんが言う通りで、ダンジョンで配信ができてしまえば、こそこそと隠れながら活動しなくても済みそうだし、なにより一石二鳥。
だけどそれはできないとして。
これからは、沢山空いた時間でいろいろとできる。
私のやりたいように、自分がやらなきゃいけないことを今まで以上に頑張らないと。
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