第14話『よし、勉強を頑張――え?』
「よーし、勉強を始めるぞぉーっ」
スマホをサイレントモードにして、机の右端に置く。
まずは何から勉強をしよう。
私は、誰かに胸を張って点数を取っています、なんてことは言えない。
だけど幸いにも苦手な教科もない。
じゃあなんで点数がとれないかっていうと、ある程度はわかっている。
私は勉強を始めても、1人でやっていると必ず寝落ちしてしまう。
これが原因。
せっかくやる気が合っても、頭をコクコクと振っていては頭に入ってくるものも入ってこない。
それは当然。
「熱さまシートを貼って、目薬を差してっと」
眠気覚ましにはコーヒーとかがいいらしいけど、そこまで使えるお金はないという理由はあるけど、一番の理由は苦くて全然飲めない。
「草田さんは顔色変えずに飲んでたなぁ」
草田さん、柿原さん、目里さんって、私がレッスンをしていない時とかって何をしているんだろ。
「ダメだダメだ」
心の拠り所でもあるお姉さん方の声を聴きたくて、ついスマホに手を伸ばしそうになっていた。
自分の手を自分の手で止めるという、なんとか病を患ってしまった人みたいなことをしていると、スマホの画面が点く。
そこには、『草田さん』の文字。
以心伝心かなって、ちょっとだけ嬉しい気持ちを抱いて応答を押す。
「お疲れ様です草田さん。なにかありましたか?」
「ごめんね美夜ちゃん。ちょうど勉強していたんじゃない?」
「え、まあそんな感じです」
本当に気持ちが通じ合っているような感じがして、つい笑顔になる。
「だったら、だからこそ……今言うべきじゃないと思うんだけど……」
「どうしたんですか? 珍しく歯切れが悪いじゃないですか。大丈夫ですよ。実は勉強をしているのではなくて、始めようと思っていたところだったんです。だから、気にせずに用件をお願いします」
「……なら……」
本当に珍しい。
草田さんは私情を挟まず、私に気を使いすぎず、状況だったり私のことを想って物事をハッキリと伝えてくれる。
もしかしたら、私のことで上の人に怒られちゃったりしたのかな……。
「本当に心して聴いてね。――さっき、管理長に呼び出されて話をしたんだけど……美夜ちゃんの次――期末テストの結果次第で、事務所から去らないといけなくなっちゃったの」
「え……」
嘘みたいな現実の話を聴いて、心臓が跳ね上がった。
「私も少しだけど抗議はしたの……でも、私の発言権なんて最初からなかった。美夜ちゃん、本当にごめんね」
「いいえ……それ以外の詳しい話とかはされましたか……?」
「どこから手に入れた情報なのか、美夜ちゃんの学力がどれぐらいなのかを知っていたの。そして、アイドルとしての活動記録も」
「やっぱり、そうですよね。へへっ、無理もないですよね。他の子とかは学校へほとんど行かずに頑張っていたりするのに、無理を言って学校に通って。それどころか内緒で探索者としても活動しているんですから」
「……美夜ちゃん、大丈夫? 今からお家に――」
「いいえ、大丈夫です」
本音を言えば、全然大丈夫じゃない。
草田さんが心配してくれたように、これから勉強をするなんて絶対に無理。
今ここで泣きそうな声でお願いをしたら、草田さんはどんな時間であれ必ず家に来てくれる。
この辛い状況で、独りでいるのは本当に辛い。
心に傷を負って、これから親戚のところでお仕事の手伝いをする美姫に頼ってはいけない。
言ってしまえば、そっちを放り出してでも私のために行動してくれる。
そんなのは絶対にダメ。
それに、草田さんだってそうだ。
草田さんにも別の仕事がある。
このまま来てもらったら、間違いなく明日の仕事に影響が出てしまう。
そう、私は耐えないといけないんだ。
「私は勉強を教えてあげることはできないけど、別の突破口を模索してみる。もしも勉強の方で結果を残せなかったとしても、アイドルとしての結果を出せばいい。だから、柿原と目里と必至に作戦を考える」
「ありがとうございます」
ただの担当アイドル1人のために、ここまでしてくれる人達なんてなかなかいない。
だからこそ――ここで弱音を吐いて頼ってしまえば、余計に心配をかけてしまう。
「探索者だってそう。やめる、なんて絶対に言わないで。いや、言わせない」
「……はい」
「大切な約束を破らせなんかしない。大人の勝手な事情だけで夢を捨てるなんてしちゃいけないからね」
「――はい」
私は、背中を押してくれる人達のために頑張らないといけない。
「言いこと思いついた。美夜ちゃん、ちょっと大きな声を出しても大丈夫そう?」
「え、たぶん……お風呂でなら?」
「じゃあお風呂に移動して」
「わかりました」
一体なにを思いついたんだろう。
でも、これから秘密の作戦会議が始まるみたいで、ちょっとわくわくする。
お風呂に移動し終わった私は扉を閉める。
「移動し終わりました。これからなにが始まるんですか?」
「そうね。偉い大人には直接言えないだろうから、このタイミングで叫んでみましょう。ん~、例えば『なんでそうなるんですか!』とか、『私だって一生懸命やっているんですよ!』とか」
「わあ、なんですかそれ」
「ふふっ、面白そうでしょ」
「ですね」
かなり予想外な提案をされたものだから、肩を揺らしながら笑ってしまった。
「じゃあどうしましょうね。ん~、この際だからもっと凄いのを叫んでしまうのもありですね」
「若者特有の悪ノリ、出てるわよぉ~。でもよし、大人の私が許可しちゃうわよ」
「草田さんもノリノリですね。じゃあせっかくなので、草田さんが最初に提案してくれたやつにしようと思います」
「じゃあ、一応スマホから耳を離すね。――はいどうぞ」
大きく息を吸って、
「なんでそうなるんですか!」
こんな、喉のことを考えないで叫んだのはいつぶりだろう。
スッキリした気持ちと同時に、そんな無邪気に遊んでいた小さい頃……お父さんとお母さんの顔が過った。
「うひょ~。アイドルの全力、恐るべし」
「えへへ。喉がヒリヒリします」
「惜しいなぁ。今のを録音して、管理長に誤送信とみせかけた爆撃に使えそうだったのに」
「ダメですよ、そんなことをしちゃ。ますます私の首が危なくなっちゃいますよ」
「ふふふ、それもそうね」
でもそれはそれでちょっと面白そう、なんて思ってしまった。
「じゃあ最後にもう一度だけ訊くわね。今日は、大丈夫そう?」
「はい! 大丈夫です!」
「うんわかった。じゃあこれで電話をきるわね。私も私で頑張らないと」
「草田さん、いろいろとありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします」
「なにを言っているのよ、これは当たり前なのよ。だって、私は
「そうですね。敏腕マネージャーの草田さん、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、ね。じゃあ勉強頑張って。これからのレッスン表は後から送っておくから」
「わかりました。おやすみなさい」
「はーい、おやすみなさい」
電話がきれた途端、堪えていた涙が零れる。
「お父さん、お母さん。私、今すっごく幸せだよ。こんなにいい人達が居るんだもん。だから、頑張るね。もっともーっと人気なアイドルになって、ちゃんと約束を守るよ」
スマホをもった右手で涙が流れた線を拭う。
そうだ、私の夢は私だけのものじゃない。
私が輝いて、みんなを笑顔にする。
私が頑張って、みんなに勇気を伝染させるんだ。
自分のためだけじゃない。
これからのみんなのために。
「よしっ。まずは自分に出来ることから! 勉強勉強っ!」
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