第4話 それから……

 あれから三年。

 僕はあの頃よりすっと充実した毎日を今、送っている。

 そして隣には変わらず美織さんが。仕事も前と同じ勤め先で、ただ希望を出し、自分のやりたい部署に異動する事ができた。


 あの日、結局、転職の話を断った。

 ホイッスルの音を聞きながら考えたんだ。昔の友人から見せてもらった転職先は、アウェーだから良い所を切り取り、キレイに見えているだけ。ちょっと違うと思った。あの軽音楽部のノリと同じで、具体的な事はどこかへ置いて、甘い夢をみている。若さの特権だったのかもしれないけど。そしていつもホイッスルの音で、少し現実に目覚めされさせられる。


 自分にとってホームは今の仕事と美織さんだ。  もし自分にとってホームなら、きっと瞬間に分かるはず。昔、初恋の人に出会った時みたいに。


 そして、あの増え《ホイッスル》を聞いた時、僕という彗星の軌道は修正された。今は思う。人の軌道は、運命的な事もあるけど、本人と周りで少しずつ修正されていくんじゃないかって。

 そして時々思い出していた。かつて通勤の電車で一緒似なっていたあの少年。あの子も大切な何かを見つけられたのだろうか、と。



 今日は新年ということもあり、朝から僕の家族がやって来て、賑やかだった。美織さんも僕も笑い通しだった。


 僕達は今では夫婦として、時間があれば、生まれてくる子どもの名前のアイデアを出し合っている。男か女かも分からないのに。今もそう。

 こういう時、スポーツ中継の選手の名前、特にアマチュア選手の名前は参考になる。魅力的な名前が多い気がするし、イメージもいい。ちょうど駅伝が放送されているところだ。


 ふっと目にしたテレビの画面の陸上選手の顔に見覚えがあった。繊細な小顔。栗色の眼。関東の大学名と洸希という名前が目に入る。どちらも心当たりがない。

 あ、いや、あれは電車で一緒になってた子じゃ?


「美織さん、大変だ。あれ、例の行方不明になってた少年だよ」

 

 美織さんは疑い深げに僕を見る。


「行方不明って、ゆー君が勝手に決めてるだけっしょ。とりあえず調べてみようよ」


 

 スマートフォンで、この選手の経歴を調べ始めた。焦って手が震える。


 あった。伊藤洸希で、えっとインタビューもある。

「やっぱ、そうだ! あの子だよ。これ、見て」


 ――私立北星学院高校に一年在学した後、陸上選手を目指すため、陸上部で有名な県立油野高校に越境通学で転入する。二年目から長距離走で頭角を現すと……――


 あの山の中の学校が油野公園で間違いないだろう。あの山は油野山だし。


 そうか。そうだったんだ。あの時、途中下車したのは、夢の町を求めていたわけじゃなく、リアルに自分の夢を求めて降りてたのか。


 僕は、あの子も大切な何かを見つけられたのだろうかと上から目線の立場でもないな。




 僕は、いつの間にか40インチのテレビの前に正座していた。


「何だかゆー君、正座してあの選手に自己紹介しているみたい」

 美織さんが笑った。


 そうだ。心の中で。今さら自己紹介していた。いや、しばらく振りにあった親友に挨拶している感じかな。 いつかの歌詞がふと思い浮かんだ。


「ハックルベリー・フィンのような僕の友達」





〈Fin〉

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