第214話 必要な犠牲

 スカディたちと街中を突っ切る。


 通りを歩く住民たちは、これから街に大量のモンスターが押し寄せて来ていることなど知らない様子だった。


 おそらく連絡が滞っているのだろう。

 ますます偽物の聖女の関与が疑われる。


「みんな落ち着いてますね」

「たぶん、まだモンスターの件は知らされてないんじゃないかな? リーリエ」

「えぇ⁉ じゃ、じゃあ住民の方はどうやって逃げるんですか……?」

「逃げられないさ。事前にモンスターの襲撃を知っていようと、知らなかろうと関係ない。この小さな街の外に出るわけにもいかず、兵士たちの頑張り次第では——殺されるだろうね」

「ッ」


 俺の言葉にスカディが強い拒絶反応を見せる。


 端正な顔に滲んだ負のオーラ。

 ちらりとそれを見て、俺は小さく呟いた。


「もしも彼らを助けたいのなら、スカディたちだけでも動くべきだ」

「え? そ、それはどういうことですか?」


 クロエが問う。

 言葉の意味など理解してるだろうに、複雑な困惑が見てとれた。


「そのまんまだよ。俺はこのまま王宮を目指す。偽物の聖女を捕まえにね。でも、スカディたちがそれに付き合うことはない」

「つまり……別行動して住民たちの避難誘導に努めろ、と?」

「ああ。クロエだって心配くらいしてるだろ」

「それは……」


 彼女は沈黙で答える。肯定の意味だ。


「本当なら俺たちが離れるメリットはない。むしろデメリットにすらなる。それでもスカディたちが望むならやりたいことをすればいい。ただ、俺は住民たちの命より君たちを優先する。だから、目の前で誰が死のうと関係なく偽物の聖女を捕まえるよ」

「ネファリアス様……」

「私はネファリアスに付いたほうがいいと思う」


 真っ先にそう答えのはリーリエだった。

 小動物のような顔に真剣味を帯びている。


「私もネファリアス様に同行すべきだと判断する。このモンスターの襲撃が聖女や悪魔の仕業だとしたら、ここで別れるのは得策じゃない」


 クロエも同意した。

 残るはスカディただ一人。

 同時に、誰よりもこの件を考え苦悩しているのは彼女だった。


 俺たち三人の視線が、走りながらも中央のスカディに刺さる。

 彼女はしばらく地面を見下ろしたあと、覚悟を決める。


「——私も、別れるべきではないと思います」

「いいの? 少なくない数の住民が死ぬことになるかもしれないよ」

「はい。いまの私たちにはやるべきことがある。それを徹底し、住民たちは騎士や兵士たちにお任せします」

「……そっか。ありがとう、スカディ。ごめんね、辛い思いをさせて」

「いいえ。辛いのはみんな同じじゃないですか」

「俺は最初から犠牲を覚悟の上で行動してるから」

「ふふ。そんなこと言っても私たちは誤魔化されませんよ、ネファリアス様」

「え?」

「あなた様の顔には、《嫌だ》って書いてありますもの」

「ッ」


 図星だった。

 俺とて救える命は救いたい。

 誰が好き好んで他人の犠牲を喜ぶものか。


 それでもスカディたちのために心を鬼にする。誰かを救うためには、誰の犠牲が必要なのだ——と。

 その迷い、葛藤をすでに彼女たちには見抜かれていた。


 後ろに並ぶクロエもリーリエもくすっと笑っている。


「まいったな……これでもポーカーフェイスには自信あったんだけど」

「それなりに長い時間、一緒に行動してましたからね。多少はネファリアス様の考えくらい読めるようになりましたとも」

「クロエとリーリエも?」

「ええ」

「はい!」


 二人は笑みを作って声を揃えた。

 どうやら今後も三人には俺の考え事がバレるっぽい。

 嬉しいやら悲しいやら複雑だ。


「とほほ。少しは手加減してくれよ?」


 徐々に見えてくる王宮を前に、俺は最後の冗談を口にした。


 やがて全員の顔が真面目なものへと変わる。




 ▼△▼




 王宮に到着する。


 豪華絢爛な白塗りの建物を前に、俺たちは唖然とした。


「こ、これは……」

「なんとも解りやすい……」


 呟いた俺とスカディのあとを追いかけるように、リーリエとクロエも「確かに」と同意を示す。


 それは、眼前に広がる光景を見れば誰だって解るものだ。


 王宮の外周、外壁の外と内を守る兵士たちの数が、明らかに前侵入した時よりも増えている。

 まさにアリ一匹通さないと言わんばかりの警戒だ。


 確実に俺たちが攻め込んでくると考えているな。

 同時に、住民たちへモンスターの情報が伝わっていないことへの説明もついた。この過剰なまでの防衛のせいだ。


「刻一刻と街にはモンスターが押し寄せて来ているのに、悠長なものね」

「きっと兵士たちは大半が魅了されているんだろうな。説得は無理だ。その上で、みんなに改めて問うよ」

「問い、ですか?」

「ああ。今度は住民の件じゃない。彼ら兵士に関する話だ」


 俺の声に全員が耳を傾ける。


 残酷な話をまたしてもしなくちゃいけなかった。


「これから偽物の聖女を捕まえるにあたって、邪魔してくる兵士は殺す。たとえ操られていようと、だ」

「ッ⁉」


 ぴりり、っと空気がひりついた。






———————————

あとがき。


よかったら新作の

『最強の悪役が往く~実力至上主義の一族に転生した俺は、前世の知識を使って世界最強の剣士へと至る~』

を見てくれると嬉しいです☆

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