第166話 三つ目の選択肢
スカサハに現実的な話を突きつけた。
本当は隠すこともできた。わざわざ彼女に恐怖を植えつける必要はない。
だが、何も知らない不安もまた彼女の心を蝕む。
それを踏まえて、俺は彼女に二つの選択肢を提示した。
「たしかにスカサハが聖王国へ行く、という選択肢は重い。個人的には王国に滞在したまま、俺が聖王国へ行くのはありだ。同様の理由でシロたちも行ったら危ないね」
「ネファリアス様が……一人で聖王国に?」
ぱちぱち、とスカサハが驚いたように何度か瞬きをした。
俺は頷く。
「うん。君たちのように俺は指名手配も警戒もされていない。問題なく街中に入れるだろう。あとはこっそり調査をすればいい」
「おお! それなら、わたしたちはまったくリスクを負わずにいられますね! ネファリアス様は天才です!」
パチパチ、とリンディが笑顔で手を叩く。
褒めてくれるのは嬉しいが、この作戦には当然ながら欠点もある。
「残念ながら、完全無欠の作戦ではないんだよ、リンディ」
「え?」
「——ネファリアス様が聖王国に行ってる間、わたしたちが無防備になるってことですね」
「さすがシロ。賢い」
「えぇ!? そ、それって……」
「リンディも気づいたね。今は俺が近くにいるから支援もできるし、最悪、見つかっても逃がすことができる。けど、俺がいなくなったら全て自分たちでやらなくちゃいけない。俺は異端審問官が相手でも勝てる自信がそこそこあるけど、君たちはほとんど戦えないだろう? スカサハくらいだ」
唯一、彼女だけは戦闘に秀でたギフトを持っている。それも、外に動物たちを待機しているから街中では役に立たないが。
「うぐぐ……た、たしかに……」
「スカサハの能力は街中だと使えない。実質、ネファリアス様がいないとわたしたちは逃げられない。勇者様だってわたしたちの滞在には反対していた。確実に、問題が起こる」
奥歯を噛み締めるリンディ。冷静に現実を呑み込むシロ。
残ったスカサハは、神妙な顔で考え事をしている。恐らく、自分たちがどういう手段を取ればいいのか考えているのだろう。
その答えが出るより先に、俺は話を進めた。
「そういうわけで、この作戦にはかなりのリスクを伴う。安全度で言えば、まあ聖王国にいるよりは少しマシかな? くらいだね」
「勇者様の件もあるから、わたしは聖王国に行くよりリスクが高いと思う」
「シロの言うとおりですよぉ! わたしも危険だと思います! 正直、ネファリアス様がいなくなったら……わたしは泣きますね!」
「自信満々に言わないの、リンディ」
ぱしん、とシロに頭を叩かれるリンディ。
俺としては嬉しい言葉だね。それだけ頼って、信頼されてる証拠だ。
けど、俺も実はこの案は否定派。諜報している側の俺までそわそわしちゃうし、土地勘がないから情報を集めるのに時間もかかる。
時間が掛かればそれだけ彼女たちの危険度が増す。
「聖王国に向かっても危険。ここ王国に残っても危険……」
ぶつぶつとスカサハが呟く。
そこで俺は新たな選択肢を掲げる。
「危険を最小限にする方法はあるよ」
「え? それは……」
スカサハが顔を上げる。
俺はくすりと笑って逃げの一手を告げる。
「聖王国に行かなきゃいい。俺も、君たちも」
「へ? そ、それじゃあ聖女の座が……」
「うん。最初から、聖女のことは諦めるんだ、リンディ」
「ええええ!?」
リンディが大袈裟に声を張り上げる。
しかし、スカサハもシロも、その結論を考えてはいたのか、特に反応はなかった。表情だけは暗い。
「ここまで考えて、最終的には聖女の座を諦める!? そ、それっていいんですか?」
「いいんだよ。別に聖女の座にさえ固執しなければ、君たちはそれなりに幸せに生きられるだろう。どうせ世界は魔王だなんだと忙しくなる。そうなれば件の聖女も旅に出なきゃいけない。聖王国は君たちに構っていられる時間がかぎられるんだ」
どうせしばらく姿も何も見せなければ、聖王国側もスカサハを捕らえようとはしないだろう。
なぜなら、その頃には完全に新たな聖女が聖女として世界に認識される。
遅れてスカサハが戻ろうと逆効果だ。むしろ生きているなら放置したほうがいいまである。
だから、それまで耐えられれば彼女たちは新たな人生を歩める。別にリスクを負う必要もない。
「わたしの……幸せな人生……」
スカサハは再び思考の海に浸る。
元聖女である彼女には、この選択肢が到底受け入れられるものではないだろう。
彼女は最初から、世界や人類を救うために聖女として生きてきた。
その考えも信念も捨てて生きろってことだからね。
正直、この選択肢は有りだ。選べば彼女たちが不幸になることはない。俺の目標でもあるヒロインの救済——まあ、彼女は救済対象ではなかったが——とにかく救済はされる。
俺だって責任を持って養うくらいのことはするさ。
だが、やっぱり違った。
俺の予想どおり、しばらく考え事をしていたスカサハは、顔を上げて首を横に振った。
「……ごめんなさい。シロやリンディに迷惑をかけてでも、わたしは——聖女に戻りたい!」
———————————
あとがき。
明日、新作投稿予定!
初日は2話だゾ☆
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