第97話 自由すぎるだろ

 ノートリアスに着いて早々、目当ての人物と出会った。


 彼女の名前はアビゲイル・エルド・ノートリアス。


 ここノートリアス領の領主の娘だ。


 今さらながら、街にも領の名前を付けるってどんだけ自分の家が好きなんだ?


 初代当主はきっと変わり者だったんだろうな……。


 そんな風に現実逃避してみるが、残念ながら現実は変わらない、過ぎ去らない。


 意味不明な爆弾発言をしたアビゲイルに、急に俺は抱き付かれる。


「ビビっときました! アビゲイルの運命ですっ」


「いやちょっと待ってください。人違いです」


 ぐいぐいっとどうにか彼女の拘束から外れようとするが、意外と彼女の力が強い。


 恐らく、全力で俺の腕に抱きついてきている。あまり力を入れすぎると彼女に怪我を負わせてしまうかもしれない。領主の娘だからそれは避けないと。


 結果、拘束を解くのは諦めて、盛大にため息をついた。


「人違いって……そもそもアビゲイルたちは初対面ですよね?」


「え? それが解っていながら運命の相手だと?」


「初対面で運命を感じたから運命の相手なんです!」


「???」


 宇宙を脳裏に浮かべる猫みたいな顔になる。


 彼女が何を言ってるのか解るようで解らない。


 俺は宇宙人と会話でもしているのだろうか?


 助け船を求めてエリカ団長に視線を送った。彼女はやれやれとアビゲイルに話しかけてくれる。


「申し訳ありませんが、彼はウチの騎士団の団員です。どなたか知りませんが、ご容赦ください」


「騎士団の団員? お名前は?」


「……ネファリアスです。ネファリアス・テラ・アリウム」


 すっごく嫌そうな顔を浮かべて自らの名前を明かす。


 相手が相手なだけに嘘はつけなかった。俺、騎士団の所属だし。


「ネファリアスさん……素晴らしい名前ですね! さながら物語の勇者のような響きです!」


「人違いですね」


 勇者ならすぐそばにいるよ。あと俺はどちらかと言うと悪役だ。


「いいえ。いいえ! 名前を聞いて確信しました! ネファリアスさんこそがアビゲイルの運命の相手です!」


「えぇ……その根拠は?」


「心がアビゲイルに訴えかけています!」


「なるほど」


 どうやらこの子は電波らしい。話が通じているようで通じていなかった。


 誰か助けてええええ!


 見かねたエリスが再度口を開く。


「何度も言うようですが、彼は騎士団の団員。勝手な引き抜き行為はご遠慮ください。何日かすれば、我々は王都に帰りますので」


「王都の方々でしたか。どうりで見覚えのない」


 パッと彼女は俺の腕を離す。


 ようやく解放された……。


 彼女から距離を取って逃げる。アビゲイルは気にした様子もなく胸を張った。


「でしたらネファリアスさんを我が家で雇います! 給料は騎士団のものより高く支払いますわよ?」


「我が家? あなたは一体……」


「アビゲイル。アビゲイル・エルド・ノートリアスですわ! ノートリアス領を治めるノートリアス伯爵の娘です!」


「は、伯爵令嬢!?」


 その場にいたすべての騎士が驚愕する。無理もない。


 きな臭い街を治める領主の娘なんて、視察という名の調査に来た俺たちにとってはかなりのビッグネームだ。


 エリカの表情にもわずかながら緊張の色が滲む。


「それは……ご無礼を申し訳ございません」


 即座に相手が貴族であることを理解し、頭を下げた。


 位で言えばエリカも負けていないが、いまはただの騎士団を率いる団長。立場は相手のほうが上だ。特にここは、彼女の父が治める領地の中でもある。


「お気になさらず。職務に忠実なのは素敵なことですよ。それよりネファリアスさんをアビゲイルにください。言い値を払います」


 意外と物腰の柔らかい人だな……と思ったのも束の間、すぐに俺の交渉を始めた。


「えっと……彼は売り物ではないので……」


「アビゲイルたちの運命を切り裂くつもりですか!? ——ハッ!? ま、まさかあなたもネファリアスさんを狙って……!?」


 ガガーン、と衝撃に数歩後ろへ下がる。


 コイツは何を言ってるのかと本気で正気を疑った。


 エリカも疲れたような表情を浮かべている。


「い、いえ……ですから彼は騎士団の……」


「もういいです。マニュアルばかりで飽きました。ネファリアスさんと直接交渉します」


 くるりと彼女は笑みを作ったままこちらに視線を戻した。


「——というわけで、我が家に一緒に行きましょう。美味しい食事をご用意しますよ」


「お断りします。仕事中なので」


「そんな馬鹿な!?」


 ガガーン、と再び彼女はショックを受ける。


 若干反応を見るのが楽しくなってきた。しかし面倒なことには変わらない。


 その後も、俺とエリカは何度も交渉の件を断ってなんとか彼女から解放される。


 元気よく手を振りながら、


「またお話しましょうね、ネファリアスさ————ん!」


 彼女は人混みの中に消えていった。


 最後までうるさい子だったな……本来のアビゲイルってああいう性格だったのか?


 俺もエリカも同時に肩を竦めてため息をついた。




———————————

あとがき。


皆様!反面教師がまた新作の異世界ファンタジー投稿しましたーーーー!

本日は20時頃にもう1話投稿されるので、ぜひぜひ応援してくださーーーーい!!!



あ、近況ノートも載せました。ぜひそちらも。


※新作投稿のため、それ以外の作品の投稿時間を調整し早めました。ご了承ください。

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