第95話 ノートリアス到着

 勇者イルゼと騎士団長エリカの喧嘩? に巻き込まれた俺。


 他の団員たちは哀れむばかりで助けてくれない。


 両者のあいだで板ばさみになりながら、空気を弛緩させる。


 最後にはなぜか俺が怒られて終了した。まことに遺憾である。


 だが、喧嘩が終わったことをいまは安堵しておく。ぎゃあぎゃあうるさいより怒られたほうがマシだ。


 そんなわけで俺たちの遠征は続く。


 何日もかけて森を踏破し、村や町を経由して大都市ノートリアスへ。


 道中、何体ものモンスターに襲われた。


 しかしさすがは王都でも指折りの騎士団。低位のモンスターなどものともしない屈強さを見せつけた。


 多少強い個体も、こちらには勇者と騎士団長がいる。その後ろに俺も控えている状態で、たかがモンスター程度に苦戦することはなかった。


 順調に時間は過ぎ去り、やがて目的地に到着する。




 ▼




「……おお! あれが噂のノートリアスか!」


 先頭を走っていた勇者の馬が止まる。


 続けてエリカと俺の馬も動きを止めた。


 眼下に見えるのは、街を覆う巨大な外壁。たしかに第二の王都と言われるだけはある。


 勇者イルゼはたまらず感動の声をあげていた。


「落ち着いてください、勇者様。これからそのノートリアスに向かうんですよ」


「わ……解ってるよエリカ。僕だって勇者としての自覚くらいある。街中ではそれはもう凛々しく振る舞うつもりだよ」


「その言葉を聞くと無性に不安になってくるのはなぜでしょう……」


「えぇ!?」


 エリカの言葉に概ね俺も同意する。


 なんとなく勇者イルゼは空回りする印象があるんだよなぁ……ゲームだと平凡な人間って感じで描写されていたが、リアルだとかなり印象が異なる。


 やはりまだ経験のない、それも本来より若いからかな?


 俺だって勇者の立場だったら困惑するし、若さが暴走することもあるだろう。


 いまだって冷静でいられるのは、前世の記憶があるからだ。そうでなきゃ、あまり勇者のことを弄れる立場にない。


「とりあえず勇者様は、街中を歩き回る際には必ず私かネファリアスと一緒に出かけてください。単独行動禁止です」


「子供扱いじゃない、それ?」


 むー、と勇者は不満顔を作る。


 しかし、エリカは首を横に振ってそれを否定した。


「勇者様のことを子供扱いしているわけではありません。たしかにまだ子供ではありますが、私が心配しているのは勇者としてのレッテルです」


「……気持ちは解るけどさ」


「でしたらくれぐれも注意してくださいね? 勇者様に希望を抱いてる人は多いのです」


「まあ、俺とエリカのどちらかさえ一緒なら、別に勇者様の行動を縛る理由はありません。十分に観光する余裕もあるかと」


「——え? 本当かい!?」


 俺のアシストに勇者イルゼは瞳を輝かせた。


 やれやれ、とエリカがため息をつく。その表情が苦笑に変わった。


「そうですね……ネファリアスの仰るとおりかと。滞在期間はそれなりに長いので、問題が起きない限りはある程度の自由を許可します」


「わぁ! ありがとうエリカ! なんだかんだ優しいエリカが僕は大好きだよ!」


「だ……だいっ!?」


 ストレートな勇者イルゼの台詞に、騎士団長様は赤面する。


 もしこのままエリカが生存できたら、もしかするとイルゼのヒロインはエリカになるかもしれないな。


 そんな光景を夢見て、俺はくすりと笑った。


「ね、ネファリアス! 笑わないでください! 給料を減らしますよ!」


「理不尽すぎるでしょ……」


「団長権限です」


「横暴だ」


「でしたらくれぐれも失礼のないようにしてくださいね? 解った?」


「……はい」


 騎士団長様から睨まれて、大人しく俺は彼女の提案を呑んだ。


 上下社会にはいくら実力があろうと敵わない。経験と年齢がものを言う。


「——ネファリアス」


「はいぃっ!」


 底冷えすぎるような声で名前を呼ばれる。


 びくんっと体が震えた。


「いま、何か変なことを考えたかしら?」


「い、いえ! 何も! 騎士団長様ばんざい!」


 ひぃぃっ! この人鋭すぎるだろ!


 表情には出してないはずなのに。


「…………まあいいわ。さっさとノートリアスの中に入るわよ」


「はーい」


 じろりと最後に俺の顔を睨んでから、エリカは馬を走らせる。


 その後ろを、元気よく答えた勇者イルゼが追いかける。


 なんとか説教を免れた俺もまた、二人の背中を追いかけた。その後ろを何人もの団員が続く。


 ノートリアスは目の前だ。




 ▼




「ふんふふーん。ふんふふーん」


 ネファリアスたちがノートリアスに入ろうとしているとき。


 街の中央にある噴水広場にて、ひとりの少女が鼻歌を奏でていた。


 そばには数名の護衛とメイドがいる。そのことに息苦しさを感じることはなく、彼女は空を見上げた。


「なんだかこれから、面白い出会いがあるような気がするわっ」


 それは予感か、なんとなく呟いた戯言か。


 ドレスを着た彼女は、上機嫌に歩き出す。まだ見ぬ何かを求めて……。

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