第91話 vsエリカ

 悪魔を倒して王都に戻る。


 朝早くから外へ出かけたため、往復の時間を合わせても十分に昼頃には街に帰ることができた。


 正門を守る衛兵に身分を証明するものを見せて中に入る。


 特にやりたいこともなかったので、そのまま真っ直ぐ騎士団の宿舎を目指した。




 ▼




 騎士団の宿舎に戻ってくる。


 すると、中庭のほうから賑やかな声が聞こえた。


 そちらに行ってみると、木剣を持った何人かの同僚が、ひとりの女性を囲んでいる光景が見えた。


 そしてその場に集まった全員が、木剣を構えて中央の女性に襲いかかる。


「はああああああ!」


「おらあああああ!」


「うおおおおおお!」


 その数は三人や四人じゃない。少なくとも五人以上は集まっていた。


 しかし、たった一人でその集団に立ち向かうのは、俺と同じくらいの背丈の女性。


 彼女は手にした槍を巧みに操って、周りの騎士たちを蹴散らしていく。


 実に見事な槍術だ。


 槍のリーチの長さをこれでもかと相手に押し付けて圧倒している。


 やがて彼女を囲んでいたすべての騎士が地面に倒れた。


 それを見届けて、俺はゆっくりと中庭に足を踏み入れる。


「……ん? もう帰ったのね、ネファリアス。おかえり」


 俺に気付いた槍の名手こと騎士団長エリカが、笑みを浮かべて手を振る。


 俺も手を振りながら返事を返す。


「ただいま戻りました、団長。……それで、これは一体なにを?」


「見たとおりよ。最近、私ったら事務仕事ばかりで体が鈍っているの。最低限の鍛錬はしているけど、久々に実戦がしたくてね。彼らにその手伝いを」


「驚くほどボコボコにされてるじゃありませんか……可哀想に」


「あら心外だわ。ちゃんと手加減してるのよ? さすがに彼らとのレベル差を考えると、本気で打ち込んだら木製でも殺しかけないし」


「十分に痛いです団長……」


 蹲っていた同僚のひとり、自称イケメンのジークが呻き声をあげた。


「あなたは最近弛んでるから、お仕置きの意味も込めて痛くしたの。それ以外のメンバーはそこまででもないはずよ」


「また何かしたのかジーク……お前も懲りないな」


「酷い言われようだ……」


 反論しないあたり、実際にここ最近なにかやらかしたのだろう。


 コイツには同情しなくていい。


 代わりに近くに倒れていたリナリーに声をかける。


「あ、いたいた。お疲れ様、リナリー。大変だったね」


「ネファリアス……ええ、本当に。たまたま中庭に団長が乗り込んできて、武器を持ってるやつは全員でかかってこいって。……酷い目に遭ったわ」


「ちなみにオクトーは?」


「そこら辺に転がってるわよ。耐久力だけは高いから、ジークと同じでかなり強い一撃をもらったようね」


「あーあ……」


 探してみると本当に地面に転がっていた。オクトーの奴。


 あの一瞬でずいぶんとイケメンになったな。後ろ姿が。


「もっと手加減してあげればいいのに。団長も人が悪い」


「なに言ってるのよ。訓練でもしっかり痛みを与えるからこそ意味があるの。お気楽で刃を交えても人は成長しないわ」


「だからって限度が……」


「たしかにやりすぎた感はあるけど……それより、暇なら私の相手になってくれない? ネファリアスなら全力を出せるわ」


「え?」


 マジで? という顔を作ると、


「マジマジ」


 とエリカ団長がニッコリ微笑む。


 彼女は俺が疲れていないのを察すると、うきうきで離れていく。


 マジでやる気らしい。


 しょうがないな……実は俺も彼女相手にどれくらい通用するか確かめてみたかった。


 模擬戦だからアクティブ系のスキルは使えないが、ステータスだけでも十分に戦えるはずだ。


 インベントリの中から木剣を取り出すと、槍を構えたエリカに向かって切っ先を向ける。


「ああ……わかる。あなた、また強くなったわね? それも相当に。ギフトの力かしら?」


「ええ、まあ。だから痛い目に遭っても恨まないでくださいね? 本気の団長が相手だと、俺も手加減できそうにないんで」


「あはは。言うじゃない。前までは私のほうが強かったのに……ふふ。あなたの成長速度は本当におかしいわ。だからこそ頼もしい」


 ぐぐっとエリカの腰が落ちる。


 足に力を入れていた。


 直感的にそれが彼女の攻撃モーションなのだと理解する。


 俺も腰を沈めた。


 直後、彼女は地面を蹴る。まるで弾丸のようにまっすぐに俺のもとへ肉薄した。


「いくわよ!」


 エリカが槍を振り回す。


 槍は使い手次第でその強さがかなり変わる。


 たとえば、俺が使ってもリーチが長い以上の結果は出せないだろう。


 だが、それも達人のエリカなら話は異なる。


 体全体を使って変則的な攻撃を繰り出してきた。左、右、上、下、斜めと、高速で槍が振り回される。


 動体視力と防御特化の構えで彼女の攻撃を捌いた。


 それにしたって激しい。まるで嵐のごとく。


「まだまだまだぁ! もっともっと速度を上げていくわよ!?」


 その言葉のとおりにどんどん彼女自身の速度が増していく。


 より速く、より重く。

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