第82話 上方修正
これは余談だが、ダンジョン陰の淵のコンセプトは闇だ。
闇にちなんだもの、印象の悪いもの、悪役らしいモンスターが出てくる。
たとえばそれは黒いスライム。
たとえばそれは腐敗したゾンビ。
たとえばそれは小さな悪魔。
どれもこれもが一発で「敵だ!」とわかるような外見をしていた。
しかし、目の前に佇む小さな影は、これまでのモンスターとは一線を画す風体をしている。
明らかに小さい。
道中の雑魚モンスターとほとんど大きさは変わらないだろう。
それでいて、異様なほど不気味。
睨むように、観察するように向けられた黄金色の瞳は、わずかに揺らめいてジッと俺を見つめ続けていた。
あのモンスターの名前は、〝ナイトメア・アビス〟。
あらゆる闇の、恐怖の具現化という存在らしい。
ゲームだと俺が最初にクソ苦戦したモンスターだ。多彩な攻撃パターンに多彩な状態異常をぶち撒けてくる。
特に鬱陶しいのは、ゲームシステム上の視界妨害などを起こす状態異常だ。
ゲームをプレイしていた頃には耐性がなかったら、それでよく死んだ思い出がある。
「けど、いまの俺は強いよ? おまえにとっては一番戦いたくない相手かもな」
にやりと笑って、俺は立っていた崖の上から飛び降りる。
足が地面に着くのと同時に、前方の影が揺らいだ。
ふつふつと闇が飛び出し、量を増やし、悪魔のような姿を現す。
まるで影が浮かび上がったかのような外見だ。漆黒に覆われた体内には、そこかしこに微かな光が見える。
まるで宇宙を内包しているようで綺麗だった。
「ルウウウウウウウウウウウウウ————!!」
キーン、と甲高い声が響く。
おま、声帯あったのか!? 影なのに。
耳を塞いで超音波みたいな叫びを立てる。大気が震え、驚いているあいだにナイトメア・アビスは動き出した。
素早い攻撃に転じる。
足元の影が伸びて、槍のように鋭く俺に迫った。
速度も速ければ殺傷力も高そうだ。
唯一、欠点である面の狭さ。半身になるだけで簡単に避けられる。
だが、
「ははん。リアルだと追尾性能付きか」
避けた矢先に、軌道を変えて戻ってくる。
それも一本だけじゃない。すべての槍が複雑な軌道を描いて俺のもとに殺到した。
これは面倒だな。攻撃速度が速すぎて回避に集中してしまう。
ゲームだと直線上に放たれる遠距離攻撃ってイメージだったのに、リアルになったことで上方修正されてやがる。
しょうがないので、相手の攻撃をかわしながら少しずつ前に出る。走れば一足で相手の懐へ入れる距離まで近付き、そこからグンッ! とナイトメア・アビスに迫った。
「スキル————〝剣撃〟」
わずかに剣が光る。
魔力を消費して、強力な一撃を放った。
俺の剣はナイトメア・アビスの腹部に当たる。そこが腹部なのかどうかは解らないが、顔より下だからまあ腹部だろう。
凄まじい衝撃を受けて、ナイトメア・アビスの体が吹き飛ぶ。
しかし、ナイトメアアビスは影に潜む陰のモンスター。初期地点に固定されているため、あくまで吹き飛ぶのは影から出てきた体のみ。
繋がっている大本の影は動かず、まるでゴムのように弾かれた体が戻ってくる。
そこへさらに剣撃スキルを放った。
対するナイトメア・アビスも、負けじと鋭い腕を振るう。
軌道をやや斜め上にズラし、迫る相手の腕に剣をぶつけて相殺。後ろからやってきた槍をかわしながら距離を離し、遠距離魔法攻撃を放った。
炎がナイトメア・アビスを焼く。
俺のステータス上、INTが恐ろしく低いのであまりダメージはないが、火属性魔法には延焼という追加効果がある。
継続ダメージは基本的に防御力無視の固定ダメージなので、大事なのはこの延焼ダメージだ。
黒い影で作られた肉体に、若干の赤みが混ざる。
それもごくごくわずかな時間だけ。すぐに炎はどこかへ消えた。
「……は? て、てめぇ……延焼を消せるのかよ! ずっこいぞ!」
影の槍をかわしながらたまらず叫ぶ。
ゲームだとそんな特性なかった。リアルになったことでコイツ強化されすぎだろ!
もっと簡単に勝てると思っていたが、どうやら苦戦しそうな空気だった。
「しょうがない……殴って弱らせていくしかねぇか」
やれやれ、と再びナイトメア・アビスの懐へ入る。
ナイトメア・アビスの追尾攻撃は、自分に当たらないように威力と速度が調整されている。
ナイトメア・アビスに近付けば近付くほど、槍の速度が遅くなるのだ。
これは自分に当たらないよう寸止めするための処置だと思われる。
ゆえに、俺はそれを利用してひたすら相手に張り付きながら物理攻撃をお見舞いする。
ナイトメア・アビスは近距離攻撃のほうがダメージは高いが、先ほど剣撃で相殺できていたので、緊急時は簡単に防御できる。
それに慣れている近接戦闘のほうが俺も楽だった。
思考をどんどん加速させ、全力で戦闘にのめり込んでいく——。
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