第25話 王都

 盗賊たちと鉢合わせる、という予期せぬ状況に陥った俺たちアリウム男爵家。


 だが、馬車を囲んだそいつらを俺が叩きのめしたことで、状況は変わる。


 護衛の騎士たちは怪我することなく最悪の展開を避けられ、家族もまた無事だった。


 これがアリウム男爵家に待ち受けていた悲劇だとしたら、俺は事前にそれを防ぐことができたのだ。


 最愛の両親と妹のマリーを救うことができた。


 まだ物語が始まるまでに猶予があるものの、すでにゲームを攻略したかのような気持ちを抱く。


 そして、しばらく馬車が揺れ、途中の町に寄って宿泊すること数日。


 とうとう、俺たちは王都に到着した。




 ▼




 外壁に向かって馬車が走る。正門へ伸びる道には長い列が出来ており、そこに並ぶこと二時間。


 アリウム男爵家の馬車は無事に王都の内側に入ることができた。


 張り詰めていた俺の緊張感も一気に霧散する。


 視界に飛び込んできた煌びやかな景色を眺めて、俺もマリーも感嘆の声を漏らした。


「わぁ……! これが王都ですか! すごく綺麗ですね、お兄様!」


「そうだね、マリー。アリウム男爵領とはぜんぜん違う」


「それはそうだよ。ここは王国の中枢。王族が住む王都だからね。ほら、見てごらん。あのひときわ高い建物が王族の住む王宮だ。今回のパーティーはあそこで行われるんだよ」


 そう言って父が説明してくれる。


 俺もマリーも同時に王城へ視線が伸びていき、その圧倒的なスケールにまたしても感動の声が出る。


「あれが王城……! なんだか今さらながらにドキドキしますね、お兄様」


「うんうん。王城に入ったマリーは、さながらお姫様のごとく、だね」


「そ、そんな! マリーが世界で一番可愛くて美しいお姫様だなんて~~~~!!」


「あはは。マリーに勝てる子はいないよ。たとえ……いや、それは不敬にあたるから言わないお約束だね」


 ぶっちゃけそこまで言ってないが、たしかにマリーは世界で一番かわいい。本物のお姫様だってマリーの前では霞むほどだ。


 けど、そこまで口にするとバレた時がやばい上、両親に怒られるかもしれない。ハッと口を閉じて、その代わりにマリーの耳に口を近づけた。


 ひっそりと囁く。


「でも……本当に、俺にとっての一番はマリーだけだよ」


「~~~~!?」


 マリーの顔が真っ赤に染まる。


 いまにも爆発しそうな顔で口元がへにょへにょになり——。


 きゅ~っ、と馬車の中で倒れる。


「もう……! なにをやってるのよマリー、ネファリアス。これから宿に着くんだから少しは落ち着きなさい!」


「ネファリアスのそういうところは、ぜんぜん私たちに似てないね。あははは」


「笑いごとではありませんよあなた! ネファリアスが将来、女性を誑し込むような男になってしまったらどうするのです!」


「それはそれで凄くないかな?」


「すごくない!」


 父が母にシバかれていた。


 俺はそれを眺めながらも倒れたマリーの看病をする。


 ——心配しなくてもいいよ、お母様。俺はべつに女性が大好きってわけじゃない。


 いずれは自分の人生においてもっとも大切な女性を見つけ、その子と幸せになるだろう。


 もしくは……すべてを背負って孤独に生きるか。


 どちらに転んでもいい覚悟はできている。


 だが、今だけは……。すべてが始まるまでは、マリーのそばに、両親のそばにいさせてほしい。


 気絶したマリーの頭を撫でながら、そう俺は内心で呟いた。




 ▼




 ゆっくりと石畳の上を進む馬車が、しばらく泊まる予定の宿の前に到着する。


 貴族が利用する建物なだけあって結構な広さだ。馬車を降りた俺たちは建物の中に入る。


「お兄様、お兄様」


「なんだい、マリー」


 馬車が宿に着く頃にはすっかり体調も回復したマリーが、笑顔で俺の服を引っ張る。


 俺もまた笑顔で返事を返した。


「王都の観光はできますか? 私、お兄様と一緒に回りたいです」


「もちろんだとも。時間はあると思うよ。パーティーが始まるのも明後日だし、少なくとも明日は一日中暇だね」


「! では一緒に外へ出かけましょう。マリーはお兄様とデートがしたいです!」


「そうだね。せっかく王都に来たんだから観光くらいしないともったいないね」


「はい! お父様もお母様も二人でデートくらいしてくださいね」


「ま、マリー!?」


「気の利く娘だねぇ。ありがとう、マリー。せっかくだからお母さんを連れてデートしてくるよ」


「あ、あなたまで……そんな、冗談を……」


「冗談じゃないよ。それとも私とデートするのは嫌かい?」


「嫌なわけが……!」


 イチャイチャ。イチャイチャ。


 普段は俺らの前で親らしく振る舞う母も、父に迫られては形無しだ。


 息子と娘の前で顔を真っ赤にして俯く。


 そういうところはマリーも遺伝かな? と思いつつ、空気を読んで俺とマリーは自分たちの部屋に向かった。


「ふふ。明日が楽しみです」


「ああ。俺もだよ、マリー」


 ようやく王都に来れたんだ……。


 マリーとデートしながら、ヒロインの情報も少しは集めるか。




 手始めに……あの奴隷の彼女の情報がほしい。

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