俺だけレベルアップする異世界で、悲劇の悪役がすべてを救うまで~クソゲーと言われた世界のシナリオをハッピーエンドへと導け!~

反面教師@6シリーズ書籍化予定!

一章

第1話 転生先は悪役貴族

 瞼を開ける。


 ぼやける視界の先に、見知らぬ光景が広がっていた。


 目に付いたのは、記憶にない純白の天井。


 まるであまがわのごとく、金色の星が控えめにはしから端へと流れていた。


 それをじっくりと一分ほど観察して、俺は呆然としながらも起き上がる。


 すると、前方やや斜めから声が投げられた。女性の声だ。


「……あ、おはようございます、ネファリアス様。今朝は珍しく熟睡なさっていたようですね。ネファリアス様が寝過ごすなんて久しぶりに見ました」


 視線を向けた先、壁際に置かれた花瓶の花を交換しているのは、これまた見慣れぬ格好の女性。


 格好かっこう自体は、テレビや漫画なんかで見たことのあるメイド服だったが、それを含めた相手の情報がまったく出てこない。


 「ふふ」と楽しげに微笑む女性に、しかし俺は当然の疑問を投げた。


「……誰、ですか?」


「——え」


 ピタリ、と女性の動きが止まる。


「ね……ネファリアス、様? ご冗談、ですよね?」


「いや……あなたは俺のことを知ってるようですが、俺にはあなたが誰だがサッパリ……」


「そんなっ!」


 女性が悲鳴を上げる。


 花瓶を棚の上にもどしてから、急いで俺の目のまえにやってきた。


「まさかとは思いますが……ご自身のこともお忘れに?」


「自分のこと?」


「はい! あなた様は、このアリウム男爵家の子息、ネファリアス・テラ・アリウム様です!」


「ネファリアス……テラ……——アリウム!?」


 その名前を聞いて、一瞬だけ俺の脳裏に痛みが走る。そして、彼女が言ってることを


 理解した途端、自分でも自分の顔が真っ青になったことに気付く。


「そ、そんな……。ネファリアス? 俺が? よりにもよって……ネファリアスに、転生したのか!?」


 呻くように呟く。


 メイドの女性は俺の言葉を理解できていないが、そんなことは気にしていられない。


 いまの俺にはもっと考えるべきことがある。




 ——ネファリアス・テラ・アリウム。




 俺の記憶がたしかなら、その名前はキャラクターの名前だ。


 父を失い。母と妹も奴隷にされ、それでも家族を救うために行動し、結局は目のまえで最愛の二人を殺された……悲劇の悪役。


 人間の残虐性に絶望し、並々ならぬ怒りを抱いたネファリアスは、いずれ魔王の側近として主人公たちの前にたち塞がる。


 ——ネファリアスとは、そういうキャラなのだ。


 ゲーム——【クライ.ストレイライフ】のネファリアスは。




「……ネファリアス様? ネファリアス様! しっかりしてください! ひとまず、旦那様にご相談しないと……」


「旦那様? 俺の、ネファリアスの父か?」


 ぼそりとメイドの言葉に反応を示す。メイドが嬉しそうに目を見開いた。


「もしかして……! 旦那様のことは覚えていらっしゃいますか!? アルバート・テラ・アリウム男爵様ですよ!」


「……そうか。そうだよな。ネファリアスが家の中にいるってことは、まだ父も生きてるってことか……」


 理由はわからない。根拠もない。だが、俺は間違いなくプレイしていたゲームの中にいる。それも、本編が始まるまえの時間軸に転生したらしい。


 本編が始まった頃にはすでに、ネファリアスの父親は死んでいるはずだから。


「ごめん。ちょっと変な夢を見て、記憶が混濁してたらしい。ちゃんとぜんぶ思い出せたよ」


「……え? ほ、本当ですか?」


「ああ。その証拠に、母の名前はキャロライン・テラ・アリウムだろ? それと、妹のマリー——……」


 言いかけて、途中で言葉は遮られる。今しがたその名前を言おうとした相手に。


「——お兄様? なにやらメイドが騒いでるようですが、なにかありましたか?」


「マリー! やあやあ、おはよう。今日もマリーは可愛いねぇ」


 そう言うと、俺はベッドから下りる。扉の近くで顔を覗かせる最愛の妹へ近付くと、その柔らかな白い髪を優しく撫でた。


「お、お兄様!? なんですかいきなり……。朝から元気ですね……」


 ぎゅぅっと俺に抱きしめられると、マリーの口から文句が出てくる。


 しかし、兄の背中に手を回して自分も抱きしめてるあたり、マリーはマリーでかなりのブラコンだとわかった。


「ごめんねぇ。マリーがあまりにも可愛いから、思わず抱きしめちゃった。マリーは嫌かい? にい様に抱きしめられて、撫でられるのは」


「……嫌だなんて一言も言ってません。ちょっとビックリしただけです。……ふふ」


 目の前にいるから彼女の笑い声も聞こえる。


 けれど、できる男を演出するために、あえて俺は気付かなかったふりをして彼女の頭を撫で続けた。


 俺の……いや、ネファリアスの妹マリー。


 正確な名前は、マリーゴールド・テラ・アリウム。


 ゲームにはほとんど登場しないモブキャラだが、ネファリアスが主人公に敗れたあとで、ネファリアスの前に幻覚として現れる白髪に青い瞳の少女。


 彼女は、本編の途中で死亡している。ゆえに、最後の最後で一度しか出てこない。


 その一度の登場で、当時、ゲームをプレイしていた俺は、マリーゴールドの容姿に惹かれた。兄を想う純粋な優しさに惚れた。


 ゲーム自体はクソだったよ。掲示板でも、


『【クライ.ストレイライフ】とかいうクソゲーなんなの? あれのシナリオ書いたやつはゴミ。終わってる。採用した製作陣は批判されることに快楽を覚えるマゾ』


 とさんざん叩かれるくらいの作品だった。


 通販サイトのレビューも荒れに荒れ、評価はたったの星二つ。


 やれ、【シナリオが全体的に暗い】。


 やれ、【ヒロインが平然と死ぬ】。


 やれ、【そのくせ難易度が高くなる】。


 やれ、【クリアしてもバッドやんけ!】。


 とボロクソ言われていた。


 まあ、実際に興味が湧いてプレイした俺としても、「あれはないわあ……」と思うくらいには酷かった。


 一応、最後までプレイしたが、エンディングを見てコントローラーをぶん投げた覚えがある。


 しかもネット情報によると、「シナリオを変えろ」という書き込みが大量に製作会社の窓口に送られたとか。


 俺も同じ気持ちだった。


 俺は昔からかるい厨二病に侵されていたタイプで、どちらかと言うと悪役のほうに感情移入してしまう。


 だから、悲劇を背負って最後には妹の願いを思いだし、主人公とともに魔王へ立ち向かい死んだ男——ネファリアス・テラ・アリウムのことが結構すきだった。


 ——好きだったけど、転生するとは思ってなかった。


 正直、自分や家族にこれから起こる悲劇を思うと、すでに精神的に吐きそうなのを必死に我慢してる。


 マリーがいなかったら、間違いなく部屋のなかで嘔吐していた。


「ねぇ、お兄様」


 思考の途中でマリーが声をかける。俺は意識を現実に戻した。


「なあに」


「そろそろダイニングルームに行かないと、お母様もお父様も心配しますよ? それに、さすがに暑いです」


「あはは。ごめんごめん。マリーの顔を見たら、兄様は頑張らないといけないなって思って」


「……? どういう意味ですか?」


「そういう意味だよ」


わかりません」


「それはともかく、急いで着替えるからマリーは先に行っておいで。また後でね」


 そう言ってマリーを見送ってから、いそいそと寝巻きを脱ぐ。


 現代の服とはセンスの異なる私服に袖を通し、俺はある種の覚悟を決めた。


 ——そうだよな。頑張らないといけないよな。俺が頑張らなきゃ、いずれ自分を含めた家族は凄惨せいさんな未来をたどる。


 それを知ってる俺だけが、最悪の未来を変えることができる……かもしれない。


 やる前から日和ひよるなよ。


 この異世界に転生しちゃった時点で、俺にはもう逃げ道はない。


 現実から目を逸らせば、俺まで悲惨な目に遭う。であれば、全力でもがく以外の選択肢はないだろう!?


「もう俺は、画面のまえで歯痒い想いをする傍観者プレイヤーじゃない。自らの手で運命を切り開く——主人公ネファリアスだ!」


 グッと拳を握りしめ、着替えを済ませて部屋を出る。そのとき。


 目の前に、見慣れた画面が表示された。




『システムがリンクしました。個体名:ネファリアス・テラ・アリウムにを与えます』


———————————————————————

あとがき。


新作スタート!

作者も読者様も大好きな異世界&ゲーム&ファンタジーもの!

そこに悪役という隠し(てもない)味を。


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