第3話 オタクとモテ男子じゃ話なんて合いません?
「北条さん落ち着いて。俺も事情を知ったのは、つい最近だから」
「う、うん……」
宥めるように佐野くんが言って、とたんに大声を出したのが恥ずかしくなる。それから改めて話を聞くと、佐野くんも再婚の話をちゃんと聞いたのは夏休みに入ってからで、一学期の間同じクラスに通ってた時は、そんなこと全然知らなかったそうだ。
「だから、俺も北条さんとそんなに変わらないよ」
って言っても、事前に知っていたのと今この場で知ったのじゃ、大きな違いがあると思うけどね。
するとそこで、それまで事態を見守っていた翔子さんが、パンと手を叩く。
「色々話したいこともあるでしょうけど、まずはみんなでご飯にしましょうか。二人とも、何でも好きなもの頼んでね」
こうして、挨拶もそこそこに食事が始まった。
正直に言うと、ご飯があって助かった。だって食べてでもいないと、緊張でどうすればいいか分からなくなるんだもん。
お肉を切り分けながら、チラリと佐野くんに目を向ける。
改めて見ると、女の子にモテるのも十分納得のカッコよさだ。
しかも服装は、ここが高級レストランということに配慮してか、オシャレな紺のスーツ。それがまた、普段の学校では見ることのできない上品な雰囲気を出していた。
こんなの、彼のファンの女の子が見たら、声をあげて大喜びしちゃうよ。
だけど、私がそうとは限らない。
そりゃ、私だって佐野くんはかっこいいと思う。けどかっこよすぎて、なんだか住む世界が違うって思っちゃうの。イケメンもリア充も、オタクにとっては眩しすぎるの。
学校でだって、喋ったことなんてほとんどないんだよ。
そんなだから、もちろん今だって、会話が弾むはずもない。現実から目を背けるように、ひたすら食べる事に集中する。緊張で味なんて分からないけどね。
口数が少ないのは、佐野くんも同じだ。今まで綠に話した事のないクラスメイトと、しかもこんな地味キャラを相手に、どうやって話せばいいかわかんないよね。
けど、無言のまま食べ続ける私達を見て、さすがにまずいと思ったんだろうね。突破、お父さんが佐野君に質問した。
「悠里君は久美と同じクラスだけど、よく話したりはしてるのかい? それに、久美は普段、クラスではどんな感じなんだい?」
なんて事を聞くのでしょうかこの人は。まさか、同じクラスだからみんな仲良し、なんて思ってるんじゃないよね?
自分が翔子さんみたいな美人と仲良くなれたからって、感覚がおかしくなってるよ!
「いえ、その……今日まで喋ったことはなかったです。普段の北条さんは…………北条さんは……」
ほら、佐野君も困ってる。今まで喋った事もないクラスメイトが普段どうしてるかなんて、知ってるわけないでしょ。
なのにお父さんは、性懲りもなくまだ話を続けようとする。
「久美はマンガやゲーム、あと、ラノベっていうんだっけ。そういうのが好きでね。休みの日は一日中そういうのを見てるよ」
「ちょっと、お父さん!」
いきなり何を言ってくれるの!
こんな状況でオタクの生態なんて暴露したら、ドン引きされること間違いないでしょ。そりゃいつかはバレるかもしれないけど、タイミングってものがあるでしょ。
さらに私は、『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』が愛読書っていう、大きな爆弾を抱えてる。それを知られたら、再婚の話なんて一瞬で消し飛びかねないよ!
だけど、そんな私の心の叫びは届かない。それどころか、翔子さんまで乗ってきた。
「そうそう。哲夫さん、何度かそれ話してくれたわよね。悠里もね、そういうの好きだから、話が合うんじゃないかって思ってたの」
いいえ、多分合いません。
そりゃ佐野君だって、マンガやゲームくらい少しはたしなむだろうけど、私が好きなのは少女マンガに乙女ゲームに少女小説。しかも、沼へのハマり方が違う。
って言うかお父さん、今までにも翔子さんにそんな話してたの。娘の趣味を勝手に喋らないでよ。
幸いだったのは、佐野君本人がこの話を長引かせようとしなかったことだ。
「母さん──えっと、北条さん。俺は、その、普通に好きってくらいだから」
「そ、そうなんだ……」
佐野くんがそう言ったことで、この話はここで途切れる。た、助かった。
だけどそのせいで、私達の間には再び沈黙が流れる。ハッキリ言って気まずい。
そう思っていると、翔子さんがこんなことを言い出した。
「二人ともごめんね。今まで喋ったこともないのに、いきなり親を交えて話せって言われても緊張するよね」
「いえ、そんなことは……」
そんなことは、あります。もちろん口にはしないけど。
すると翔子さん、まるで名案が浮かんだみたいに、お父さんに向かってこう言う。
「哲夫さん。私たち、しばらくの間席を外して、二人だけにさせた方がいいんじゃないかしら?」
翔子さん、いま何と!?
「そうだね。僕たちがいると遠慮して言いたいことも言えないだろうし、一度当人達だけで話させてみようか」
いやいや、お父さんまで何言ってるの!
むしろ二人がいてくれなきゃ、それこそどうすればいいのかわからないよ。おまけにその言い方、なんだかお見合いみたいに聞こえるんだけど!?
だけどそんなツッコミを口に出せるはずもなく、勝手に話を決めた親達は、席を立ちレストランの脇にある中庭の方へと連れだって歩いていく。
待って、待って────ああ、行っちゃった。
当然そこに残ったのは、わたしと佐野くんの二人だけになっちゃった。
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