キョーダイになった彼と私の言えないヒミツ

無月兄

第1話 新しい家族?

「なあ、久美。もしも、新しい家族ができるかもしれないって言ったら、どうする?」


 そんなことを言われたのは、私、北条久美が中二の夏休みを迎えてすぐ。アニメを見て少女マンガを読んで乙女ゲームをやるっていう、オタクにとって究極の贅沢をしながら過ごした日のことだった。


 特に、直前に読んでいたラノベは、私にとって最推しの一作。恋愛ものの、とってもキュンキュンするお話で、読んでる間何度もキャーキャー叫びながら、何度も部屋の床を転がり回ってた。


 そんな中、珍しく早く帰ってきたお父さんが私の部屋にやってきて、さっきの言葉を言い放つ。


 当然、すごくビックリしたけど、いつかはこんな時が来るかなって思ってた。


「それって、翔子さんと再婚したいってことだよね」

「ああ。実はその通りなんだ」


 やっぱりね。

 小さい頃、私のお母さんが亡くなって、以来お父さんは、ずっと独り身。だけど今から二年くらい前、仕事で翔子さんって人と知り合って、お互い気が合って、いつの間にか恋人になったんだって。


「いいんじゃないの。私も翔子さんなら賛成だし、その気があるなら再婚しちゃいなよ」

「本当かい!」


 翔子さんなら、気さくだし優しいし、私も好き。強いて難点を挙げるなら、お父さんにはもったいないくらいの美人ってとこかな。


 何より二人が一緒にいると、お互い凄く幸せそう。

 だからいつかこんな話が出てきたら、何て答えるかは、もうとっくに決めていた。


 けどお父さんは、それからもう一度、私に聞く。


「ありがとう。久美が賛成してくれて、とても嬉しい。けど、そう簡単に決めていいことじゃないかもしれないよ。例えば、この家じゃ手狭だから、引っ越すことにだってなる」

「それくらい分かってるよ」

「それに、翔子さんにもお子さんもいる」

「あっ…………」


 そこで私は、ようやく思い出す。


 実は翔子さんも、お父さんと同じように若くしてパートナーを亡くしていて、一人で子どもを育ててる。


 今までそれを忘れていたのは、まだ一度もその子に会ったことがないから。けど二人が再婚して家族になるなら、もちろんその子とも一緒に暮らすことになるよね。


 翔子さんはともかく、その子とはうまくやっていけるかな? そもそも、いったいどんな子だったっけ。

 今まで話に聞いていたことを、一つ一つ思い出してみる。


「確か、男の子だったよね?」

「ああ、そうだよ」

「えっと……もしかして、私と同い年だったりする?」

「そうだよ。久美と同じ、中学二年生。向こうの方が誕生日が早いから、再婚したら久美のお兄さんになるかな」

「そっか──」


 そこまで聞いたところで、私は天を仰ぐ。


 どうしよう。ついさっき再婚に賛成したばっかりだけど、一気に不安になってくる。


 だって、私にとって男子ってのは、ほとんど未知の存在。そりゃ学校に行けば見飽きるくらいいるけど、喋ったことなんてほとんどない。そんな暇があったら、ひたすらラノベに没頭してた。最後に男子と会話をしたのって、いつだっけ?

 乙女ゲームのキャラでいいなら、何人ものイケメンとデートしてるんだけどね。


 そんな私が、同い年の男の子と一緒に暮らす。義理の兄妹になる。未知すぎて、全然イメージできない。


「どうだい? やっぱり、同い年の男の子と一緒に暮らすとなると、難しい?」


 お父さんが、心配そうに訪ねてくる。もしここでわたしが無理って言ったら、多分再婚を断ってくれると思う。

 だけど、本当にそれでいいのかな?


 もちろんどうしても無理なら、お父さんには悪いけど、我慢してもらうかもしれない。だけど、答えを出すのはまだ早いような気がした。


「一度、翔子さんの子供と会わせてくれない。実際に会ってみて、それからしっかり考えてみるから」

「ああ、もちろんだよ。元々、久美さえよければそうするつもりだったからね。」


 そう言うとお父さんは、すぐさま電話を手に取り、翔子さんに連絡し始める。後日四人で会って顔合わせをすることが決まったのは、それからすぐの事だった。


 正直、今のところ不安の方がずっと大きい。だけど、お父さんや翔子さんには幸せになってほしい。

 だからどうか、相手の子をちゃんと受け入れられますように、仲良くなれますように。


 だけど……


 お父さんが出ていった後、改めて、部屋の中を見回す。

 そこにあるのは、マンガにゲームにライトノベルといった、長年かけて集めたオタクグッズの数々。

 もしもお父さんと翔子さんが再婚して、その子供とも一緒にくらすなら、私がオタクってこともすぐにわかっちゃうよね。


 まあ、それはいいの。友達にも、自分がオタクだってことは公言してるからね。

 だけど、この中で一つだけ、どうしても隠さなければならないものがある。それは、お父さんが来る直前まで読んでた、私にとって最推しのラノベ。

 手に取ると、その表紙には、大きくこんなタイトルが書かれていた。


『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』


 ついでに、それに掛けられていた帯には、煽り文としてこう書いてあった。


『兄妹になった彼と私の、ドキドキ同居生活♡』

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