第184話 告解

~織原朔真視点~ 


 病室から抜け出し、ホテルへと向かった。何人かが病衣の僕に目をとどめるが僕は気にせず前に進む。病院からホテルはそんなに遠くなかった。そして僕の職場でもあるホテルに入り、音咲さんの部屋に入った。音咲さんの部屋は綺麗に清掃されていた。僕がここを使うのを前もって予期していたようにも思えた。音咲さんのスマホからエドヴァルドのアカウントに入り、配信の準備をする。


 幸い垢BANはまだされていなかった。


 彼女に迷惑がかからないように、どこで配信をしているのかわからないよう白い壁紙の前でスマホを立て掛け、配信開始ボタンを押そうとする。


 刺された腹部が少しだけ痛んだ。しかしその痛みこそが生きている証なのかもしれない。


 萌のノートを眺める。表紙を意味もなく指でなぞった。


 僕は全てを告白するつもりだ。


 手が震え始める。すると音咲さんのスマホに僕の作ったグッズ、ロザリオのアクキーが取り付けてあったのを目にした。


 震えがおさまった。僕はその手で配信開始をタップする。


 スマホから離れて、所定の位置に腰掛ける。


「…どうも」


 慣れない実写で挨拶をした。それからコメント欄を覗いた。


 〉マ!?

 〉何してんの!?

 〉本物!?

 〉本人じゃん!?


 徐々に同時視聴者数が増えていく。


「どうしても自分の口から皆さんに伝えたいと思い、病院と警察から抜け出して今こうやって配信しております。この配信が終わったら直ぐに自首するつもりです。まず皆さん、ご心配とご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ありませんでした……」


 〉警察は何してんだ!?

 〉バンされんぞ!?

 〉通報しといた


「どこから説明しようかな……まず、僕の生い立ちからお話ししようかと思います。既に調べようと思えば僕の過去を調べられると思いますけど、簡単にお話しします。僕が15歳の時、母が病気で亡くなりました。深い悲しみに暮れた僕ですが勉強をすれば母のことを考えずに済む。その一心で勉強をして、現在通う高校に受かりました。しかし中学卒業間近に父が蒸発して、僕と妹だけで暮らしていかなくてはならなくなりました」 


 〉警察まだか?

 〉辛いよな

 〉警察はよ

 〉地獄だな

 〉父親なにしてんだよ?


「僕は心に不安と父に対する激しい憎悪を抱きました。妹の萌は母に似たのか病弱で、寝たきりになることが多く、妹を看病しながら帰ってこないとわかっている父の帰りを待っていました。しかし本当に帰ってこないと僕が悟った時、憎悪という攻撃的な感情よりも漠然と抱く不安が僕に重くのし掛かってきたんです。未来に怯え、いつも誰かに心臓を握られているような気持ちにおちいりました。妹の咳を聴くだけで、胸が、締め付けられる……その時…その時僕は、全てから逃げ出したくなったんです」


 嗚咽のようなものが内から込み上げてくる。僕はそれを吐き出した。


「家を飛び出しました……母と父の優しさを探して、妹からも解放されたい……しかし結局1日どこかをあてもなくただ歩いただけで、家に戻ってきてしまった。家に帰った僕は、寝ている萌に謝りました。だけど返事が一向に返ってこなかった……妹は、萌は死んで、いました。僕が殺したんです!萌を、見殺しにしてしまった……」


 涙が溢れてきた。認めるのが辛かった。雑に涙を拭い、僕は続ける。続けなければならない。


「僕は結局、あれ程憎んでいた父親と同じことをしてしまった。父もきっと僕らから解放されたくて離れて行ってしまったんだと思う……僕は冷たくなった妹を誰にも気付かれないようにしてアパートの庭に埋めました。そして、妹を見殺しにしてしまった事実を受け止められなかった僕は、それらをなかったことにしようとしました。頭の中で、妹を作り上げ普通の生活を……」


 〉やば……

 〉イマジナリーフレンドか

 〉えぐいな

 〉ただの屑じゃん

 〉話が重すぎる


「Vチューバーを始めたのは妹の理想の兄になりたかったからです」


 僕は燃え盛る家の押し入れから取り出した萌のノートをライブ配信中のスマホのインカメラに見せ付ける。ページを開いて中学生の書きそうな男の子の絵を視聴者に見せた。病弱だった妹の唯一の楽しみである絵だ。


「この中の絵から、妹の理想を散りばめたキャラクターをAIにブラッシュアップしてもらって出来たのが僕の操るエドヴァルド・ブレインの正体です」


 エドヴァルドが描かれたページを視聴者に見せる。ページ中央にエドヴァルドの立ち絵が描かれ、エドヴァルドを囲むように設定や性格なんかが書き込まれていた。


 〉これがエドヴァルド……

 〉辛すぎる

 〉エド……

 〉マジか……


 その時、元々ボロボロだった萌のノートは火事によって更なるダメージを受けていたのもあって、幾つかのページがバラバラになってノートから落ちてしまった。僕はあっ、と力ない声を漏らして床に散らばった数枚のノートを拾い上げて纏めた。スマホを立て掛けた机にトンと軽く打ち付けて整える。


 そのトンと机に打ち付けた行為により、僕の肩に入った力が一気に抜けた。全てを受け入れ、脱け殻のようになった僕は続ける。


「今思うと、僕は妹を見殺しにした罪から目をそらす為にエドヴァルドになったんです。妹の理想とはほど遠い。エドヴァルドなら絶対こんなことはしない……」


 自嘲気味に話すと、コメント欄に目がいった。


 〉ボロボロだな……

 〉俺だったら堪えれない……

 〉エドヴァルドは萌のお兄ちゃんって書いてあんぞ!!

 〉つらいな

 〉エドヴァルドはお兄ちゃんがモデルだって!


「…エドヴァルドはお兄ちゃん……?」


 僕は纏めたノートの一番後ろ、視聴者から見える部分を裏返して見た。記憶にないページだった。確かに萌の字でそれはページの右端に書いてあった。


『エドヴァルドはみんなを助けるエクソシスト、萌のお兄ちゃんみたいに強くて優しい』


 僕は言葉を失った。元々流れていた涙が僕の頬を更にくすぐり、ポタポタとノートに溢れ落ちた。


「…う、嘘だ……エドヴァルドは最初から僕だったのか……ぅっ……僕がエドヴァルドだったのか……ごめん、萌…僕は、理想のお兄ちゃんでいられなかった……」


 〉どうにかならんのか?

 〉この人を救う方法はないんですか?

 〉罪は罪

 〉涙が、


 それでも僕は言葉にする。萌の理想のお兄ちゃんになるために。そして理想の自分になるために。


「…僕の罪は消えない……愚かなことをしたとわかっています。許されない行為をしたこともわかってます。今も警察から逃げるような行為をしていますが、これから自首をするつもりです。しかしどうしても自分の言葉で皆さんに話したかったんです。何も言わずに、もう出ていきたくなかった……僕を、僕を応援してくれた人や一緒に配信をしてくれた方々、本当に申し訳ありませんでした。それと今までありがとうございました。エドヴァルド・ブレインは本日で──」


 ☆10000円 

 〉俺は待ってるぞ。


 スーパーチャットと共に言葉が送られた。僕はスパチャ機能をオフにするのを忘れていたのだ。


「ご、ごめんなさい。スパチャオフにするのを忘れて……」


 ☆20000円

 〉今までよく頑張ったな


「待って……」


 ☆50000円

 〉いつまでも応援しています。


「どうして……」


 ☆10000円

 〉辛すぎるだろ

 ☆1220円

 〉少額ですが、何かの足しにしてください。

 

 次々と送られてくる投げ銭と温かい言葉に僕はまたしても言葉を詰まらせた。込み上げる想いが喉に溜まり、優しく刺激してくる。


 〉応援してます。

 ☆15800円

 〉いつか帰ってきたらまた配信してほしいです

 ☆2000円

 〉エドの民はいつでもあなたの帰りを待ってます


 僕は思いの丈を言った。その言葉は決して正しいとは言えない言葉なのかもしれない。愚痴のような文句にもにた言葉。だけど僕は言った。言いたかった。

 

「お、お前ら……本当にこの世にいんのかよ?会ったことないよ……お前らみたいな人達に……」


 込み上がった想いがまたしても涙となって目から溢れる。先程まで流していた悲しみの涙とそれはとけあった。


「きっと世の中にはさ、もっと辛い想いをしてる人がたくさんいるんだよ…それもお前らの周りに……周りにいるんだよ。どうしてその優しさをネットを隔てた俺なんかに分けちまうんだよ!?どうして周りの人に分けてあげないんだよ……ぅっ……ごめん…折角皆が励ましてくれてるのにこんなこと言っちゃって……」


 ☆5250円

 〉エドだから助けんだよ

 ☆2400円

 〉今まであなたにたくさん貰ってきたから

 ☆58800円

 〉助けを求められないとなかなかこっちから動くのも難しいよな 


「ごめん。もう切る……皆、ありがとう……」


 ☆2220円 

 〉待ってくれ!!

 〉帰ってこいよ!

 ☆12000円

 〉いなくなんないよな? 

 〉待ってるぞ!!

 ☆5250円

 〉いつまでも応援してます!!


 僕は配信開始前とは違った震えで配信を切った。






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 次で最終話です。明日の17時30分頃にあげるつもりです。少し短い話ではありますが、最後までこの物語に付き合って頂けると幸いです。

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