第183話 応援


 〉人気VチューバーがかたりんのLIVEで何故か歌いだし身バレ

  ↓

  そのVの中の人の家が放火される

  ↓

  包丁振り回し事件勃発

  ↓

  Vの中の人刺される

  ↓

  刺された中の人の家に遺体

  ↓

  遺体、死後約1年くらい経ってる

  ↓

  警察、入院してるVの中の人から事情聞きたい←イマココ


 〉中の人=織原朔真

 〉情報量多すぎて

 〉マジでエドヴァルドただの犯罪者じゃん 

 〉1年間妹の死体隠してたってヤバくね?

 〉何か事情があったんじゃない?

 〉事情があっても死体遺棄罪で逮捕

 〉放火して包丁振り回してた奴は別だよな?

 〉ソイツは逮捕されてる


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~音咲華多莉視点~


 学校を抜け出して織原に会いに行こうとしたあの日、織原が目の前で刺されたところを目撃した。頭が真っ白になった。それでも倒れた織原にかけよって、大量に傷口から流れる血を止めながら、何度も呼び掛けた。ちょうど近くにいた救急車──織原の家が燃えた際に現場近くにいた救急車──が直ぐに来て病院へと運ばれた。


 即刻入院となった織原は、この日目を覚ますことはなかった。


 そしてニュースで妹の萌さんの遺体が発見され、亡くなって1年以上経っていることを私は知った。


 そのニュースのせいで、更なる憶測が飛び交った。


 私も不安になる。


 私の知らない織原が姿を現したような、そんな気がした。


 放火と通り魔事件のニュースも、初めはモザイクなしの視聴者によって撮影された事件映像を流していた各局だが、徐々にモザイクをつけていく。


 容疑者の少年は現行犯で逮捕され、放火の容疑もかけられている。名前などは報道されていないがネットには既に顔と名前、高校名、SNSのアカウント等が晒されている。


 私はこの人のことを知っていた。


 私が彼の告白を拒絶し、愚痴を溢したのを織原が注意した。それを恨んで犯行に及んだのかと思ったが、それだけではなかった。SNSや事件映像によって、彼が織原に向かって叫び散らしている内容から犯行動機が判明した。


 私もその一端を担っていることにやり場のない感情を抱いている。


 そして、3年生の先輩に刺された織原朔真、エドヴァルド・ブレインのことについてもまた様々な憶測が飛び交っている。


 織原朔真の中学時代、同じクラスだったという者がSNS上に現れ、ネット民に彼の生い立ちを説明した。


 私の知る情報とほぼ一致している。


 しかし、その人も私も、妹の萌さんが亡くなっていたことを知らなかった。織原は妹さんを殺してしまったのか、それとも何か理由があるのか、多くの人が真実を欲していた。


 私もその1人である。


 当の織原は、意識不明の重体であり警察は意識が戻り次第取り調べを行うようだが、私はいても立ってもいられなくなり、気が付いたら織原の入院する病院へと向かっていた。


 事件が起きた日、私は織原の付き添いで救急車に乗ったのだ。彼がどこの病院でどこの病室に入っているのかを知っている。それにあそこの病院は以前ドラマの撮影に使ったことがあった。看護師さん達のユニフォームも私は持っている。


 病院に着くと、織原の病室の前まで行ってみた。病室の前には警察官と思しき人が1人立っていた。私はそれを確認するとトイレでユニフォームに着替える。首から身分証まで提げて、私はこの病院の看護師になりすました。


 見張りの警察官は、主に私や記者達が勝手に病室に入らないよう警護する為、或いは織原が目を覚まして病室から抜け出さない為にいる。


 しかし見張りは1人だ。


 私は看護師の格好をしながら、警察官の様子をさぐっていると、その警察官はこちらに向かって歩いてくる。


 ──え?もうバレた?


 いや違う、おそらくトイレだ。思いもよらぬチャンスによって私はその警察官とすれ違うようにして織原の病室を目指した。すれ違った警察官はやはりトイレに向かって歩いている。私はそれを確認して、織原の病室の取っ手に触れると声をかけられた。


「ちょっと」


 私は身体をビクリと跳ねさせ驚く。声のする方を祈るようにして見ると、トイレに向かった筈の警察官がいた。


 私は返事をする。


「はい?」


「何をしようとしているんですか?」


「何って、バイタルサインの測定ですけど……」


「あぁ、失礼しました。私はこれからトイレに行きますので、私が戻るまでの間、この場にいて貰っても良いですか?」


「あ、はい」


 私はそう言って、入室した。


 織原と体育館裏で隠れていた時、鐘巻先生に対して私がアドリブをきかせてその場をやり過ごしたことを思い出した。


 織原の力になりたい。


 彼はまだ目を覚ましていないし、会って何になるのかわからない。けれど私は今、彼に会いたかった。


 そんな想いを抱きながら織原のいる病室に私は入る。


─────────────────────


~織原朔真視点~


◇ ◇ ◇ ◇


「お兄ちゃん……」


 萌の声が聞こえた。僕は目を開けて萌を探した。


「萌!!」


 見渡す限り白い霧に埋め尽くされたこの場所で、僕は周囲を見渡す。しかし萌の姿はどこにもなかった。


 またしても萌の声が聞こえる。


「お兄ちゃんは、悪くないんだよ?」 


「…うっ……」


 その言葉を聞いて僕は涙を流した。そして萌に対してずっと謝りたかった想いを口にする。


「ごめん…僕は逃げたんだ……恐くなって……」 


 涙を拭いながら、僕は話すと、萌が姿を現した。


「普通そうしちゃうよ?お兄ちゃんは頑張ったんだよ」


「ごめん…ごめん……萌のお兄ちゃんなのに……こんな不甲斐ないお兄ちゃんで……ごめん……」


 萌は近付いて、僕の情けなく丸まった背中に手を置いて、口を開く。


「不甲斐なくなんかないよ?お兄ちゃんは私の理想のお兄ちゃんだったよ」


「違う!僕は、理想のお兄ちゃんでいられなかった!!だからエドヴァルドになろうとしたんだ!!萌の理想の人に……」


 すると、萌は姿を消した。


 萌のいた場所に、今度は違う人物が現れた。


 エドヴァルドではない、僕自身、織原朔真だ。


 織原朔真は言った。


「お前は人間の不良品だ。今の萌だって、自分の都合の良いような台詞をお前が言わせたに過ぎない」


 そう、これは夢だ。萌にこう言われたいと思った僕の願望だ。


 すると織原朔真は姿を消し、今度はエドヴァルドが現れた。優しさに溢れた表情をしていた。エドヴァルドは口を開く


「とうとう、この日が来たな」


「……」


 僕は返事をしなかった。エドヴァルドは続けて言った。


「お前は現実から逃げた。薙鬼流にも言っていたが、前に逃げたんだ。そしてその逃避先で俺を見付けた。このまま逃げても良いとは思うが、社会が、法が、言語がお前を逃がさない。そしてお前自身、それを受け入れる強さを得た筈だ」


「……」


「それによ、お前も言ってたよな?エドヴァルドならどうするか。もうわかってるだろ?なぁに、俺がいるんだ。また0から一緒にやり直そうぜ?」


◇ ◇ ◇ ◇


 僕は病院のベッドで目を覚ました。腹部に痛みを感じる。口元に吸入器がついていて、腕には点滴の針が刺さっていた。僕は寝たまま辺りを見渡す。


 するとぼやけた視界で看護師さんが覗き込むようにして僕を見ているのがわかった。


 女性の看護師さんは薄目を開けた僕に驚きながら、声をかけてきた。知っている声だった。


「織原!?」


 僕の視界が鮮明になると、彼女が看護師の格好をした音咲さんだとわかった。


 今一番会いたくて、会いたくない人。自分の心が弱っている時、何度も背を押してくれた人。そんな彼女に理想とは程遠い、ズルくて弱い僕を見せたくなかった。


 僕は彼女の名前を呼ぼうとしたが、いつもの癖で躊躇ためらってしまった。しかしもう彼女に僕がエドヴァルドであることがバレていることを思い出し、僕は声を出す。


「お、音咲さん……」


 声を出すと腹部に鋭い痛みが走った。そうだ僕は刺されたんだ。しかしその時のことを思い出すと、音咲さんのことを思い出す。それは何故か、僕が刺されて倒れた時、音咲さんが僕の傍に寄って傷をおさえてくれたのだ。何度も僕の名前も呼んでくれた。


 何故ここに、しかも看護師の格好で僕の前にいるのかわからないが、その時僕の目から涙が溢れた。僕は音咲さんにお礼を言おうとすると、彼女はベッドの側にきてお腹の傷に触れないように僕を優しく抱き締めた。


 僕は大いに戸惑った。先程まで自分の罪を自分で糾弾していたのに。僕は人間の不良品だという烙印を押したのに、それでも音咲さんの体温が、想いが伝わってきて、僕はそれに身を委ねざるを得なかった。それだけ優しさに溢れた彼女の抱擁。言葉にできなくて様々な誤解を招いてきた僕だが、こういった想いの伝え方もあるのかとも思った。僕も点滴が刺さった腕を持ち上げて彼女を抱き締め返した。僕の想いを乗せながら。


 すると音咲さんは呟いた。


「良かった…織原、エドヴァルド様……」


 僕も呟いた。


「ありがとう…音咲さん、ララさん……」


 その時、病室に向かってくる誰かの足音が聞こえてきた。音咲さんと僕はお互い名残惜しくも離れ、音咲さんは小声で僕のおかれた状況を説明した。


 彼女の説明を聞いた僕は、全てが世間にバレてしまったのかと悟る。僕が年齢を偽りながらエドヴァルドとして配信をしていたことを、萌が死んでいたことを。


 僕は音咲さんに再度お礼を言った。


「ありがとう……こんな状況でも僕の為に……」


 音咲さんが口を開く。


「私は、誰が何と言おうとあなたを信じる。何か事情があったんでしょ?」


 僕はその問いに首を横にも縦にも振らなかった。音咲さんは続けて言う。


「これからどうする?」


 僕は考えた。


「警察に全て話す。話したい……」


 しかし僕の中で、順番としてはリスナーに向けて全てを告白したかった。全てを失った僕には、法よりもまずリスナーに向けて誠意を示すことを優先したかった。何も言わずにいなくなった父さん、何も言わずに出ていった僕。もしかしたら僕のリスナーには僕を信じていつまでも待っている人がいるかもしれない。何の言葉も残さずにチャンネルから去っていくことなど僕には出来なかった。


「でもまずは、リスナーに、エドの民に向けて全部説明したい、かな……これからのことも……」


 気付いたら胸の内を音咲さんに吐露していた。すると音咲さんは自身のスマホを僕に渡して口を開く。


「じゃあ、はい。これで配信しなよ」


「いや、ここでしたら直ぐに止められちゃう……」

  

 僕は病室の扉に視線を向けた。


「じゃあここから抜け出して、配信したら?はい。これ私の部屋の鍵」


「いやいや!そんなことしたら音咲さんも捕まっちゃうよ!?」


「あなたが命を賭けて私の為にお父さんを引き止めてくれたんじゃない?私もあなたの為ならそのくらいするわよ。あ!でもこれは交換条件とか、そういうのじゃないから!あなたの恩を返したいっていうのもそうだけど……そ、それだけじゃなくて…もっと特別な……えっとその……」


 音咲さんが何を言おうとしているのか僕は察した。だけど僕は、音咲さんの隣にいる資格なんてない。


「待って!それは、その先は僕が何をしたのか、全て聞いてからにし──」


「好きよ」


「えぇ……」


 なんて強引な告白なんだ。


「あなたが過去に何をしたのか……それを抱えながら前へ突っ走っても良いし、それを受け入れて新しい自分になっても良い、私みたいにそれと共存したって良い。きっとどんな答えを出しても全部が正しいと思うの。だから行ってらっしゃい。あなたの出した答えなら、なんでも応援する。どんなことが起きてもあなたの帰りを、私待ってるから」 


 帰りを待つ。その言葉が僕の心を優しく温かく刺激する。僕は涙をこぼしながらもう一度音咲さんにお礼を言った。


「バイタルサインは正常、少しお腹が痛むと思うけど、頑張って」


 音咲さんはそう言って、僕にクルミのお菓子を渡してきた。栄養補給。僕はそれを受け取り微笑む。


 そして彼女は先に外に出て、見張りの警察官をここから引き離す。そして僕は、病室にあったボロボロの萌のノートを持ってここから出た。

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