第153話 レッツゴー

~織原朔真視点~


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 ボロボロの僕は今、1人の女性と相対している。その女性は髪の毛を2つのお団子にまとめて、それぞれにシニヨンキャップという白い被せモノをつけている。水色のチャイナドレスに身を包み、右足を軸に左足を上げ、一定のリズムを身体に刻んでいる。上げられた左足の爪先は僕を捉えており、まるでナイフの切先を向けられているような感覚がした。


 既に幾度も彼女から蹴りを入れられ、あと一発でもダメージを受ければ、力尽きてしまう。


 すると次の瞬間、彼女の足が目映く光ったかと思えば、僕との距離は一気に詰められ、篠突く雨のような蹴りが飛ぶ。


 僕は彼女の蹴りに合わせてガードをした。


「ジャスガ!!」


 ジャスガ、通称ジャストガードは、こちらに攻撃が入る直前にガードをすることである。普通のガードでもダメージが少量入る為、ジャストガードでなければ僕は死んでしまう。彼女の7回連続蹴りを何とか7回ジャストガードできたが、彼女の技はまだ終わりではない。


 第二波が押し寄せる。


 またしても、同じ7連続蹴りを僕に放ってきた。僕はその攻撃もなんとかジャストガードすることに成功した。


 そして彼女の最後の攻撃。


 左足を下段から上段、僕の顎に向かって蹴り上げる。僕はジャンプして彼女の最後の蹴りを空中でジャストガードしようとしたが……


『K.O』


 最後の一撃を僕はジャスガ出来ずに、僕の使っていたキャラクターはダウンする。


「はぁ~!!?マジかぁぁぁ!!!」


 〉おしぃ!!

 〉もうちょい

 〉これを本番でやった竹原は神

 〉惜しい


 僕は現在、ストーリー・ファイターⅢの耐久配信を行っている。既にコメント欄に名前も出ているが、竹原章吾たけはらしょうごが成した奇跡のようなプレイを僕は再現しようとしている。


 竹原章吾。


 彼はまだプロゲーマーなんて名称がない時代に名を馳せた人物だ。世界的大人気の格闘ゲーム『ストーリー・ファイターⅢ』の世界大会で竹原さんのとある1戦が今でも語り継がれている。


 ライフポイントが残りわずか、攻撃はおろかあと1回でもガードをすれば負けてしまう状況で彼は、合計15回の連続攻撃をダメージ0のジャストガードでしのぎ、さらにそこからコンボを繋げてその戦いを征したのだ。


 前述したようにジャストガードとは、相手の攻撃が入る瞬間にボタンを入力するため、非常にシビアなタイミングが求められる。秒数にして0.02秒だ。それを合計15回、寸分のズレもなくボタンを入力しなければならない。しかし僕がやっているのは、ただのトライアルモードなので、竹原さんがやった背水の逆転劇との難易度と比べると雲泥の差がある。

 

 トライアルモードというのは、課題のようなもので、条件をクリアしないと次のステージに進むことのできないモードのことだ。その最終ステージが竹原さんのやったジャスガとコンボを決める課題だ。つまり、相手が何をしてくるのかわかっている状況で指定されたコマンドをタイミングよく入力していく。竹原さんの場合は対戦相手が何をしてくるのかわからない状況で、相手の行動を読まなければならない。


 実際15回の連続攻撃、ユン・リーと呼ばれるキャラの必殺技が出るタイミングを読まなければ最初の一撃をジャストガードすることなどできない。光るエフェクトがあるから簡単に思われるが、光った瞬間には既にボタン入力をしていなければ間に合わないのだ。僕は最初の一撃をジャストガードするのに3時間ほどを費やしている。これを読み合いの中で成功させた竹原さんは怪物としか思えない。


 〉もう諦めよ

 〉無理じゃね?

 〉レッツゴーザスティ~ン

 〉ムズすぎ

 

「レッツゴーザスティ~ンじゃねぇよ!今の俺にザスティンはタイムリーすぎる」


 ここでいうザスティンは、僕の歌枠をバズらせたザスティン・マーランのことではなく、ザスティン・イェンのことだ。彼は竹原さんに逆転されたユン・リー使いのことで『レッツゴーザスティ~ン』は、彼の応援をした観客の言葉だ。その言葉の直後にザスティン・イェンは必殺技を放ち、竹原さんに見事15回のジャストガードを決められることとなったのだ。


「てかさぁ、もう夏も終わっちゃったよね」


 〉早いよねぇ

 〉今年もあと3ヶ月ちょいで終わる。

 〉食欲の秋


「食欲の秋ねぇ、あと何の秋があるんだっけ?」


 僕はジャストガードしながらコメントを拾う。


 〉スポーツの秋

 〉スポーツ

 〉読書の秋

 〉八代亜紀

 〉芸術の秋

 〉あき竹城


「八代亜紀さんはスルーしてと……あぁ、スポーツの秋と読書の秋、あと芸術の秋ね」


 〉ほしのあき

 〉エドは何の秋が好き?

 〉そろそろ文化祭の季節

 〉ホラン千秋……


 文化祭の文字が見えた。僕はリアルとあまり関係のない話題を展開することを心掛けているが、もう配信して5時間だ。潜在的に気になるコメントを僕は拾ってしまう。


「あぁ、文化祭ね。みんなはどんな思い出ある?俺は、裏方というか装飾とかやってたかな」


 もう何年も前の学生時代を思い出すかのように話す。実際は1年前、僕が高1の時にやっているはずなのだが、ウイルスが世界的に蔓延したせいで中止になったのだ。


 〉焼きそば売ってた

 〉モノマネ披露してるやついたな

 〉劇やった

 〉流行り病のせいで中止になった


「中止になった人もいるよね?今年はいけるんじゃない?」


 〉今年やります!

 〉修学旅行もなくなったりしたんよな

 〉可哀想だよね

 〉たこ焼き売ってた


「あ、やっぱり今年やる人いるみ──」


 7連続ジャスガを成功させ、残る7連続攻撃もジャスガに成功した僕は、話を中断して集中する。


 ジャンプをしてユン・リーの蹴り上げる攻撃もジャスガすることができた。


「っよし!!」


 空中から下降していく時に蹴りを入れ、着地したと同時にしゃがみながら蹴りを繰り出す。そして僕の使うキャラクターの必殺技を出して、トライアルモードの課題をクリアした。


「っしゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 〉おおおおおおおおお!!!!

 〉うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!

 〉いけぇ~!!!!

 〉アンビリーバボー

 〉わあぁぁぁぁぁぁ!!!


 視聴者達の熱量と僕の興奮がシンクロした。共に喜びを分かち合うことができた気がした。視聴者の大量コメントと共にスパチャも大量に投げられた。


 配信をして6時間。深夜3時を回っていた。僕は息を整えてから喋る。


「これができたのも視聴者みんなのおかげです!本当にありがとうございます!!もう夜も遅いのでスパチャ読みはまた別日に設けようと思います。え~、良かったらチャンネル登録、高評価、コメントをしていただけたら大変励みになりますので宜しくお願いします」


 〉まだスパチャ投げさせろ!!

 〉おつエド

 〉は~い 

 〉乙エド


 僕は配信を切った。ゲーミングチェアの背もたれに体重をかける。…っう!と呻くような声を漏らしながら、耐久配信の疲れを吐き出した。僕はスマホのSNSを開いて、配信を終えた感想などを簡単に書き込んだ。その瞬間いいね等の反応がたくさんあった。DMも幾つか届いている。普段はDM等の返信はしないのだが、この日届いたDMの中に知っている人物がいた為、僕はそのDMを開く。


 そのDMの送り主は天久カミカさんだ。


『お疲れ様、配信見てたよぉ~。いきなりでゴメンだけど文化祭……エド君の高校もするんだよね?』


 カミカさんとは、ディスティニーシーでリアルにあったことがある。僕の年齢を知っている数少ない人物の内の1人だ。何か嫌な予感がした。


『しますけど……どうかしたんですか?』


 僕はDMに返信した。するとすぐに返信がきた。


『行ってみたいなぁ』


 予感は的中する。







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 リアルでもブックマーク、評価、コメントをしていただけると大変嬉しいです!!コメントの返信がなかなかできなくて申し訳ありません、何を書いてもネタバレになりそうなので……。また物語の小ネタ等は近況ノートに記載しておりますので、そちらも是非覗いてみてください。

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