第61話 イブラハム

~一ノ瀬愛美視点~


 オープニングゲームが終わり、私達のチーム、キアロスクーロは全体で6位となった。私のキルポイント3が追加されて6位だ。次の結果次第ではまだまだ優勝を目指せる位置である。私自身初めての大会ではあるが、あまり緊張せずに実力を出せたのではないかと思っている。


 しかし、織原君ことエドヴァルドさんと鶴見

さんこと薙鬼流さんは緊張のせいかいつもより動きが固い気がしていた。


 緊張をほぐすにはどうすべきか。訓練場で射撃の練習をしたらいいのか?それとも会話で本番の空気を誤魔化すのがいいのか?いや違う。本番で緊張をほぐすように立ち回れば良いのだ。


 では具体的にどうすれば良い?


 それは最終安地を予測して、有利なポジションから敵に弾を当てる、だ。学校の試験でも問題を解いていくに従って緊張はとかれるもの。その緊張をとくために自分の解けそうな問題から着手する方法もある。実際は、オープニングゲームで同じことをやろうとしていたのだが、今回のセカンドゲームではそれよりも早い速度でやることを意識しよう。


 ──そのためには……


「私、今回キャラ変えますね」


『何にするつもりですか?』


「ブラバ使います」


 ブラッディバウリングというキャラのアビリティの1つには前方にスキャンを入れ、遮蔽物や建物内にいる敵や罠等の位置を視認することができる。これでオープニングゲームのようにもたつかないで目的の所まで行ける。そして、このキャラはステージ内にランダムで置かれる特殊なビーコンを作動することができる数少ないキャラクターだ。そのビーコンを使えば、次の安地を予測できる。他のチームよりも一足早く有利なポジションを予測でき、そこを取れる。


 セカンドゲームのカウントダウンが始まり、それに合わせて心地の良い鼓動が私をたぎらせた。


 3


『うわぁ!はじまるぅ!』

 

 2


「リラックスしていきましょう!」

 

 1


『がんばります!!』


 0


 画面はステージ上空。プレイヤー達の乗る飛行機、通称シップの航路と特殊ビーコンの位置を確認した私は即座に仲間達を率いて降りる決断を下す。


 目指すはステージ北西の『スカイタワー』。オープニングゲームで2人が殺られたランドマーク目指して、空中を滑空していく。同じランドマークを目指している敵チームは見当たらない。


 私達3人は空中で手前、真ん中、奥といった陣形をとり、それぞれが少し離れたところに着地を決める。アイテムを満遍なく収集する為だ。


 しかし私はアイテムを拾わずにこのランドマークの名称ともなっているスカイタワーを囲むようにして建っている5階建ての建物の屋上に着地した。 


 そこに置いてある砂漠に生えるサボテンのような形をしたビーコンに触れ、ラウンド2の安地を確認した。


「え?」

『おっ』

『やった!』


 その情報は私含めたチームメンバー全員に知らされる。三者三様のリアクション。エドヴァルドさんは安堵し、薙鬼流さんは素直に喜んだ。しかし私は困惑していた。せっかく次のラウンドの安地を予測できるキャラクターにしたというのに、ラウンド2の安地が現在私達のいるここ『スカイタワー』を示しているからだ。


『ぇ、どうします?』


 エドヴァルドさんが私に意見を求めてきた。


「…ラウンド1の白円次第……ですかね?」


 アーペックスの安地はラウンド1、ラウンド2、ラウンド3と円状の安地が徐々に小さくなっていく仕様だ。つまり、ラウンド1の円の中にそれよりも小さいラウンド2の円が描かれ、ラウンド2の円の中にそれよりも小さいラウンド3の円が描かれるのだ。一見ランダムに決められていそうな安地だが、ラウンド1に描かれた円とラウンド2の円がどこに描かれるかでラウンド3の円状の安地がどこになるのか予測ができるようになっている。


 例えば、ラウンド1の安地の中にラウンド2の安地が円の中の東側に描かれれば、丸太の木目のようにラウンド3の安地もラウンド2の安地内の東側に描かれる傾向があるのだ。


 現在、私のマップの中にはラウンド2の安地が描かれている。つまりこれからラウンド1の安地がどう描かれるかによって次の行動が決まっていく。


『ラウンド1、リングのカウントダウンが始動』


 ゲーム内に流れる機械的なアナウンスを合図に私は、マップを開く。大きく白い円、ラウンド1の安地が描かれ、その白円の北西にビーコンを作動させてわかったラウンド2の円が位置している。以上のことからラウンド3の安地、及び最終安地は……


「ここです」


 私はマップにピンを刺して、最終安地を割り出した。そこは現在私のいる建物の側にある岩付近だ。アーペックスの運営がゲームを面白いモノにしようとしている意図を考えると、更地が最終安地になる可能性は低い。常に岩や建物等の遮蔽物があることを念頭にいれる。


「ここしかありません。いや、ここって書いてありました」


『未来見てきたんか!』


 エドヴァルドさんのツッコミにケラケラと笑う薙鬼流さん。私達は、アイテム回収をしながら目的の岩付近にあるバスの中に入った。最終安地だと思われる岩から見て北西にある。因みに岩から見て北東、私達のいるバスから見て真東には二階建ての家屋がある。


「ちょっと物資が物足りないので取りに行ってきます」


 私のキャラクターのアビリティ、スキャンを念のため入れて、家屋に誰もいないことを見てとり、移動する。


 重厚な扉を開き、室内に入室する。中には体力回復薬であるエイドと青色防具、それと軽量武器の弾と重量武器の弾が幾つかあった。それと、


「501ありますね」  


 501とはアサルトライフルの中でも一秒間に与えるダメージ量(DPS)が高いだけでなく、銃を撃った時の反動(リコイル)の制御が比較的簡単なアーペックスでは人気の武器だ。 


 私はバスの中に収集したアイテムと武器を持ち帰り、私はバスの東から南東にかけて、薙鬼流さんは南西、エドヴァルドさんは西から北西にかけて索敵をしながら、2人に話し掛ける。


「さっきのゲーム引きずってます?」


 我ながらきわどい質問をしたと思う。しかし、これは重要な問答だ。私は2人に問いかけるとエドヴァルドさんが初めに答えた。


『完全に引きずってないって言うのは嘘ですけど、気にしないようにしています』


『わ、私も……』


 薙鬼流さんが後に続いた。2人とも含みのある言い方であった。


「メンタルコントロールはとても重要です。プロゲーマーの中ではメンタルコーチをつけて積極的にメンタルトレーニングをしている人もいます。勿論、プロゲーマーだけでなくフィジカルスポーツの選手達もそれに含まれています。それは何故だかわかりますか?」


『パフォーマンスが落ちない為なんじゃないんですか?』


「その通りです!つまり、その人の持つ実力が100だとした場合、その内の65しか出せなかったら、相手に負けてしまうのです!」 


 私の言葉に薙鬼流さんが遠慮しがちに反応した。


『それって普通のことなんじゃ……』


「ならば私達に当て嵌めてみましょう。お二人も65の実力しか出せなかった場合、1位は取れないですよね?」


 2人はそれぞれ肯定の返事をする。


「では3位ならどうですか?」


 2人は黙り、少ししてから口を開く。


『3位も……』

『厳しいんじゃ……』


「それなら実力65ではなく、75ならどうですか?」


『あ~そのくらいなら、運が良ければ……』


 とエドヴァルドさんが自信なさげに発言する。


「ということは、100に戻す必要はないということです。つまり10戻せば3位を取れます」


『え?でも3位で良いんですか?』


 というエドヴァルドさんの発言に、うんうんと薙鬼流さんが相槌を打つ。


「例えばフィジカルスポーツのトーナメント戦では敗けが許されませんね?それに1対1の格闘技なんかも敗けたら終わりですよね?しかし歴史上無敗で引退したスポーツ選手はフロイド・メイウェザーとかロッキー・マルシアノとか他10人くらいしかいません。W杯も二連覇した国は過去にイタリアとブラジルしかありません。何が言いたいかと言うと、勝ち続けるなんてほぼ不可能ということです。高校や大学の入試も同じです。100点を取らなくても合格ラインに達せればそれで良いのと同義です」


『で、でも勝とうとしたり100点を取ろうとする気概が大事なんじゃ……』


「そのせいでプレッシャーがかかったり、たった2点の為に膨大な時間をかけてテストに出にくいところを勉強してしまい、適切な範囲での点を落としてしまっては本末転倒です。ことゲームの大会に関しては、BO5やBO3が圧倒的に多い。また勝ち負け等、白黒つける勝負ではなく今回のFPS、グラウンドカートにおけるチーム戦では平均的に高い順位をとることが重要です。1位を目指して確率の低い賭けに出る必要はありません。例えば、この大会で1位を1回獲ったとしても残りの試合が15位、8位となった場合、3試合とも4位だったチームよりも低い順位となってしまいます」


『2位じゃダメなんですか理論を肯定する感じですね』


 一昔前の政治家の言葉、今やネットミームのような言葉を引用してエドヴァルドさんが呟いた。


「そうですね。1位を狙える才能のある人だけが狙えば良いのかもしれません」


『でもそれだと、あんまり夢がないような……』


 次に薙鬼流さんが呟く。確かにそうだ。私達はまだ10代、自分が何かを成し遂げたいという野望が少なからずあったりする。


「そうですね…政治家繋がりで質問します。お二人はエイブラハム・リンカーンをご存知ですか?」


『はい』

『……』


「アメリカの第16代大統領です。奴隷解放の父と呼ばれ、史上最高の大統領と称されております。しかしリンカーンは大統領になる前に数々の失敗を繰り返しております。小売店の店主としてビジネスで失敗し、農場主としても失敗しました。7回の落選を経験してようやく史上最高の大統領となったのです」


 細かく言えば、州議会議長選挙であったり、大統領選挙人選挙であったり色々な選挙に出ているが、ここでは落選したことを強調している。


「また幼い頃に母親も亡くなっていたり、神経症を患ったりと苦難の絶えない生活をしていました。何が言いたいのかというと、ここで重要なことは、失敗を恐れず挑戦し続けることが何よりも大切であるということです」


『えっ……でもさっき1位を狙って確率の低い賭けに出る必要はないって……すみません。それって挑戦とは違うんですか?』


「フフフ、確かに挑戦ではあります。しかしそんな大それた目標を掲げて、失敗した人が何度も同じモチベーションで挑戦できると思いますか?中にはそういう人もいます。モチベーションが下がるなんて言ってる暇があればその間に少しでも練習するべきだって声高に叫ぶ人もいます。だけどそれは一部の才能のある人だけです。私とかはいちいちモチベーションを上げて、整えないとできないんです。100%出し切ろうとは言いません。ここは私に騙されたつもりで、さっきの試合よりも10%いや5%で良いのでお二人の実力を引き出すことを目標にしましょう。そのくらいならいける気がしません?」


『…ま、まぁ頑張ってみます』

『…はい……』


「お二人なら必ずできますよ!だってVチューバーとして何度も配信してるじゃないですか?その配信の数は挑戦の数と同じなんですから!!」


 そう。私も挑戦しなければいけない。今回の大会に出たのもそうだ。その挑戦を繰り返せばきっと、私が先送りにしている問題にも挑める筈だ。エドヴァルドさん、薙鬼流さん、2人のVチューバー活動の影響を私は多大に受けている。


 そんな2人の力になりたい。そう意気込んだその時、私の索敵範囲である南東から敵の姿が見えた。

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