第60話 毛布の中で

~音咲華多莉視点~


 暗い部屋をオレンジ色の間接照明が優しくベッドサイドを照らす。私はベッドの上で横になり、踞るようにしてエドヴァルド様の配信を応援しながら観戦していた。この宿泊施設にもフリーWi-Fiが飛んでいるみたいだが、アーペックスの配信を見るならば高画質でないと何が行われているのかわからなくなるので、持ってきたモバイルルーターを使って観戦している。


 エドヴァルド様はいつもの配信よりも少し緊張した面持ちだった。そして早々にキルされてしまった。反省の弁を述べて、同じチームメイトであるシロナガックスという配信者のプレイ画面へと移行された。しかしそのシロナガックスも殺られてしまい、画面は残る敵チームのプレイ画面へと移り変わる。


『やっぱりルブタンさんと新界さんが残りましたね』 


『あとはカミオさんのチームで3チームですか?』


 エドヴァルド様の良い声が私の鼓膜を刺激する。


「~~ッ!!」


 毎回こんな感じだ。これを誰かに見られたらと思うと気が気でない。私は自分の部屋をもう一度見渡す。まだ誰も帰ってきていない。美優も茉優もこの林間学校の夜を満喫しようと他の部屋に行っているのだ。


 ──つい配信に夢中になって、誰かが帰ってきたことに気付かなければ……


 そんなことを考えては耳を赤くしている。私のライブ用のイヤーモニター、通称イヤモニをイヤホンの代わりに使用しているため、他の音が一切聞こえてこない。その代わりエドヴァルド様の声がはっきりと聞こえる。緊迫した時の声、焦って指示を出す声、逆に指示を出されて了承する声、敵に殺られた時の声でさえ私に生きる活力を与えてくれる。欲を言うと、大会に勝って喜ぶ声が聞きたい。もしそれが聞けたならそれを画面スクショで永久保存するつもりだ。


 それにしても今日のエドヴァルド様の声がいつもと少し違う、大会で緊張をしているからとかそういうことではなく、もしかしてマイクを変えたとか?いや、配信する部屋の間取りを変えたのかな?


『おおおっ!!新界さんうま!!』


 エドヴァルド様の感嘆の声が聞こえ、驚きの表情をした。


『この人と同じ大会に出てるんですね私』


 薙鬼流ひなみという鬼をモチーフにしたVチューバーが呟く。


『そうですよ!私達も負けないように頑張りましょう!!』


 シロナガックスがエドヴァルド様達を鼓舞する。この人はただのロゴマークだけがエドヴァルド様達と並ぶように画面に写っていた。


 最初のゲームに勝ったのは新界さんという人が所属するチームに決まったようだ。


 エドヴァルド様の配信枠にも拘わらずコメント欄にはチャンピオンを獲ったチームに称賛の声が溢れる。


 何かの大会に出るなんて経験は、私にはなかった。町グループで運動会みたいなイベントだったり、テレビ番組のクイズ大会には出たことがあるが、その場の勝敗というのを意識したことがない。


 ドラマの視聴率争いであったり、CDの売上ランキング、映画の興業収入ランキング、写真集の売上ランキング、それらのランキングが一種の大会になぞらえることも出来なくはない。様々な部門で1位を獲ってきたが、それらは私1人の力で成したものではない。有能な監督に脚本家、作曲家にプロデューサー、カメラマンの力があって得られたモノだ。


 ──待てよ?センター争いは?あれはファンの投票で決まる一種の大会のようなものなんじゃ……


 いや、あれは露出度が増えれば増える程、有利になる。やはり自分1人の実力ではない。


 人はすれ違う人には興味を抱かないが、毎日同じ人とすれ違えば何かしらの興味を抱くようになる。テレビによく出ているから、動画のお勧め機能でよく出てくるから、といった簡単な理由でその人のことが気になってしまうものだ。例えそれが犯罪行為で世に知られる形となってもだ。犯罪とまではいかなくとも、わざと不謹慎なことや不適切なことをしてテレビや動画投稿サイト、SNSの顔となれば選挙にだって受かってしまう。所謂炎上商法、私の所属するグループとは違うアイドルにも、過去に男性関係をわざと週刊誌にバラして露出度を増やし、そこから這い上がる演出をしてセンターを勝ち取った人がいた。テレビにたくさん出ている私は他のメンバーよりも有利なのだ。


 だとしたら、誰かと競った経験など私にはない。小学生や中学生の時の運動会ぐらいか?私はぼ~っとしながら、慣れないベッドの上で考えた。旅先やロケ地等ではいつもと違うことがふと頭に浮かんでくるものだ。


 私は大会には出たことはないが、敗北感なら常に味わっている。それはお父さんの存在だ。


 お父さんはおじいちゃんから引き継いだホテル経営を更に発展させて今の地位を築いた。大金持ちにしてスポーツや芸術家、研究者に対しての支援等を行っている。


 私がまだ小さい時、お父さんとお父さんの支援によって功績を残した人との会合に居合わせたことがあった。その時のお父さんの喜びようを見て、私は初めて敗北感を味わったのだ。見たことないお父さんの笑顔。聞いたこともないお父さんの笑い声。お父さんの娘である私が、お父さんを喜ばすことができない。私は打ちひしがれた。


 これは単なる嫉妬からくる敗北感だ。当時の私は、有名になればお父さんは私を認めてくれると思い、アイドルの道を志した。しかし単に有名になってもお父さんは認めてくれない。それがわかったのが、映画出演という大きな仕事が入ってきたことによって発覚する。


 お父さんは、自分の支援した人達に向けるような眼差しを私には送らなかった。しかし当時の私はめげなかった。自分の出た映画のDVDをお父さんの部屋にさりげなく置いた。私は主役ではなかったが、演技が評価された作品だ。少し日が経ってから再びお父さんの部屋に入り込むと、私の置いたDVDのケースの上にその中身、ディスクが置かれていた。つまり、お父さんがこのDVDを観たということだ。私は無性に嬉しくなったが、背後から近付いてくるお父さんに気が付いて、勝手に部屋に入ったことを謝罪する。そして、DVDの感想を聞こうとしたが、お父さんはそのDVDを私に突き返しながらこう言った。


 一体、何の真似だ?


 時が止まった気がした。そして羞恥心が芽生え私の心に根をはり、涙が込み上げた。突き返されたDVDを抱えながら、私はその場から離れた。いや、逃げたと言った方が良い。


 逃げて、逃げて、逃げて、ベッドにうずくまった。この世から私を隠すように毛布をかけ、中にくるまる。


 そのベッドの中で、私はエドヴァルド様に出会ったのだ。


『さぁ、気を取り直して2試合目!行きますかぁ!!』


 彼の声が私の鼓膜を刺激する。


 頑張ってほしい。私は彼のいつもの配信と同じようにして彼を応援した。

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