第58話 広告代理店
~伊手野エミル視点~
私、
前世では大学を卒業後、憧れていた広告代理店に就職をする。1年目は刺激的な毎日を過ごしていた。覚える業務や工程、先輩達やクライアントとの交流、競合他社と行うコンペティション等に胸を踊らせていた。しかし2年目、3年目と過ぎた辺りで気が付いた。同僚も先輩もクライアントも皆、クリエイティブな仕事・斬新なアイディアなんかよりも過去、或いは競合他社と同じような広告を造り出すことを目標とし、そして依頼される。
いくらこっちが企画、提案しても苦笑いで受け流され、こっちも愛想笑いで冗談だと受け返した。
そんな仕事内容に対しての鬱憤が溜まる一方で、当たり前のような残業に、当たり前のような土日出勤。男性上司から充血した目で出勤して来るなと指摘され、女子力がどうとかいじられて笑い者にされた。
やがて感情が欠如し始め、無理矢理とって付けた笑顔で、なんとか業務をこなしてきた私だがそんなある日、とある動画投稿サイトに流すCMの企画立案を任された。
テレビCMと違って、決まった時間に流れるものでもなく、スポンサーとなった番組の合間に流れるものでもない。その動画投稿サイトを利用するユーザーが興味を引くような商品のCMが流れるシステムで放映される。話はズレるが最近では、カスタマーサービス等の電話対応で、電話をかけた者の声をAIが解析してそのユーザーが好きそうな電話対応をする従業員に割り当てるようなシステムなんかもある。
話を戻そう。
クライアントはゲーム会社だ。ゲームに疎かった私は、直ぐにそのゲーム会社のゲームを検索した。そのゲームの検索結果に関連動画としてVチューバーのゲーム実況動画が現れた。
私は何気なくその実況動画を見た。私がVチューバーに初めて触れた瞬間だった。所詮、ナード達の文化だと思っていた私だったが、そこで繰り広げられる会話、コメントとのやり取り、ゲームのプレイングに私は圧倒され魅了された。
都内で1位2位を争う偏差値の高い私大にいた私は、コミュニケーション能力であったり、会話術等にはそこそこ自信があった。所謂陽キャと呼ばれる部類に入ると思われるが、このゲーム実況を行っているVチューバーの会話術には驚嘆せざるを得なかった。1つの話題に対して幾つものアイディアとユーモアが散りばめられ、そしてまた別の関連する話題に移行する。コメント欄に流れるコメントも秀逸なモノばかりが並べ立てられた。それをまたそのVチューバーが読み上げて笑いを誘う。
私は笑った。いつもの仕事中に無理矢理笑っていたモノとは全く違う。むしろその自然な笑いが違和感に思える程、私は笑うことすら忘れていたのだ。人の感情に訴えるような広告を造らなければならない筈なのに、業務に追われてそんなことすら忘れてしまっていた。自分の不甲斐なさや懐かしさに涙がこみ上げる。その涙は凍り付いた私の心を溶かしてくれるような、そんな感触があった。
そこから私は、貪るようにして数多のVチューバーの配信やアーカイブを漁った。自分にない視点や言葉選び、Vチューバーの配信は正に私の求めていた、クリエイティブな日常と重なり、感情が戻ってくる。
そしていつしか自分も彼女等彼等と同じようにVチューバーとしてデビューをしたいと思うようになった。
在職中にオーディションを受け『ブルーナイツ』に所属することとなった私は、仕事を辞めてデビューを果たす。学生時代の友人達は仕事を辞めた私のことをどう思うだろうか?負け組だと蔑むだろうか?いや、特に何も思わないだろう。消費されていく広告と同じように。気にしているのは私だけだ。
そして今、私橋本あやかは生まれ変わり伊手野エミルとして第2の人生を歩む。
Vチューバー業界はまだまだ若い文化だ。といっても私もまだ25歳。ブルーナイツの中には年下の先輩もいるだろう。しかし年齢は関係ない!関係ない、筈なのだが……
同期のパウラ・クレイの実年齢は17歳で薙鬼流ひなみは16歳?
は?
激務で一度壊れかけた私の心は違う形で抉られる。口の端から生暖かい鉄の味のする赤い液体が流れてきたのを覚えている。
デビューから2ヶ月程が経ち、順調にチャンネル登録者数が伸びたが、同期の2人と比べたら断トツで最下位だ。私には私のペースがある。チャンネル登録者数が全く気にならないと言えば嘘になるが、そこはあまり重要ではない。むしろ、私達7期生の中でトップにいる薙鬼流ひなみのことが心配だ。
この間彼女と会った時、胸が締め付けられる想いをした。広告代理店で働いていた時の私と同じような表情を浮かべていたからだ。
しかしどうやって声をかけて良いかわからない。あの時の私に何を言っても心に響かないだろう。それに他人に気を遣われるのもなんだか自分が出来損ないであるかのように思えて嫌だった。ならば彼女が何に悩んでいるのか調べよう。しかし答えは直ぐに出た。
誹謗中傷だ。彼女のコメント欄やSNSのリプライには彼女の悪口で埋め尽くされていた。原因は知っている。彼女が薙鬼流ひなみになる前にやっていたVチューバー活動が原因だ。そこで作品を
事務所に相談しても対応を検討中、とのことで動きも遅い。やっと答えを出したかと思えばほとぼりが冷めるまで活動休止を提案する始末。最近だったらあまりにも酷い誹謗中傷ならば訴えて裁判に持ち込むことだってできるがしかし、Vチューバーの裁判なんて今までにあまり前例がないため、長期戦となることを覚悟しなければならない。争点となるのはおそらく自分のアバターに対する誹謗中傷が、それを操る自分自身と同義であるかどうかというところだろう。結局、裁判も広告も、人の心も変革するのには物凄い時間がかかるようだ。だったら私がひなみと一緒にコラボをして彼女を支えようかと思ったが、その時は彼女は幾らか元気を取り戻しているように見えた。そして、彼女が田中カナタさん主催のアーペックス大会に出ることがわかった。
彼女が元気を取り戻して私も嬉しい。しかし私の力なんて最初から必要ないのかと思うと、少しだけ寂しかった。次に会った時もとてもさっぱりしていて、私が声をかければちゃんと受け答えをしてくれた。だけど私はこの時の彼女の心情に覚えがある。それは私が広告代理店を辞めると決心した翌日の職場だ。
薙鬼流ひなみはVチューバーを辞めようとしている。これは本人から聞いたわけではないが、私はそうであると半ば確信していた。
前以て田中カナタさんの大会に出場を決意していてよかった。一緒の大会に出れる。彼女と同じ大会に出ることで一体なんの役に立つのかわからないが、それでも何か彼女のために行動をしたかった。
勿論、同じチームメイトには迷惑がかからないよう全力でプレイする。そして練習配信中にあることを思いついた。ひなみにメッセージを送ろう。それはDMのような直接的なメッセージではなく、本人だけに伝わるようなメッセージ。
アーペックスに甦りし者『レヴェナント』というキャラクターがいる。そのレヴェナントのアビリティは、トーテムを置き、それに触れた者はキルやダウンをしても甦ることができる。
これは正にVチューバーの特性なのではないだろうか。自分の分身のようなアバターにいくら攻撃をされても画面の前に立つ自分は死なない。
そうだ!これをメッセージにしよう!いくら誹謗中傷を受けたからといってもそれはひなみ自身のことではない。このレヴェナントのアビリティのように何度だって甦ることができる。
そうして意気込んだ今、大会本番のオープニングゲーム序盤、さっそく私はトーテムを焚き、自分のチームメイト2人に不死を与えた。不死となった2人は目の前のビルから出る敵チームを追う。そして少ししてから私の画面の右端には薙鬼流ひなみが私と同じチームである榊恭平によりダウンさせられたというキルログが流れた。
「っておぉぉ~~い!!ダウンさせてどうする!!私の同期だぞ!!!」
『そういうゲームだから仕方ないだろっ!!』
榊恭平の声が聞こえた。
「許せねぇよなぁぁ!!もうこのアビリティは使わん!!絶対に使わない!!!」
私を宥めるように元プロゲーマーのルブタンさんが言った。
『まぁまぁ…って来てる来てる!!』
トーテムより、榊恭平が帰還した。
『詰めよう詰めよう!!』
私と榊恭平はひなみ達のチームを追い詰める為、外へと出る。
──あぁ、どうかひなみ…私のメッセージに気付いて……誹謗中傷はあなた自身に向けてのことではないわ……それに私達は何度でも甦ることができる。それは貴方のように新しいVチューバーになることも意味しているけれども、文字通り私が甦ったように、貴方もきっと前を向ける筈……
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