第57話 オープニングゲーム

~織原朔真視点~


 3人がまとまって空中を滑空していく。とうとう大会が始まったのだ。林間学校という慌ただしい時間を過ごした僕にとってはゲームをしているときの方が少しだけ心が落ち着く。


 僕と一ノ瀬さんと薙鬼流ひなみが同じ部屋にいながら、それぞれバラバラの画面を凝視してコミュニケーションをとっていた。


『練習通り、速やかにアイテムを回収し、安地に移動します。他のチームは……来てないですね』


 一ノ瀬さんことシロナガックスさんが部屋の中央から指示を出した。いつものシロナガックスさんのくぐもった低い声がヘッドホンから聞こえてくる。僕と薙鬼流ひなみは一ノ瀬さんの肉声をマイクが拾わないようにいつもよりマイク感度を下げていた。一ノ瀬さんは元々小声ではあるが、注意を払って更に小さな声で話していた。一応、配信を開始する前にお互いの声が各々のマイクに入らないかどうかはチェックした。かなり大きな声を出さなければそれぞれのマイクには入らないようになっている。

 

 僕と薙鬼流ひなみは了承の返事をしながら地上を目指す。空中にいる状態から画面を忙しなく動かして、敵がどこへ着地するのか、その動向を探った。ほうき星のように自分の通った軌道に痕跡を残しながら地上を目指す参加者達が、方々に散っていくのが見える。いきなり接敵して早々にゲームオーバーになることだけは避けたい。僕らキアロスクーロはマップの中央から見て西のところに着地した。幸い着地地点が他のチームとは被らなかった。となれば直ぐにマップに配置されたアイテムを拾う。


 マグマの上に建つ人工的な家々を、これまた人工的な鉄骨が橋のようにして結ぶ。マップ全体に葉脈のように流れるマグマの通り道によってできた切り立った岩がこのステージの主な足場と言っても過言ではない。勿論、マグマのない舗装された道路なんかもある。近未来的な建物や乗り捨てられた乗り物が無数に遺棄されており、このステージにはちゃんとした設定があることが窺える。


 そんな景色を尻目に僕らはアイテム回収にいそしんだ。アイテムには武器、防具、回復アイテム、グレネード等の投げ物、アイテムを通常時よりも多く保持できるバックパック、それと弾と後は武器につけることで射撃の際に発生する反動を軽減したり、装弾数を上げたり、遠くの敵を狙いやすくするスコープ等のアタッチメントがランダムに設置されている。ヒト1人が寝れるコールドスリープのようなカプセル型の箱を開け、中からめぼしいアイテムを僕らは漁った。或いは、乱雑に地面に置かれたアイテムを拾う。


『ヤバい、緊張しますね。あっ!紫の防具ありました!』


 薙鬼流ひなみの声が聞こえる。

 

『私もこういった大会は初めてなので、緊張してます。4倍スコープありますよ』


 シロナガックスさんがそのスコープにピンをさす。僕が遠距離武器を好んでよく使うのを知っているのだ。


「シロナガックスさんでも緊張するんですか?そのスコープ貰います。確かにいつもと違う雰囲気ですよね」


 いつもと違う、というのはここがホテルの一室だからではない。体育の授業で走る短距離走と運動会で走る短距離走がどこか違うのと一緒で、普段のアーペックス配信とはどこか違う。僕らはそんな雰囲気を味わいながら、会話を交え、装備を整える。


『移動できます?』


 現在マップの全てを自由に行き来できるが、あと1分40秒後に戦いのリングが狭まる。マップの端からじわじわと侵食するようにダメージを伴う炎が放たれるのだ。そうすることでゲームが円滑に進む。狭まるマップによって接敵しやすくなり、戦わなければならない状況が増えるというわけだ。プレイヤーは事前に炎がどこまで燃え広がるかを知らされ、所謂安地──安全地帯──に向かって移動する。また時間が経つと今まで安地だった場所から更に安地が狭まる。それが繰り返され、残る1チームが決まるまで、最終的にはマップの全てが炎で埋まるようになるのだ。


 安地はマップの北東に円を描いて位置している。あと1分40秒後には、僕らのいるこの場所も炎によって二度と立ち入ることができなくなる。


「移動できます」


 僕は言った。


『え、待ってぇ~』


 薙鬼流ひなみの言葉にシロナガックスさんが応える。


『わかりました。もう少ししてから移動します』


 何故移動を早くするのか、それは最終の安全地帯にある優利なポジションを他のチームよりも早く獲ることが目的だからだ。できれば建物の中、それがなければ高所といった射線が限定できるポジションを獲りたい。攻城戦よりも防衛戦の方が簡単であることは想像に難くないだろう。こと安地が狭まり続けるアーペックスに於いては、時間をかけて籠城する敵を討つなんてことはできない。最終安地の予測をしながら、どこのポジションを獲れば優利にゲームを進めることができるのか考える必要がある。確かに個々の強さ、1v1でのフィジカル等も重要ではあるが、試合は1試合だけではない。全試合のアベレージで順位が決まるのだ。そうであるならばなるべく接敵を少なくし、最後まで生き残れる優利な場所を獲る方が順位は上がりやすい。


『ここに行きましょう。ここを獲れれば5位はかたいです』


 シロナガックスさんは今まで培われてきた経験を活かして最終安地を予測した。僕らが目指すべきスポットにピンを刺す。そこは現在安地として描かれている大きな円の北側だった。


「了解です」

『は~い』


 僕らは移動した。家を抜けて、荒廃した大地を蹴る。無数のコンテナが半ば土に埋まるようにして遺棄してある場所を通った。そのコンテナの中にもアイテムがあるのだが、ここは移動を優先する。コンテナ群を抜けて、今度は塔のように聳え立つ幾つもの岩の間を縫うようにして移動する。この岩も、先ほどのコンテナも敵の銃撃を遮る防御壁のように使うことができる。このようにしてプレイヤーは乱雑に、いやもしかしたら精巧に計算されて置かれたオブジェクトを活かしてゲームを進行していくのだ。そしてそのオブジェクトの影に敵が潜んでいるのではないかと常に注意しながら移動していく。


『エイドとチャージャーどのくらいありますか?』


 シロナガックスさんが目的の場所に移動しながら回復アイテムの所有数を尋ねてきた。


「エイド4のチャージャー2です」


 僕が速やかに応えると次に薙鬼流ひなみが口を開く。


『えっとぉ、エイド3のチャージャー1です』


『じゃあ幾つか置いておきます』


 シロナガックスさんは自分の所有している回復アイテムをその場に置いて、目的地まで突っ走る。


『ありがとうございま──』


 それは突然の出来事だった。薙鬼流ひなみの感謝の言葉が銃声によって遮られたのだ。連続する暴力的な射撃音。撃っているのはシロナガックスさんだ。僕も遅れて彼女が狙いを定めている敵に向かって弾を撃ち込んだ。


 遠くの巨大な岩の麓に敵が見える。小さな点のように見える敵を先ほど回収したばかりのアサルトライフルで攻撃した。


 弾が発射される音の他に、ガラスが割れたような音が聞こえる。これは弾が敵に命中した音だ。


『だ、大丈夫ですか!?』


 薙鬼流ひなみの声にシロナガックスさんと僕は冷静に返した。


『大丈夫です』

「大丈夫」


 敵は1人しかいなかった為、早々に逃げ帰った。僕らはその敵の仲間が近くにいないか索敵しながら目的の場所へと急いだ。


 まだ参加者の全員が生き残っている。こうして僕らが戦闘を開始したのだから、他のチーム達にも動きがあるかもしれない。本格的な戦闘をしていないのに心拍数が上がる一方、口数が減る。そんな静寂のなか、アラームのようなサイレン音と共に機械的な音声がゲーム内から聞こえてきた。


『リング縮小開始』


 ゲーム画面の左端でタイマーがカウトダウンを始めた。このカウトダウンが0になると、今掲示されている安地以外は炎で包まれる。0になる瞬間炎に包まれるわけではなく、3分かけて炎が安地に向かってじわじわと侵食していくのだ。今まで何もなければ、この音声によって胸をドキリとさせていたのだろうが、先程の銃撃によって僕には免疫がついていた。


『目的地に向かいましょう』


 僕らが目指しているのはマップ北北東にある『調査場』と呼ばれるランドマークだ。荒れ果てた土地を抜けて、正面には無機質な5階建ての建物が幾つも建つ市街地が見える。そこを突っ切ろうとした僕たちだが、


『あぁ、居ますね……』


 先頭を走るシロナガックスさんが呟いた。そしてその直ぐ後、正面の建物の屋上からこちらに向かって銃弾が放たれた。


 僕と薙鬼流ひなみは軽く悲鳴のような息を漏らして岩影に隠れた。


『良いポジション取られてますね。一旦退いて、まだ時間的には早いのでスカイタワーから回って調査場に向かいましょう』


 激しい弾幕に襲われている中、冷静にシロナガックスさんが言った。


「あの谷を通る感じすっね」


『そうそう』


 直線の最短距離で行きたかったが、正面には敵チームが優利なポジションを取っている。であるならば、迂回をして目的地へと向かう選択をとる。


 直接北北東の『調査場』に行くのをやめて、北西のルートを通り、そこから北東へ目指し『調査場』へと行くのだ。


 山を切り出して出来たような狭い谷を通り抜けた僕たちを待っていたのは、空に向かって伸びるタワーとそれを囲むように建てられたビル群だ。そのビルの中にもアイテムがあるのだが、それよりもここ『スカイタワー』と『調査場』を繋ぐ坑道を通る方が優先である。


『あぁ、ここも取られてますね……』


 シロナガックスさんは、山の中腹にある坑道の出入り口にいる敵に向かって弾丸を放つ。数発命中したようだが、敵も負けじと射ち返してくる。坑道の出入り口は山の中腹辺りに位置しており、僕らは吹き付ける雨のような銃弾を掻い潜る。


『ビルの中に入ります』


 僕らは了承の返事をして坑道の入り口付近のビルに入った。階段を登り、ついでにアイテムを拾う。僕とシロナガックスさんと薙鬼流は坑道の出入り口と同じ高さの屋上に陣をとった。


『あそこを抑えられるとキツイですね……』


 シロナガックスさんは吐き捨てるように呟く。僕らのいるビルの屋上から数発、坑道の出入り口に向かって放ち、牽制しながら他のビルに別の敵が潜んでいないか確認した。


『あそこにも居ますね……』


 シロナガックスさんが敵のいるビルにピンをさす。隣のビルだった。僕らのいるビルから坑道の出入り口は東北東にあり、新たに発見された敵のいるビルは西南西だ。


『挟まれたらキツイのでシャードウエストに向かいます!』


 緊迫したシロナガックスさんの声が聞こえる。今、僕らはまずい状況にあるということだ。


 ここ『スカイタワー』には『調査場』に続く坑道と『シャードウエスト』に続く道がある──僕らが通ってきた谷とは別の道だ──。本来ならばこの『スカイタワー』を経由せずに、『シャードウエスト』の南西から入って『調査場』に向かうつもりであったが、迂回を余儀なくされた。僕らはここ『スカイタワー』から『シャードウエスト』に続く道を通る。すると『シャードウエスト』からみて西北西に僕らは出る。そこから『調査場』を目指すルートだ。『シャードウエスト』とは先程僕らが迂回をした場所だ。遠回りをした結果、更に遠回りをする羽目となってしまった。


 僕らは直ぐにビルから飛び出し、『シャードウエスト』に続く道を目指した。坑道の出入り口から再び銃撃を受け、ダメージを与えられる。


 画面が歪み、視界がぼやけた。これ以上のダメージを避けるために僕らは近くのビルに入った。『シャードウエスト』に続く道に少しだけ近付くことが出来た。


「エイドします」


 ビルの2階に隠れて僕は回復を施し、シロナガックスさんがビルのクリアリングをしに上階へ向かった際、遅れてビルに入った薙鬼流ひなみが叫んだ。


『来てる!来てる!!』


 坑道にいた敵チームではなく、隣のビルにいたもう1つチームが僕らを狙っていたようだ。僕は直ぐに1階にいる薙鬼流ひなみを助けようと階段を降りた。


 そこには赤黒いオーラを纏った敵チームのキャラクターが2人いた。僕は直ぐに武器を構え、狙いを定めて撃った。向こうも同様にして撃ってくる。交錯する無数の弾丸は砂嵐のようにして画面を覆った。何とか1人撃退することが出来たがもう1人の敵に僕はダウンさせられ、直ぐ様確キルを入れられる。


「すみません!やられました!!」


 少し遅れて薙鬼流ひなみも声を発する。


『すみません!ダウンしました……』


 僕らのチーム、キアロスクーロはオープニングゲーム開始早々にして壊滅状態に陥る。




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 ここからFPS視点描写が第74話まで続きます。こんなキャッチーなタイトルなのに長い戦闘描写が続きます。しかしこの物語は何かに挑戦したいけどできないでいる、挑戦したい自分と失敗を恐れて挑戦したくない自分、そんな多面的な人間の内面を描いているつもりです。僕自身、この物語を書くにあたって挑戦している最中です。しかし批判的なコメントを頂くことが多々あります。至らない点や面白くない、わかりにくい展開があるとは僕も思いつつも、それでも書き続けたい、挑戦し続けたいと思っております。そんな僕と同じような人達、或いは僕自身を応援する為にこのFPS描写はどうしても書きたかったので、第74話まで飛ばさずに読んでくれると嬉しいです。しかし、そんな応援いらんって人は飛ばしてしまっても構いません。

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