聖女が騎士団長を目指す理由
亜逸
前編
決闘が行われていた騎士団の練武場で、一本の
「勝負あり!」
続けて、立会人が勝敗が決したことを宣言する。
激闘の末に木剣を飛ばされた――つまりは敗者となった騎士は、肩には届かない銀髪と、宝石のように美しい金眼が目を引く、聖女アリア。
そんな見目麗しい女性が男所帯の騎士団に入るというだけでもセンセーショナルだというのに、それが聖女に選ばれた女性となると、国内外における反響はそれはもう凄まじいものだった。
事実、この決闘が騎士団長の座を賭けたものであるにもかかわらず、練武場には騎士団とは関係のない
騎士団としては良い迷惑だと言いたいところだが、騎士団内においても聖女アリアの人気は凄まじいもので、騎士の多くは見物人の多さに辟易するよりも、聖女と同じ騎士団に属している優越感の方がはるかに勝っていた。
そんなアリアを躊躇なく打ち負かした相手は、アリアと同じ年齢――二一歳にして歴代最強と謳われている、当代の騎士団長クロス。
表情筋が死滅していると噂されているほどに表情に乏しい黒髪の騎士団長は、勝利の余韻も感じさせない淡々とした物言いで、アリアに話しかける。
「腕を上げたな、アリア」
「どういたしましてと言いたいところですけど……ごめんなさい。今はちょっと、その言葉を素直に受け取れられそうにないですね……」
負けたことが悔しくて、ついそんな言葉が口をついてしまう。
これ以上ここに留まっていては、悔しさのあまりどんな言葉を吐いてしまうか自分でもわからなかったので、アリアはさっさと
聖女の行く手を阻むなんて恐れ多いと思ったのか、人だかりをつくっていた見物人たちが、海が割れるようにしてアリアのために道を空け、歴代最強と謳われる騎士団長を相手に善戦したアリアに惜しみない拍手を送る。
アリアが見物人たちに向かって小さく一礼すると、見物人たちの狂喜する声が練武場に響き渡った。
そんな声を背に受けながら、アリアは一人練武場から立ち去っていく。
(くやしい……くやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしい!)
目尻に涙すら浮かべて、心の内で悔しがる。
クロスに負けたことが、ではなく、クロスに勝てなかったことが、悔しくて悔しくて
だってクロスに勝てないと、永遠に彼に好きになってもらうことができないから……。
◇ ◇ ◇
アリアとクロスは、同じ村で育った幼馴染だった。
当時はまだアリアは聖女ではなく、クロスは騎士ですらなかったが、アリアの奇蹟――神に仕える者だけが行使できる魔法――の力は、クロスの腕っ節の強さは、村の大人たちですら相手にならないほどに突出していた。
村に子供が少なかったという理由もあるが、突出した者同士、自然と一緒にいることが多くなり……アリアは無自覚の内に、クロスに惚れてしまった。
恋心というものを自覚できないほどに子供だったアリアは、自分の内に芽生えた未知の感情を持て余し……好奇心もあってか、クロスにこんな質問をしてしまった。
『ねえ、クロス。あなたは、どういう女の人が好きなの?』
察しの良い人間ならば、この時点でアリアの内に芽生えた感情に気づいていたかもしれない。
しかし相手はアリアと同じ子供であり、アリア以上に恋という感情を理解していない唐変木だった。
だったから、返ってきた答えは本当にろくでもないものだった。
『自分よりも強い女……だな』
それが契機になったのかどうかはわからないが、ただでさえ突出していたアリアの奇蹟の力は飛躍的に向上し、一五歳になると同時に当代の聖女に選ばれた。
聖女は、護衛につける騎士を任命することを許されている。
この頃にはもうクロスへの恋心を自覚していたアリアは、一三歳の時点で騎士団に入団していたクロスを、護衛騎士に任命する気でいた。
そしてアリアは意気揚々と、クロスにこの話を伝え、
『悪いが、お前の騎士にはなれない。俺は騎士団長を目指しているからな』
あっさりと断られた。
異性としての好意の有無はともかく、同じ村で育った幼馴染としては断られることはないだろうと思い込んでいたアリアにとって、微塵の躊躇も感じられないクロスの断りっぷりは予想外もいいところだった。
予想外すぎて現実が飲み込めず、護衛の騎士をつけることなく聖女として一人で活動し、野盗やらモンスターやらを何度も自力で返り討ちにしていたところで、はたと気づく。
あれ? わたしって、もしかして強い?――と。
実際、アリアは強かった。
聖女に選ばれるだけあって奇蹟の力は、世界一と言っても過言ではない。
奇蹟には身体能力を強化するものがあり、アリアの場合、自己強化に関しては歴代の聖女の中でも屈指のレベルだった。
さらに、幼い頃からクロスと一緒に過ごしていたせいか、彼の剣の扱い方や、体の動かし方――ひいては戦い方を知らず知らずのうちに学習していたらしく、自衛のために嗜んだ剣の腕は、それこそ下手な騎士よりも上だった。
単純な身体能力と剣の腕だけならば、クロスには到底敵わないが、そこに奇蹟が加わるならば、もしかしたらなれるかもしれない。
クロスの好みのタイプである「自分よりも強い女」に。
そこに思い至ったアリアは、クロスが属している騎士団への入団を決意した。
聖女の責務が「人々を助ける」というひどくザックリしたものだったおかげで「聖女であると同時に騎士としても人助けをする」と、聖女の任命権を有している教会に強弁することで、なんとか押し通すことができた。
こうしてアリアは、聖女として培った人気を最大限に利用して騎士団に働きかけ、その上で騎士として申し分のない実力を示すことで見事入団を果たした。
しかし騎士団に入れたからといって、このまますぐにクロスに勝負を挑んでも、返り討ちに遭うのが目に見えている。
だからしばらくは自力をつけることに専念し、勝てる確信を得たらクロスに勝負を挑もう――そう思っていた矢先に、クロスは騎士団長になった。
この騎士団において、騎士団長に求められている資質は強さであり、半年に一度行われる騎士団長との決闘で勝利した者が、次代の騎士団長を務める習わしになっている。
騎士団長への挑戦権を得られる騎士は、年齢が二〇歳以上の者であること。
騎士全員に、己と騎士団長を除いた騎士の中で最も強いと思う騎士が誰であるのかを投票させ、その結果において最も多くの票を集めた者であること。
この二点の条件を満たした者のみに限られている。
そしてクロスは二〇歳になってすぐに挑戦権を獲得し、当時の騎士団長を圧倒する強さを見せつけて騎士団長になった。
そのこと自体は素直に祝福しているが、クロスに勝つことで彼に好きになってもらいたいアリアにとっては、少々面倒な事態になったと言わざるを得なかった。
お互いがただの一騎士同士だったならば、模擬戦と称していくらでも勝負を挑むことができた。
しかし今のクロスは騎士団長。
聖女という肩書きはついていても、騎士団においてはただの一騎士にすぎないアリアでは、おいそれとは模擬戦を申し込むことができない立場になってしまった。
クロスに勝つためにはまだ自力が足らなかったため、クロスが騎士団長になる前に勝負を挑めなかったのは仕方のない話だが、それでも機を逸した感は否めない。
こうなってしまった以上は、半年に一度行われる、騎士団長の座を賭けた決闘に挑むしかない。
騎士団長への挑戦権を得られるのはたったの一人だけなので、狭き門にもほどがあるが、なんとかして他の騎士たちに強さを認めてもらい、挑戦権を勝ち取るしかない。
そうしてアリアは一年かけて、クロスを除いた騎士たちの追随を許さないほどに自力をつけ、この度、ようやく
そして激戦の末……負けてしまったのであった。
◇ ◇ ◇
「ん~~~~~~~~~~っ!」
自室に戻ったアリアはベッドに突っ伏し、足をバタバタさせながら悔しがる。
一年間みっちりと自力をつけ、挑戦権を得て、満を持して決闘に臨んだのに負けてしまった。
決闘の内容自体は悪くなかった。
騎士たちの間では、モンスターよりも余程モンスターじみた強さをしていると言われているクロスを相手に、か細いながらも勝機を見出せる程度に食らいつくことができた。
だからこそ、余計に悔しかった。
勝てる可能性があったのに勝てなかった。
善戦を称えて拍手を送ってくれた見物人たちには申し訳ないが、アリアが欲しいのは称賛ではなく勝利。ただそれ一つのみ。
「ていうか、何なんですかあの強さは。本当に同じ人間なんですか?」
悔しさのあまり、クロスの理不尽な強さに対する文句が口をついてしまう。
こちらは奇蹟の力で身体能力を大幅に強化しているというのに、パワーにおいてもスピードにおいても、クロスは平然と渡り合ってきた。
奇蹟の力には結界術も存在し、その力を使ってクロスの攻撃を防ごうと思ったのに、平然と叩き割ってきた。
しかも真剣ではなく木剣で。
そこに剣技、戦闘勘といったアリアでは逆立ちしても勝てない部分が加味されると……段々、善戦できたことが奇跡なのではないかと思えてくる。
か細いながらも見出せた勝機が、本当にか細かったことを思い知らされる。
悔しさが、虚しさに変わっていく。
「……ダメですね。弱気になっては」
クロスの「自分よりも強い女」というのは、何も単純な腕っ節のみを指したものではない。
心の強さも含まれているはずだ。
だから、弱気になっていてはダメだ。
半年後にまた行われる、騎士団長の座を賭けた決闘までにもっと強くなってやると自分に言い聞かせる。
今度こそクロスに勝って、クロスに好きになってもらうんだからと意気込む。
けど、それでも……
「半年は、さすがに長すぎですぅ……」
考えたくないが、半年後の決闘でも負けてしまったら、次の決闘の機会はまたさらに半年後になる。
自分もクロスも今が二一歳であることを考えると、負ける度に半年待たされるのは、正直つらいものがある。
と思っていたら。
コンコンと、扉を控えめにノックする音が聞こえてきたので、アリアは悔しさのあまりに乱れてしまった髪を申し訳程度に手櫛で整えてから立ち上がり、こちらから扉を開ける。
扉の前には、伝令に来たと思われる、ガチガチになっている新米騎士が立っていた。
どうにも新米騎士は、聖女であるアリアと面と向かうことに緊張しているらしく、盛大に裏返った声で告げる。
「き、騎士団長からの伝言です!」
伝令ではなく伝言であることに、アリアが形の良い眉をひそめている内に、新米騎士はなおも裏返った声で言葉をつぐ。
「これより騎士団長の座を賭けた決闘は、半年に一度ではなく、一ヶ月に一度に変更するとのこと! 但し、決闘の挑戦権を得るための投票を一ヶ月ごとにやっていては、騎士団の業務に支障が出るとのことで、向こう三ヶ月は挑戦権をアリアさんに固定するとのことです!」
次の決闘まで半年待たなければならなかったところが一ヶ月になり、挑戦権も三ヶ月の間は固定――つまりはあと三回は無条件でクロスに挑めるようになったのは、アリアにとっては朗報だが、
「クロ……いえ、騎士団長はいったい何を考えているのですか?」
「ど、どうやら騎士団長は、決闘が良い鍛錬になるとお考えになったようで……」
「つまりは、己を鍛錬のために、一ヶ月に一度決闘できるように変更したということですか?」
「は、はい……」
あれだけの強さを身につけておきながら、まだ強さを求めるクロスの在りように思わず呆れてしまう。
同時に、なんともクロスらしいと、つい頬を緩めてしまう。
(とはいえ、これは願ったり叶ったりというもの。特訓して力をつけるにしても、一ヶ月程度空いてくれていた方が有り難いですしね)
こうしてアリアは一ヶ月後に備えて、騎士としての務めを完璧にこなしつつも特訓に勤しんだ。
とはいえ、闇雲に特訓したところで、クロスとの差が埋まらないのは明白。
勝つためには何か策が必要だと思いながらも、アリアは自室でひたすら素振りを続ける。
考える時間すらも利用して、貪欲に特訓を続けるも、
「はぁ……はぁ……」
策が思いつくよりも先に、体力の方が先に底が尽きてしまう。
だが、聖女のアリアにとっては、体力の底が尽きることはたいした問題ではなかった。
奇蹟の力で体力を回復することができるからだ。
聖女だてらに短期間でこれほどにまでに強くなれたのも、アリアの剣才がクロスに迫るほどに秀でていたからという理由も勿論あるが、体力の限界を迎えても奇蹟で回復できることができる分、他の騎士たちよりも無茶な特訓ができるという理由が何よりも大きかった。
体力が回復し、素振りを再開したところで、はたと気づく。
「そうだ……
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