クラスの女子に「できちゃったの……あなたとの子供が……」と言われた件

亜逸

クラスの女子に「できちゃったの……あなたとの子供が……」と言われた件

 それは昼休みに入ってすぐの出来事だった。


沢渡さわたりくん……あのね……できちゃったの……あなたとの子供が……」


 クラス内においては我が道を行くゴーイングマイウェイ系男子として知られている沢渡さわたりつよしが、クラス内においてはパパ活をやっているとまことしやかに囁かれているビッチ系女子、江波えなみリカに衝撃的な告白をされたのは。


 普通の人間ならば心当たりの有無にかかわらず動揺していた場面だろうが、相手が悪かったというべきか、剛はどこまでも冷静だった。


(ほう……この俺がバッキバキの童貞と知った上での狼藉か?)


 心の内でそんなことを呟きながら、周囲に視線を巡らせる。

 当然と言えば当然の話だが、突然のできちゃった発言にクラスメイトの多くが、剛とリカに注目を注いでいた。


 彼ら彼女らの視線と反応を見る限り、「さすがにあり得ないだろ」と思っている者が三割、「江波リカならあり得るかもしれない」と思っている者が六割といったところだろうか。

 残り一割は、リカとよくつるんでいるグループの「やってるやってる」と言わんばかりのニヤニヤ笑いによって占められていた。

 そんなニヤニヤ笑いに応えるように、リカが今にも泣き出しそうな顔をしながら、さらなる爆弾を投下してくる。


「だから言ったじゃない……ゴムは付けてって……」


 その言葉にクラスメイトたちがどよめく中、いささかも動揺していない剛は、どうしたものかと思いながら、目の前にいる、金色に染めた髪をワンサイドアップでまとめているビッチ系女子を見やる。


 事の真偽はともかく、パパ活をやっているだのビッチだのと言われているだけあって、顔立ちは如何いかにも男受けしそうな可愛らしさだった。

 当然のように胸やら尻やらの肉つきは大変素晴らしく、それらを見せびらかすように制服を着崩しているものだから、童貞の剛からしたら目のやり場に仕方がない。


 まさしくビッチ系女子と呼ぶにふさわしい見た目をしたリカの、今にも涙が滲みそうな顔の下に見える谷間を眺めながら、剛は思案する。


 当のリカがノリノリでやっているように見えるところを鑑みるに、罰ゲームや誰かに強制されてできちゃった発言をかましたとは考えにくい。

 おそらくは仲間内で、ゴーイングマイウェイな剛をからかってみようという話になり、リカが率先して乗っかったといったところだろう。


(そういうことならば、容赦はいらないな)


 完全にただの推測から容赦しないという結論に至った剛は、クラスメイトはおろか、目の前にいるリカすらも耳を疑うような返事をかえすことを決断する。



「わかった。責任をとろう」



「………………………………へ?」



 リカは呆けた顔で、呆けた声を漏らす。

 クラスメイトも、ニヤニヤ笑いを浮かべていたリカの友人たちも、誰も彼もが唖然としていた。


「聞こえなかったのか? 責任をとると言っている」

「責任って……何の?」


 先程までのしおらしい物言いはどこへやら、「はぁ、何言ってんだこいつ?」と言わんばかりに愚問を投げかけてくるリカに、剛は「何を言っているんだお前は」と言わんばかりに答えた。


「勿論、お前が俺の子供を身ごもった責任だ」


 あまりにも直接的すぎる物言いに、クラスメイトたちがにわかに騒ぎ出す。


「おいおいおいマジかよ!?」


「江波さんならあり得ると思ったけど……」


「いやでも、さすがに沢渡は……やりかねねぇな」


 好き勝手のたまい始めるクラスメイトたちに、いよいよ狼狽したリカが「ちょっ、ちょっと! 真に受けないでよ!」と、取り繕うのはやめて抗弁するも、明後日の方向に熱狂し始めたクラスメイトたちの耳に届いている様子はなかった。


 リカの友人たちもこんなことになるとは思っていなかったのか、おろおろするばかりでリカに助け船を出す余裕はない様子だった。


「だ~か~ら~! 違うんだって! ただの冗談なんだって! あ~もう! あんたたち私の話を聞きなさいよ~~~~~~~っ!!」


 悲鳴じみた声を上げるリカの前で、剛はほくそ笑む。


(この俺にちょっかいを出して、まさかこの程度で済むとは思ってないだろうな?)


 などと、不穏なことを考えながら。












 翌日。


「これにサインしてくれ」


 剛は登校してすぐに、友人と駄弁だべっていたリカにを突きつける。

 その用紙を見た友人たちは唖然とし、当のリカは思わずといった風情で素っ頓狂な声を上げた。


「な、なに考えてんのよ!? これって婚姻届じゃない!?」


 声に出さねばいいものを――と思いつつも、相手が盛大に墓穴を掘ったことに剛はほくそ笑む。


「おい……婚姻届だってよ」


「さ、さすがに高校生同士は無理でしょ……」


「いや、でも沢渡くんなら本当にやるかも」


 クラスメイトからの熱い信頼(!?)に胸を熱くしながらも、剛はますます場が盛り上がる言葉を口にする。


「責任をとると言ったからな」

「だ、だから、あれは冗――」

「責任をとると言ったからな」


 声音を大きくして言葉をかぶせることで、できちゃった発言を冗談で済ませようとするリカの浅はかさを叩き潰す。

 彼女の可愛らしい顔が、今にも「ぐぬぬ」と言いそうな案配で歪む。が、何を思ったのか、あるいは何か閃いたのか。

 急に平静な表情に戻ったリカは、鞄から筆記用具を取り出すと、


「ちょっとリカ!?」

「それはやばいって……!」


 という友人の制止の声を振り切り、リボールペンで婚姻届にサインした。

 これにはさしもの剛も驚いてしまい、少しだけ目を見開いてしまう。


「ほら、書いてやったわよ」


 勝ち誇った顔をしながら、婚姻届を突っ返してくる。

 その表情が、その態度が、言葉よりも雄弁に「どうせ届け出ることなんてできないでしょ?」と語っていた。


 そんなリカのドヤ顔の下に見える谷間を見つめながら、剛は思案する。


(……ありだな)


 心の奥底に秘めているはずが自己主張が強すぎて心の九割を占める童貞マインドに命じられるがままに行動することを決意した剛は、婚姻届を手にきびすを返す。


「届け出る前に、まずは早退する旨を学校に伝える必要があるな」


 そう言って、スタスタと教室から立ち去っていく。


 これにはクラスメイトたちも呆然とするばかりだったが、


「まままま待ちなさいよっ!!」


 呆然となどしていられなかったリカは、慌てて剛を追いかけた。


「あんた正気なの!? そんなの受理されるわけないでしょ!?」


 などと言いつつも、こちらの手を掴んで引き止めようとする。


 掴んできた掌が柔らかいわ、掴まれたままでも彼女ごと余裕で引きずっていけるくらいにか弱いわと、剛は顔に出すことなく女の子との触れ合いを全力で堪能しながら、足を止めることなくリカに言い返す。


「問題ない。気合で受理させるからな」

「気合でなんとかなるとは思わないんですけど!?」


 リカはツッコみながらもなんとか剛を引き止めようとするも、剛にとっては何の障害にもならず、ほどなくして職員室に辿りつく。


 そして――


 経緯を聞いた先生たちに、二人仲良くこってりと絞られた。












 放課後。

 剛とリカは二人、教室に残って反省文を書かされていた。


「あんたのせいだからね」


 反省文を書きながらも文句を言ってくるリカに対し、剛は反省文を書くための用紙を睨みながら、ぐうの音も出ない正論を返す。


「どう考えても、俺以外の奴にやったらシャレでは済まないちょっかいをかけてきた、お前のせいだろうが」


 実際ぐうの音も出なかったリカは口ごもり、剛に何も言い返せない鬱憤を晴らすように、ガリガリと反省文を書き進めていく。


 一方剛は「俺は何も悪いことをしていないのに、なにゆえ反省文など書かねばならんのだ?」という疑問で頭がいっぱいになっているため、いまだ用紙は白紙のままだった。


「……あんたね、なんでも良いから書かないとマジで帰れないわよ」

「ほう……俺のことを心配してくれるのか?」

「バ、バカ言ってんじゃないわよ!」

「俺相手にできちゃった発言をかました、お前ほどバカではない」


 自分でも本当にバカなことをしたと思っているのか、またしてもリカは口ごもってしまう。


「まったく……そもそもなぜ、俺にあんなバカな真似をした?」

「バ、バカバカうるさいわね! そんなの、あんたにやったら面白そうだと思ったからに決まってるでしょ!」


(ほう……面白そうときたか)


 どうやらこのビッチ系女子は、まだわかっていないようだ。

 自分がいったい、どういう人間を相手にしているのかを。


(ふむ……手痛い反撃をくれてやるには、今までと同じ方向性が良さそうだな)


 同じ方向性とは、できちゃった発言に対して責任をとると返したことや、婚姻届にサインを求めたことといった、言ってしまえば相手に関係を迫るやり口を指した言葉だった。


(もっとも、それらに比べたら、今回のは軽いジャブ程度にすぎないがな)


 と思いながらも、剛はリカに向かって反撃の言葉ジャブを返す。


「面白そうだから、か。俺はてっきり、好きな異性にたいしてイジワルしたくなる、小学生的なノリでやってきたものとばかり思っていたぞ」


 言ってから、脳内で幻視する。

 リカが「ガ、ガキと一緒にしないでよ! バッカじゃないの!」と怒鳴ってくる姿を。


 そしてその幻視どおり、リカは怒鳴って……こなかった。

 おかしいと思った剛は、面倒に思いながらもリカの方を見やり……思わず、少しだけ目を見開いてしまう。



 リカの顔は、真っ赤になっていた。



 顔を真っ赤にしたまま反省文の用紙を見つめるだけで、決してこちらとは目を合わせようとしなかった。


(……なんだ? その反応は?)


 う。

 まるで図星を突かれたかのような。


(俺が「責任をとる」と言った時や、婚姻届を突きつけた時は、そんな感じは微塵もなかっただろうが。……いや、待て)


 責任をとる発言にしろ、婚姻届にしろ、高校生の自分たちには話が大きすぎて、いまいち現実味に欠けている。

 剛自身、そうとわかっていたからこその意趣返しであり、事実、リカも真に受けてはいなかった。


(だが……今俺が江波に言ったことは……)


 現実味という点ではありすぎるくらいだった。

 その上で図星を突かれた結果が、


(この反応だと言うのか……?)


 リカは耳まで顔を真っ赤にしながらも、先程の剛の言葉は聞こえなかったと言わんばかりに、ガリガリガリガリと反省文を書き進めていく。

 まるで、照れ隠しでもしているかのように。


 いや待て。


 マジか?


 マジなのか?


 江波の奴、俺のことが好きで、あんなシャレにならないちょっかいをかけてきたのか?


 いやいや待て待て。


 よくよく考えたら、婚姻届を突きつけた反撃に、婚姻届にサインして突きつけ返すなんて真似をするか?


 届け出るわけがないとわかっていたとしても、普通しないだろ。


 いやいやいや待て待て待て。


 おい、江波。


 反省文書きながら、何こっちのことチラチラ見ているんだ?


 あ、今が目が合った。


 と思ったら、即行で目を逸らした。


 いやいやいやいや待て待て待て待て。


 江波……お前、ビッチ系女子だろ?


 なのになんだその最近恋を知ったばかりの中学生みたいな反応は?


 いやいやいやいやいや待て待て待て待てまて。


 俺、今、江波の反応を見てキュンとこなかったか?


 あれ? なんか今の江波、いつもよりもかわいく見え――




 ガタッ!!




 突然リカが立ち上がり、思考の沼に沈んでいた剛は我に返る。


「か、書き終わったからもう帰る!」


 微妙に裏返った声で言うと、リカはさっさと筆記用具を片づけ、反省文を手に、逃げるようにして剛の前から走り去っていった。

 最後まで、耳まで顔を真っ赤にしながら。


「……まずいな」


 今の反応だけで、リカが自分に惚れているとは断言できない。


 そもそも、リカがいったい全体どうして自分に惚れているのかもわからない。


 ただ一つ、わかっていることは、


「どうやら、俺の方が江波に惚れてしまったようだ……」


 まさか自分が、こんなにもチョロいとは夢にも思わなかった。


 内ポケットに入れてある、なんやかんやで先生たちに没収されずに済んだ婚姻届に、制服の上から手を添える。


 そして思う。


 もし本当に江波リカが俺のことが好きだったとして、


 いつか、遠くない未来に、告白の場面でこの婚姻届を出してみせれば、


 それはそれはドラマティックなプロポーズになるかもしれない、と。










































 ならないと思います。

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