第一話 ヘタレシークレット

白銀の鱗が光り、黄色とも黄緑ともとれる光沢ラインが煌めき、二〇センチくらいの小さな体が跳ね上がり空へと上がっていく。それらは一匹では無く何匹と群れを造り最後にはキラキラと白く煌めく光となる。空を見上げれば白銀に煌めく光の渦、その渦の中を通る轟音と瞬きの光。轟音に空気が揺れ此方の口から溢れ落ちるのは

「雷」

という言葉。空には変らず白銀の渦があり、それらの間をゴロゴロと雷が鳴っている。

「春雷?」

また無意識に言葉が溢れ落ちる。すると少し前を歩いていた安蘇教師が振り返り、かけている眼鏡を押し上げて同じく空を見上げる。そして此方を向くとニカリと笑って一言。

「ハタハタの飛来だな」

と言葉を紡ぐ。その後直ぐに安蘇教師は前を向き止めていた足を動かす。また空いた距離を詰めながら僕の脳裏には昨晩の天気予報の内容が浮かぶ。


 昨晩の深夜の事である。

 こんばんは、天気予報をお伝えします。今日は、春らしい寒さの一日となりましたね。では、明日の天気を見ていきましょう。明日は晴れる見込みです。所々でハタハタが飛来するでしょう。突然の雷に気をつけて下さい。最後に天気のポイントです。ハタハタによる雷に注意。以上、お天気をお伝えしました。


 深夜、自室で流れるラジオ番組は此の地域特有。ローカルラジオ番組から流れるのは明日の天気予報。聞き慣れないハタハタという言葉を聞き此方は首を傾げる。帆江瀬という名の町に越して来て一週間弱。山の中にある町の名にしては帆江瀬という海を想起する名称で構成されている此の町は今までいた所と違い此方は惑うばかりである。ハタハタと雷。ハタハタとは何か? 雷と何の因果関係があるのか? 余り働かない頭働かせながら、ベッドに入り枕の上に頭を置き、手を伸ばしてラジオを止める。ラジオは天気予報から深夜番組に切り替わっていた。深夜にありがちな怪異現象モノの番組らしく、本日の内容は虚へと繋がる黒猫だった。其処で止めたので黒猫の詳細は解らない。此方はかけていた布団を引っ張り肩上まで被る。目を閉じてぼんやりとする脳裏に浮かんだのはハタハタだった。

翌日記憶に残っているのは鱩という魚を思い出した事である。其処で記憶は止まっておりそれから先は途切れ途切れとなっていた。此方は寝ぼけた頭で首を傾げる。起き上がった上半身を前後に二三度揺らしベッドから降り、だるさが残る体を起き上げて今日が始まる。今日は転入先の学校見学の日である。クローゼットを開けて転入先の高校、帆江瀬高校の制服を着替え始める。眠さがまだ残っている脳に浮かぶのはハタハタと雷だった。

思い返している間にも雷は止まなかった。

「室内に居て良かったな。外だったら危なかったかも知れん。帆江瀬特有の天気でな、春先に晴れた空に雷が鳴るンよ。と、言っても一応遠くに雲はあるんだけどな。その様を帆江瀬ではハタハタの飛来って呼んどる。多分雨は降らんと思うけど、あ、此処が下駄箱。今出るのは危ないから図書室行くか? 只野経」

「はい、そうします」

そう、此方が頷いてまた前を歩いていた安蘇教師は踵を返す。緑色の廊下を安蘇教師が歩いて行く。暗く影を落している廊下の中に瞬きの光。雷が暗くなった廊下を瞬き照らす。時刻は一五時、暗くなる時間帯では無くとも建物の中で蛍光灯が付けてなければ十二分に暗く見える。暫くして、何度か階段を登り校舎の隅の教室の扉を安蘇教師は開ける。扉の先には幾つもの書庫と本が見えた。入った所の隣にカウンターがあり、内側に本を片手に読む人が居た。

「此処が、図書室。あ、悪い只野経。此から用事があるんだわ。雷が止んだら勝手に帰って良いから」

此方が図書室を見ている中、扉の前に立っていた安蘇教師は腕時計を見ながらそう言った。その言葉で安蘇教師へと視線を戻せばニコリと笑い此方の頭へと手をポンっと一度置き

「じゃぁ、また、今度」

という言葉を残し図書室から離れて行った。安蘇教師の猫背の背を見送る。その背が見えなくなるまで見ていた。安蘇教師背が見えなくなったら、踵を返し図書室の中へと入った。カウンターに座っている黒髪の人は此方に目線を寄越す事は無く片手で持っている本を読んでいた。ふと見えたのは此の高校の制服。黒髪の人はこの学校の生徒だと解った。それが解れば興味は移り此方は目に付いた書庫へと歩き出す。カウンターから離れる際に紫煙の匂いが鼻についたがそれも一時。えらく煙草を吸う教師でもいるのかと此方は首を傾げるのだった。

「ハタハタが見えないです!」

 少し本を読んでいればそう高めの声がカウンターから聞こえてきた。

「そら、雷が止んだからだろ。もう、飛び終えたンだよ。きっと」

カウンターから聞こえる低い声が先程の言葉の返答を言う。恐らくあの男子生徒の声だろう。その男子生徒の言葉で自然と視線は図書室の窓へと向かっていた。窓から空を見る。空にもう白銀に煌めく渦は見当たらなかった。

「えぇ、ハタハタの飛来見たかった」

「雷見ただろ。それでお終い」

「いやいや、ハタハタ見たかった」

此方は手に持っていた本を書庫へと戻し、図書室の扉へと歩いて行く。途中、カウンターにいる男子生徒と女子生徒が話していたがそれらを気にする事無く図書室を出て行く。また何度か階段を下って下駄箱へと辿り着く。番号が書かれた靴箱を見て改めてこの高校に編入して来た事を実感する。


只野経垂、一六歳。親の都合によって学期末という中途半端な時期ではあるが転校し転入する事となった。帆江瀬高校転入前日。此から僕自身に起こった出来事を話そうと思う。


此は僕事只野経垂に起こった出来事の譚である。

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