俺はいったい誰なんだ!記憶がない俺の周りは、いつも美女であふれてる!
のんびりウラミ
第一章 新人アルバイトは記憶喪失
1話 7月16日 八神大智
「いらっしゃいませー!」
店内にスタッフの元気な声が響き渡る。
時刻は朝の9時、ディスカウントショップ
「いらっしゃいませ……」
俺もほかのスタッフを見習ってあいさつをしてみる——が、いささかぎこちがない。というか声もうまく出せていない。
周りを見回すと、すでに何人かのお客さんが店内へとやってきており、俺よりも若いスタッフたちが接客をしている姿が見受けられる。
俺はお客さんにつかまらないように、そそくさと掃除用具の置いてあるバックルームへと入り込んだ。まったく情けない……と思うものの仕方がない。
俺、
さっきこういった仕事はたぶん初めて、と言ったが分らないのだ。初めてなのかやった事があるのか……おいおい普通分かるだろ、自分がやってた仕事ぐらい!と思うかもしれないが、俺の場合普通じゃないんで……
結論から言うと、俺は記憶をなくしている。一般的にいうと記憶喪失というやつだ。自分がどこの誰で何をしていたのか、家族は?友達は?小さいころはどんな子供だった? 分からない……学校は?彼女はいたのか?ってか結婚してるのか? 分からない……そう、何もかも分からない!32年の記憶が一つもない。いやいや、名前と年齢わかってるじゃん。と思われそうだが、記憶が残っていたわけじゃない。俺の写真が貼られたカードみたいなやつに、名前と生年月日らしいものが書かれていただけ。他に所持品もなく分かることが何もないので、それが名前と生年月日でいいや。ということになり安易に決められてしまったのだ。
と、こんな感じで名前も年齢も定かではないおっさんが、普通にお店のスタッフなんかやれるわけがない。慣れる慣れないの問題ではないのだから……
それによく雇ってくれたのもだ。理由が理由なだけに、支援団体のお世話になっており、そこの職員さんに紹介してもらったのがここの仕事だった。面接は職員さんが付き添う形で行われ、当然、記憶喪失の事も伝えられた。いくら支援団体からの照会とはいえ、こんな正体不明の男を雇ってくれるはずがない。と思っていたのだが、ここのオーナー兼店長の片平さん、二つ返事でOKを出してくれた。
その時はなんて優しい人なんだと思っていたが、後から話を聞くと、「おもしろそうだったから」というのが理由だったらしい。紳士然とした見た目と違い、ちょっと変わった人なんだな……と
だいたいそんな理由でこんな怪しい男を雇っちゃダメでしょ!いまさらながらにそう思う。そもそも記憶喪失になるって、いったい何があったんだよって話だ。よほどの事がないと記憶が全部消えるなんてことにはならんと思うが……
掃除用具を入れるロッカーに手をかけたまま俺は考え込んだ。
よくよく考えれば怪しくなってくる。自分の身にいったい何があったというのだろう。なにかヤバい事件に巻き込まれたのか、それとも俺がヤバいやつだったのか……
その可能性もある。何せ記憶がないのだから。最悪自分が犯罪者だったとか……そんなオチは
そんなことを考えていると段々と怖くなてきた。目覚めてから今までバタバタとした毎日を過ごしており、そんなことを考える余裕もなかった。
俺が目覚めたのは、今からちょうど一か月前。漫画やドラマによくある「気が付いたらベッドの上だった」っていうやつだ。まさかそんな事を体験するとは夢にも思っていなかった。目が覚めたら真っ白な天井が見えたのを覚えている。そして、俺の顔を覗き込む複数の人。病院の先生と看護師さん達だった。
「大丈夫ですか?わかりますか?」
と、しきりに声をかけられていたことを思い出す。
そして、意識がはっきりした後も、俺は何も答えられなかったんだっけ……
目立った外傷もなくいろいろな検査の結果、どうやら記憶を失っていることが判明。めでたく記憶喪失者となった。おそらく、事故か何かによるショックで、一時的に記憶を失ってしまったのではないか。担当の医師からはそう聞かされた。
というのも、俺が発見されたのは、沖合30キロ辺りの何もない海の上。かろうじて浮いているところを漁船に助けられたそうだ。たまたま通りかかった漁船の船長が、たまたま海に浮かぶ俺を見つけたらしい。運がよかったとしか言いようがない。
発見された当初は、海難事故による遭難者ではないか、という事で捜査されていたが、付近での船舶事故、救助要請など何もなく、俺が海の上に浮いていた理由は全く分からなかった。しかも記憶喪失ときている。完全に捜査は行き詰まり。俺の記憶が戻るまでいったん保留。現在に至るというわけだった。
普通に考えれば怪しい、何かしらのヤバそうな事件のにおいがプンプンする。
「はぁ……」
気持ちがげんなりしてくる。思わずため息が口からもれてしまった。
「どうしたんですか?ため息なんかついて」
驚いて振り返ると、いつの間に近くに来ていたのだろう。アルバイトの七瀬さんが、不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「い、いや別に……何でもないよ」
ハハハ、と俺は愛想笑いを浮かべ、掃除用具入れからほうきを取り出す。
「そうですか……」
七瀬さんは一瞬不思議そうな顔をしたが、特に気にすることもなく、ほうきとちりとりを手に取り、出口へと向かっていった。そんな彼女の背中を眺めていると。
「八神さんは駐車場の左側から掃除してきてくださいね。わたしは右からやっていきますから」
不意にこちらを向きそう伝えてくる。
「あっ、わ、わかりました」
ずっと見ていたこともあり一瞬ドキッとする。
そんな俺に気づいた様子もなく、七瀬さんはバックルームを出て行った。慌てて返事をした俺も、掃除用具を手に七瀬さんの後を追う。
彼女の名は
そんな15も年の離れた女の子に仕事の教育をしてもらうとは……と思うものの、やはり情けなさより申し訳なさに軍配が上がる。
先ほどのように気さくに声をかけてくれたりしているが、内心どう思っているのか…… 絶対いやだよなぁ。
またもや出そうになるため息を、俺はすんでのところで飲み込んだ。
店内は先ほどよりもお客さんの数が増えている。確かにこの店の近くには住宅街があり、他に大きな店もない。あるのは地元の商店街とコンビニが数店舗。それと学校くらいのものか。良くも悪くもどこにでもある街といったところだろう。しかし、朝からいったい何を買うというか。思ったよりも混んでいる。何人かのお客さんとすれ違ったが、特に声をかけられることもなく、俺と七瀬さんは正面出入り口から外へと抜け出すことができた。
遠くのほうから蝉の声が聞こえてくる。まだ9時過ぎだというのに、外はすでに夏の日差しが強く、けっこう蒸し暑くなっていた。歩いているだけでじんわりと汗ばんでくる。
「あっつ」
そう言って前を歩いていた七瀬さんが立ち止まる。
「ほんとですね」
それ以上会話が進まない。もっと何か気の利いたことでも話せればいいのだが。「じゃあ俺、そっちから掃除してきますね」と、俺はさっさとその場を離れた。
「あ、はい……」
七瀬さんは何か言いたそうにしていたが、俺にはもはや会話を続けられる気がしない。
人見知りだったのか、俺は……
記憶がなくてもそういったことは体が覚えているのだろうか?分からんけど。
そんなことを考えているうちに駐車場の左端に着く。隣はちょっとした空き地になっており、境界に柵やフェンスといったものはなく、一本の側溝で区切られているだけだった。
俺はさっそく掃除に取り掛かる。掃除といっても駐車場全部を掃き掃除するわけではない。たいして広いわけではないが、そんな事をしていたら昼になってしまう。紙くずや落ち葉なんかの目立ったゴミを回収して回るだけだ。
駐車場を見渡すと、すでに三分の一ほどが車で埋っている。その向こうには七瀬さんの姿も見えた。すでにゴミ集めをしているようだ。俺も始めないとな。と思っていると、ふいに七瀬さんがこちらに顔を上げた。俺はまたもや慌てて目を逸らすと、足元のゴミをチリトリに掃きいれ、作業を開始する。
また見てた。とか思われただろうか。このままだと変態認定になってしまう!
変な汗もかきつつ二日目のバイトを開始する。
蝉の声が先ほどよりも大きくなってきた。今日も暑くなりそうな一日だ。
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