盗んだものは、一体?
魔導管理室
「私の家に泥棒に入ってほしいんだけど」
「ごめん。何だって?」
思わず聞き返した。これまでの人生で一度も聞いたことのないタイプの頼み事だったから。
「私の家に泥棒に入ってほしいんだけど」
聞き間違いじゃなかった。一言一句違わず同じだった。
「えっと...なんで?」
聞きはするけど、あまり返事には期待しない。突拍子もないことを言ってきた彼女が、望む答えを返すことはほとんどない。
「自分で盗るのが一番手っ取り早いけど、疑われると少し面倒なことになるからね」
やっぱり望んだものは返ってこなかった。盗まなきゃならないもので、自分が疑われるとまずいもの...金?
「金とかは流石に俺も捕まりたくはないから...」
「いやいや違う。金が必要ならバイトでもするさ。君に盗んでほしいのは、この箱だ」
そう言って示された写真に写っていたのは、木製の小箱だ。大した大きさもないし、そんな盗まなければならないほどのモノには見えない。
「決行日は来週の終末。三連休を使って旅行に行くんだ。父の墓参りも兼ねてね。その間家が空くから、その隙に盗って来てもらいたい」
確かに旅行ならそう簡単に帰れないし、ずっと一緒にいるから完璧なアリバイができる。が、
「まてまて。そもそもやるなんて一言も言ってないぞ」
「バレることを心配しているのかい?その心配は無用だ。ほかに余計なものを取られなければ通報はされない。それに何のために君を昨日家に呼んだと思っている。万が一通報されて、もし君の痕跡が家から見つかっても何の問題もない。君はすでに家に来ていたのだからな」
いや、でも、流石に犯罪だし...
彼女のことは好ましく思っていて、できれば力になりたいとは思うが、それはラインを越えているような気がするし...
「こんなことは、君にしか頼めないんだよ」
やめてくれやめてくれ。聞き入れたくなってしまう。もうこれで何度目だと思っているんだ。流石に今回はきっぱり断って、
「お願い...出来るかい?」
「任せろ」
とても可愛かった。
「失礼しますよーっと」
もらった合鍵で、家に入る。この家は明日丸々誰もいない。絶好の空き巣チャンスだ。空き巣じゃないけど。
いや、今の状況は空き巣そのもの。何かの拍子に通報されてしまったら、その時点で結構ヤバい。焦るほど時間がないわけではないが、のんびりしている暇はない。さっさと盗るもん盗って帰る。それが大事だ。
目的のブツは彼女の母親の部屋。教えてもらった間取り図を思い浮かべながら、そそくさと移動する。彼女の部屋の隣。『下着とかとるんじゃないぞ』とか何とか言っていた記憶まで掘り返される。
流石に同級生の下着泥棒にはなりたくない。と頭を振って余計なものを振るい落とすと、目的の部屋に手をかける。
あの後も何回かこの家に来たから、指紋が付いても問題ない。とは分かっているけど一応手袋はつけてきた。百均のやつだけど。
部屋は、何というか普通の部屋だ。うちの母親と似たような部屋。きわめて一般的な母親の部屋。
目的のブツは、押し入れの中。隅の方に置かれていたその小箱を手に取る。
これは、いったい何なのだろうか。とても気になる。が、『もし中身を見たら私が警察に通報する』と言われているため開けられない。内緒にしていてもなぜかバレそうだから開けるのはやめておく。
盗るものを取り、家を出る。そのまま自宅に戻る。
何というか、思ったよりあっさり終わってしまった。
彼女に、『借りてた本読み終わったぞ』と成功のメッセージを送り、その日はそのまま眠りについた。
...自分が何をしたのかもよく分からないままで。
彼女が旅行から帰ってきてから一週間後。ようやく会話ができる。
「いやあ最近はもう忙しくて忙しくて全然会えなくてごめんよ」「おい」
「まさかこんなに色々することになるなんて思ってもいなかったよ」「おい」
「身内に死人が出ると結構大へ「おい!」
少し驚いたような顔をして、ようやく話を止める。この一週間ほどずっと頭を占拠していたそれを問いかける。
別に言わなくてもいい。と脳内の俺が叫ぶ。自分は関係ない。何も知らないとしていられれば、それが一番楽だろう。が、
「なあ、なんで、」
聞かなければならないと。せめて自分が何をしてしまったかぐらいは、分かっておかないと。
「なんで、お前の母親は自殺したんだ?」
「俺が盗んだ『アレ』は、何だったんだ?」
一呼吸よりもほんの少しだけ長い沈黙の後、優しく微笑みながら、彼女は言った。
「少し、問題を出そう」
それは、甘い、甘い誘惑だ。
「一番。君が盗んだものは母親が最も大事にしていて、もっとも心の支えとなったいた物で、それが盗まれたから自殺してしまった」
溶かされていく。罪を犯したことを受け入れる覚悟も、
「二番。私が母親を自殺に追い込み、君が『アレ』を盗んだことは揺さぶりの一つに過ぎなかった」
せめて自分のしたことを知らなければならないという決意も。お前は何も悪くないんだよ。と
「三番。もともと母親は自殺しようと考えていて、君が『アレ』を盗んだんだことは関係なく。今回父の墓参りをしたことで決心が付き、自殺した」
優しく、優しく。抱きしめるように。
「ねえ、」
俺はそれに
「
逆らえなかった。
「...三番。だ」
言い放った後の彼女の微笑みは、
柔らかで、優しく、淫靡で、
どこまでも、美しかった。
盗んだものは、一体? 魔導管理室 @yadone
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