デスゲームRTA

しーえー

プロローグ

 小鱗蓮(おいら・れん)は近所の公園をひとり散策しながら、こっそりとシャッターを切った。

 幼稚園から小学校低学年ほどの子供たちの声。

 その場で映り具合を確認するような愚は犯さない。ただ経験から、短いスカートの下、秘境を切り取れている自信があった。

 あぁ、子供は良い。

 穢れを知らないだとか、なにものにも染まっていない純粋だとか、そんな観点ではない。

 ただ単純に、身体つきが美しい。

 大人の、駄肉にまみれたか骨ばっただけの肉体なんて、まったくもって女の魅力を映し出してはいない。女として肉体の最盛期は、間違いなく子供時代にある。ダヴィンチもルノワールもゴヤも、まったくもって見る目がない。この世で最も美しい造形をしているのは子供であり、歳を取ればとるほどその魅力は減衰してゆく。ちょうど、産道から産まれ落ちた瞬間から未来の可能性が狭まり続けるように。

 もちろん、彼女らに触れるようなことはしない。『イエスロリータ・ノータッチ』とは使われ古した言葉だが、それだけ真理であるということでもある。大人の自分が彼女らの肉体美に触れてしまえば、ギリギリまで積み上げられたジェンガのように、ばらばらと崩れ落ちてしまうかもしれない。そんなことは絶対に防がねばならない。

 サイレント加工を施したカメラで撮る。鉄棒を回る幼女。滑り台から降りてくる幼女。ブランコを勢いよくこぐ幼女。幼女。幼女。幼女。

 楽しい。なんという快楽。この世の楽園を、こんな簡単に歩き回れるだなんて、休日の公園は世界一の天国か。

 そんなふうにしてこの世の楽園をつまみ食いしていると、

「おにいさん」

 うしろから声をかけられた。

 心臓が跳ね上がった。

 反射的に振り向くと、銀色の髪に緑を基調としたフリフリの服を着こなすフランス人形のような幼女が立っていた。

 小学校高学年くらいだろうか。遊具ではしゃいでいる他の子たちよりすこしだけ上の年代に見える。

 子供に貴賤はない。そんな己の信念がぐらつくのを感じた。

 正直、一番好みだった。身体つきも、顔も、髪の毛も。

 これまで何年も隠し撮りし続けてきたが、これほど直球ど真ん中に放り投げてくる子供はいなかった。

「お嬢さん、どうしたの?」

 当然、動揺は臆面にも出さず、腰をかがめてニッコリと笑んで見せる。紳士は肉体的にも精神的にも幼女を守らなければならない。だから盗撮は絶対にバレないようにするし、こうして話しかけられたら好青年然と対応をする。決して不快感も不信感も与えてはならない。カメラを用意するのは、この子が隙を見せてか「おにいさん、そのカメラ見せて?」

 一瞬、色白なはずの幼女の顔が、どす黒く見えた。

 目をぱちぱちと瞬かせる。かぶりを振る。

「カメラ? なんの話?」

「ふぅん、すっとぼけるの。良い手だとは思わないけれどな」

 口端を吊り上げ、彼女はポーチから防犯ブザーを取り出した。

「おにいさん、あの子たちのこと撮っていたでしょ?」

「………………………………」

 一瞬でこの20年あまりの人生の思い出が脳裏を駆け抜けた。

 どうやら走馬灯というやつは社会的な死にも適用されるらしい。

 離婚して出て行った父親。夜逃げした母親。新興宗教団体に拾われ、父親代わりのテロリストに育てられた。命からがら逃げおおせて自由の身となってそして詰んだ。なるほどろくな人生ではなかった。、

 が、そんな蓮の絶望の表情を見てか、幼女は防犯ブザーをポーチにしまった。

「安心して。通報する気はないわ」

「…………?」

 意図が理解できず首をかしげていると、フランス人形のような少女は悪魔のような笑みをたたえて言った。

「かわりに、私の下僕として働きなさい」

 その灰色の目には、怪しい光がともっていた。

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